やがてまた夜が来ます、正直恐い(゚ー゚;
何が恐いかというといきなり来る「揺れ」、本当にいきなり来るんですね。
スマホで緊急地震情報が流れる時はすでに揺れが来ている状態、本震のときもその前もそうでした。
この歳まで生きて、コンクリートの下敷きといった亡くなり方はしたくありません、幸い私は一人ですのでそう言う意味では独立している子供達に感謝しています(^-^)
死ぬのが恐いというわけではなく、例えば戦争で生き抜いて、幾多の苦難を乗り越えて生きて来て、買い物に行く途中に交通事故で亡くなる、といった無駄死にが嫌なんです。
まだまだやるべき事が沢山あります。
だからです、というより誰だって嫌ですよね(・Θ・;)
きょうは特に車の交通量が増えました、それも逆に考えれば良いことだと思います。コンビニにも商品は無くても明かりがともり通りも明るくなりました(夜ですが)
地震初日から店を開けて近隣のためにと頑張っているオーナーさんもいらっしゃいました。店舗は半壊しても外にテントを張り食料品を格安で売るスーパーもあります。ありがたいですね、、。通常に戻ってもこういう店は応援しなければいけませんね(^-^)。
今TVでは届かない救援物資の事が話されていますが、商売にならないからと閉めている店だってあるわけで、権利ばかり主張するわけでは有りませんが、企業責任や事業者としての地域に対する気持ちにも差が有るようです。
届かない支援物資、熊本だけではなく他の災害でも言われました、また義捐金もどう扱われるのでしょうか、なんとなく大きな利害意識が働いているように思うのは私だけでしょうか。
皆さんから寄せられた好意が果たして目に見えて生かされているか、これは前からの疑問です。
汚れたオムツをはき続ける小さな子供さん、寒さに肩を寄せるお年寄り、間にある大きな壁がすべてをぎゅうじっているように感じています。
水は出ています、電気はついています(ここは)、ガスに限ってはここ数日全く業者の姿も見なくなりました。当初走り回っていた緊急の自動車は(ガス会社)どこにいったのでしょうか?
スタッフも被災者でしょう、しかし職務責任は別ではないでしょうか。とりあえず止めに止めまくって、あとはそれなりに、というのであればライフライン業務は成り立たないのではないでしょうか。
私の子供達は面々社会人として無事に頑張っています、涙するほど嬉しい限りです、一人もかけることなくこれからも生き続けてくれることでしょう。発生時確認を取ろうと必死だった私に「パパの子供だから大丈夫!みんな確認済み、自分を守って!」と長女から連絡をもらいました。心配していることを解っての連絡、これほどの孝行はありません。
昨夜は車で避難してみようと出かけました、星が綺麗でした。
案の定駐車場は一杯でしたが、中々眠れず車を走らせると、通りにあるコンビニの明かりがとても頼もしく感じました。
結局は一睡も出来ずウロウロしていましたが、、。
普段の生活のありがたさ、またこういう状況でも正常に機能してくれている自分の体が本当にありがたく、
見た目は一人でも、自分というもう一人の、生き続けようとする最愛の自分が居ることを実感しました。
さて、ご褒美は何にしましょうか(^-^)
こういう状況ではいろんな事が目に付きますが、周りの方の思いやり、「思いをあげる」「交換する」気持ちを一入感じる数日です。
さあ、今も揺れが来ますが、いつまで続くのでしょうか。
今朝方コメントをいただきました「踏ん張ってください!」と。
はい、しっかりと地に足を付け頑張ります、私たちよりも大きな災害で被災された皆さんも頑張っておられます。
みなさん、ありがとうございます。