昨日開催された全国高校駅についてですが、
「感動」「感涙」などという判を押したかのような言葉を並べるのはいかにも嘘くさいですし、
「自分も頑張るぜ!」とか言って
自分の数倍も志(こころざし)が高い人達の頑張りに乗っかるような真似をするのは
ものすごく失礼だと思ったので
(高校駅伝のことは)このブログに書かないと決めていました。
でも今朝の新聞を読んで思わず涙をこぼしてしまい(※1)、
どうしても触れたいという思いから
掟破りではありますが書き綴ることにします。
(※1)たとえ話ではなく本当にです。
自分の涙腺を緩めた記事がこちら。
自分にとってはいい意味で不意打ちで、
記者の狙い通りにしてやられたりでした。
なお、私が菅野中学校のメンバー(卒業生含む)に今なお好意的でいるのは
彼女の存在があったからに他なりません。
それに加えて後輩たちがレース(駅伝の大会)後に
メロンパンやクレープ、時々プリンの差し入れが食べられるのも
辿り辿れば彼女の存在があったからこそですので
後輩たちは私にではなく(笑)この偉大な先輩に感謝しましょう。
ちなみにの話ではありますが、
自分はマネジャー(を務めるの)には
極めて不向きだと断言します。
積極的に応援に足を運んだり、緊急時には率先して動くことから
「向いているんじゃない?」とお思いの方もいらっしゃるでしょうけど、
実はそうでもないんです。。
といいますのも、実体験として昔々のその昔、
その頃一緒に練習していたランニング仲間(クラブやチームではない)と
方々に出かけたり、大会に出場していた頃に遡ります。
当時は私が練習場所やメニューを考えることが多く、
自分がプランを立てたからには責任を持とうという矜持から
「任せなさい!」という意気込みが前面に出て
(今思うと過剰なまでに)何でもやってあげてしまったために
全部決め(てもらい)、全部用意し(てもらい)、全部やってあげる(もらう)という、
すべてを引き受ける(やってもらう)のが恒常化してしまった結果、
・自分のことでさえも人に助けてもらわないと
自力では何もできない状況に持っていく。
・自分が行くところ(大会会場までの道のり、移動距離、移動時間など)を
誰も一切調べもしてこない。
・「やってもらって当然」みたいな考えを持ってしまったためか、
役割を分担すべく何かをお願いしても「やだ」「だめ」「できない」で結局なにもしない、
する努力すらしない。
・「今回助けてもらったから次は私が」の発想がまるでなく、
それどころか「次も次も」でまたやることになる永遠ループ。
と、いざ箇条書きにしてみると結構ひどいなと思えるくらい
幼稚園児の世話を任されるよりも骨が折れる羽目になったのは
(幼稚園児の場合は能力的に何ができて何ができないかを
ある程度想定できるぶん遥かにマシということで。。)
嘘であってほしいけど本当にあった怖い話です。
そういったことが積み重なってくると
さすがに平穏を保つことが難しくなってしまい、
「いい歳してあり得なさすぎるでしょ。。」「こんなんで仕事とかできてるの?」などと
愚痴をこぼしたり憤りを感じたりもしましたが、
そもそもを辿るとお人よしな性格が災いして
「誰かがやってくれるから(自分は何もしなくて)いい」という
自主性や一人一人の成長と真逆の方向に持っていってしまったのは紛れもなく私自身で、
今(何年も経ってから)思うとやっぱり自分にも悪いところがあったと
深く反省している次第です。
その時の件の結論としては両成敗という観点から
甘やかしてしまった側と図に乗ってしまった側の
お互いに責任あったということになるのですが、
最初にそうなる(恐れのある)雰囲気を作ってしまった人、つまり私に
人をうまく導く、うまく育てる、うまくまとめる腕ないし才能がなかったということで、
それが冒頭の「マネジャーには極めて不向き」に着地するに至ります。
競技力という意味での実力があることを前提として
人として一流になるのも、わがままなモンスターになってしまうのも
置かれた環境や状況によって(左右されるもの)ですし、
あの頃のことを振り返るたびに
自分なんかがマネジャーが務まるような器ではないと
しみじみ思いますもの。
そりゃちやほや甘やかしたりなんかしたら
長期的に見てどうなるかなんて誰にでも想像できますし、
度を超えた親切は相手のためにならないというのも
考えれば分かる話ですよね。
そんなことにも気がつかなくて本当にごめんなさい。
さて話を戻しまして、
入学したときに思い描いたものとは違う形になったかもしれませんが、
マネジャーとして強豪チームの選手間の「つなぎ役」として
チームをまとめるという大変な役目を
立派に務めあげてきたことに
「千鶴ちゃんお疲れ様でした。」と
拙い言葉ではありますが、
心から労います。
(千鶴ちゃんに敬語を使うのは
おそらくこれが最初で最後かなと。)
手元に花束があったら渡したいくらいです(笑)
最後に2015年4月の思い出の一枚を。
これを撮った時にたしか「この写真をいつか自慢する」と言ったのですが、
今日(2018年12月24日)に自慢してもいいでしょ?いいよね?
あの日のあの時に一緒に写真を撮れたことを
誇りに思います。
ついこないだまで中学生、それも2年生だと思っていたのに
もうすぐ高校卒業とは
月日が経つのは早いものだとしみじみ感じます。
一方の私は髪が黒くなった以外に
何ら進歩も成長もないというのに...(苦笑)



