出羽三山神社末社・千憑社(山形県鶴岡市羽黒町)
千憑社(せんよりしゃ)。
山形県鶴岡市羽黒町の出羽三山神社境内に鎮座。
御祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)。
出羽三山神社の末社となっている。
出羽三山神社の末社・千憑社という名前よりも、どちらかというと『国宝・羽黒山五重塔』という名前の方が有名。
かつて羽黒山は神仏混淆の信仰であった『修験道』の一大拠点であった。
そのため羽黒山には寺院や仏堂、僧坊など数々の仏教建築物があったが、明治時代に神仏分離令が発せられたことにより、羽黒山の仏教建築物の悉くが取り壊される。
しかし、この五重塔のみは破壊をまぬがれ、残されることとなった。
言い伝えによれば、承平年間(931~938年)に平将門公により創建。
東北最古の塔と言われている。
現在の五重塔は約600年前の文中年間、羽黒山別当・武藤政氏が再建したものだとのこと。
昭和四十一年には国宝に指定された。
さてさてさて。
蜂子神社と蜂子皇子のお墓をお参りした後は、有料道路を下って羽黒山の入り口のほうへ。
参道を歩いて国宝・五重塔(千憑社)をお参りします。
【 鳥居 】
出羽三山神社の参道入り口の石鳥居。
こちらの左手の方にある大きな建物が出羽三山神社の社務所。
千憑社の御朱印はそこでいただけます。
【 随神門 】
神仏習合のころは仁王門だった随神門。
明治時代に入り、随身像が配され随神門となった。
朱塗りの色のところどころ剥げた風合いが歴史を感じさせますねえ。
さすがに国幣小社だっただけあって、かなり大きくて立派な門です。
【 天拝石 】
こちらは随神門前にある天拝石。
かつては修験者の行法をおこなった場所にあった石だとのこと。
さて、そんなわけで随神門をくぐって参道へ。
参道はすぐに下りの階段になっていて、結構下がって行きます。
神社の参道というと、平坦になっているか登りになっているかのどちらかが多いんですが。
下りになっている参道は結構珍しいですよね。
東京の谷保天満宮ですとか、群馬の貫前神社
とかでしか見た事がないです。
参道の石段を下りきると、境内社がたくさん立ち並んでいます。
出羽三山神社はすごく参道が長くて敷地も広いので、たくさんあってもういくつ境内社があるのか分からないくらい。
この辺りはすっかり森といった様子で……木の神と言われる五十猛命が祀られた境内社が参道の入り口近くにあったのが印象的です(`・ω・´)
【 祓川 】
こちらは先ほどのところから少し先にある、祓川。
かつては参拝者はこの川で身を清めてから参拝したとのこと。
【 国宝・五重塔(千憑社) 】
さてさて、祓川を渡ってしばらく進むと左手に見えてくるのが、この五重塔。
画像に写っている人たちを見て頂くと分かるようにかなりの大きさで、高さは約29メートルとのこと。
これだけの大きな建物を雪深い東北に建てられたんだから、当時から建築技術はかなり優れていたんですねえ。
こちらは末社ということで、大国主命が祀られている神社なんですが。
やっぱり通常の社殿と違う形なためか、きちんと拝んでらっしゃる方はほとんどおりませんでした (´・ω・`)
ただの観光名所みたいになっていて、ちょっと残念……
神社側で何か表示を出して頂けると良いのかもしれませんね。御祭神ですとか、社号ですとか。
それだけでだいぶ意識は変わりそうなんですが……
さてさてさて。
無事に参拝も済んで、参道を引き返し社務所へ。
御朱印をお願いします。
で、いただいた御朱印がこちら。
初穂料は300円。
『国宝 羽黒山 五重塔』という印が押されております。
五重塔として有名なのでこういった印なんでしょうけど……
千憑社って墨書とかがされてるとれっきとした神社という感じになるんですが……
あ、ちなみにネットで検索すると『五重塔』と墨書されてる事が多いようなんですが、おいらの頂いたものにはありませんでした (´・ω・`)
今までご紹介したように、出羽三山ではいろいろなところで御朱印がいただけます。
特に主峰の月山に鎮座する月山神社は東北唯一の官幣大社。
東北においでの際はぜひお参りされてみてはいかがでしょうか(`・ω・´)
■ 出羽三山神社末社・千憑社への地図
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◆ 神社の情報
千憑社(国宝 羽黒山五重塔) せんよりしゃ
御祭神 : 大國主命
社格等 : 出羽三山神社末社
鎮座地 : 山形県鶴岡市羽黒町手向7
















