伏見の町散歩 1 坂本龍馬とお龍 | みどりの木のブログ

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昨日まで伏見城でしたが、

京阪電鉄伏見桃山駅まで戻りました。

まだ明るかったので、伏見の町を散歩

しました。

 

下図①の所です。

踏切を越えて大手筋商店街に入りました。

 

現地案内板の地図です。(上が北)

赤い線に沿って歩きました。

 

大手筋商店街です。

お店が営業していて活気があります。

 

名水が出ることから酒造が盛んです。

 

下図②の所です。

この通りは坂本龍馬の時代を

イメージした通りにしています。

 

 

 

上を北にしたので文字が縦に

なりました。

 

上図③の付近です。

昔来たときは普通の通りでした。

さらに進むと

 

下図④の所です。

蓬莱橋が見えてきました。

 

 

 

蓬莱橋です。

この右側には

 

坂本龍馬で有名な寺田屋があります。

 

寺田屋です。当時のものではなく再建

されています。コロナウィルスの影響

で休業中でした。

 

 

蓬莱橋から⑤の西方向です。

30石船乗り場が見えます。

 

30石船乗り場にある坂本竜馬・お龍の

石碑です。

この30石船乗り場から南九州の新婚

旅行に旅立ったそうです。

龍馬とお龍は1864年頃に、三十三間堂

付近で初めて出会っています。後年のお

龍の回顧によると、龍馬と初めて会った

ときに名前を聞かれて紙に書くと自分と

一緒だと笑ったといいます。お龍に惚れ

た龍馬は母の貞に、お龍を妻にしたいと

申し入れ、母貞も承知します。

各地を奔走していた龍馬は、懇意にし

ていた伏見寺田屋のお登勢にお龍を

預け、お龍は「お春」の変名でお登勢

の店で働きました。この時期にお龍は

龍馬と2人で歩いていたら新選組と遭

遇し、龍馬が慌てて隠れたそうです。

1866年1月に薩長同盟が成立します。

2月23日に、龍馬は護衛役の長府藩

士・三吉慎蔵と寺田屋に投宿していま

す。その晩、入浴していたお龍は窓外

に多数の幕府役人がいることに気付き、

二階に駆け上がり龍馬と三吉に通報し

ます。お龍の機転により、龍馬と三吉

は不意打ちを受けることなく応戦し、

負傷しつつも辛うじて脱出できました。

寺田屋遭難で龍馬は両手指に重傷を

負い、西郷隆盛の勧めもあって、刀傷

治療のために薩摩へ新婚旅行を兼ね

て、下写真の港から30石船で大坂に

下り、3月4日に薩摩の船「三国丸」

で大坂を出帆して薩摩に向かいました。

日本初の新婚旅行と言われます。

 

30石船乗り場です。

 

上が北の地図です。

橋の東側は

 

橋の東側には酒蔵が見えます。

 

今回はここまでで、明日に続きます。

 

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