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八坂神社(福島県南相馬市鹿島区)

八坂神社(やさかじんじゃ)。



福島県南相馬市鹿島区に鎮座。
御祭神は健速須佐之男神(タケハヤスサノオノカミ)。
社格は村社に列格。

長徳四年(998年)に疫病が大流行。
里人は大変恐れおののき、武蔵國氷川神社に誓願したところ御神徳はたいへん顕著で、たちどころに疫病はおさまった。
このため、健速須佐之男神を勧請し、祇園天王宮と祀り、里の鎮守としたのがはじまり。


また、正長元年(1428年)、千倉ノ庄の領主・岩松義時が八沢浦口鞍掛岩で家臣により水死させられてしまうという事件が起こる。
それを知らない母君のおはつ御前や女房らは義時の帰りが遅いのを心配し、南柚木古内の船着場へと急いだ。

しかし、到着するやその場にいた漁夫たちに「若君は亡くなられた」と教えられる。
これにおはつ御前は仰天。
号泣したおはつ御前は矢の目川の河口に身を投じ、御前に同行した藤御前・栗子姫も近くで入水してしまう。

その後間もなくして、おはつ御前が携えていた牛頭天王の掛け軸が河口へと浮かび上がってくる。

里人の但馬という男がこれを哀れんで、遺体をあげて葬り、牛頭天王の掛け軸を奉じて杉内山に祠を建てて祀った。
おはつ御前入水の地を、「御前渕」と名付けたのだという。


その後、宮祠は荒廃したものの、元禄十三年(1700年)に南柚木の村中に再び疫病が流行したため、お社を再建したところ疫病はたちどころに退散したのだとか。
これはお社の棟札に現在も記録として残されているらしい。

大正時代に入り、おはつ御前入水地の祠を合祀し、現在に至るとのこと。



というわけで、伊勢大御神 下大神宮さんをお参りしたわけなんですが、宮司さんから「兼務社も何社かあるんですがお参りされますか?御朱印ありますよ」とお声掛けいただきまして。
せっかくの機会ですのでお参りしよう!となりました。

で、まず伺ったのが伊勢大御神下大神宮さんからほど近い、八坂神社さんです。




【 石碑 】
氏子の方々による石碑。
東日本大震災以降、倒壊した社殿の再建などにあわせて石碑を建てておられるようです。
まだ発生から日が浅いので忘れた人は居ないと思いますが、後世への教訓として残っていってほしいものです。



【 鳥居 】
石造りの神明鳥居。
そんなに高さがあるわけではない、親しみやすい大きさの鳥居です。





【 狛犬 】
鳥居をくぐったところにある狛犬。
首が無い辺りとか、体長に比べて足が長いとか、妙なアンバランスさが逆に可愛らしいですね。




【 参道 】
で、こちらが参道。
初秋のころのお参りだったので、夏の間に伸びたのであろう草で覆われていました。
二の鳥居の先にまだ社殿が見えないように、けっこう長いです。参道。
この距離を整備するとなると大変なんだろうなぁ・・・


【 手水舎 】
参道を進んだ先にある手水舎。
お水は出ていなかったので、気持ちだけ清めておきました。






【 拝殿 】
こちらが拝殿。
改修工事があったのか、金属製のサッシが壁面になってます。
たしかに他の木造の部分を見るとかなり年代を経ているみたいですね。


【 本殿 】
そしてこちらが本殿。
こうして見てみると、瑞垣は比較的新しいものなんでしょうかね。


さてさてさて。
そんなわけで御朱印を頂くんですが、前回、伊勢大御神 下大神宮さんにお参りした際に先に頂いておりました。
(兼務社の場所も分からなかったので、その時に伺ってました)
ですので、実際には御朱印を頂いてからお参りしてます。



で、頂いた御朱印がこちら。
神璽の印が押されております。
社名の他に、ちゃんと鎮座地の「南柚木」と墨書されておりまして、
後で見返したときにどこの八坂神社だったかも分かって安心です。




◆神社への地図




◆神社の情報

八坂神社   やさかじんじゃ

御祭神 : 健速須佐之男神
社格等 : 村社
鎮座地 : 福島県南相馬市鹿島区南柚木堤田232