陸奥國一之宮・石都々古和気神社(福島県石川郡石川町)
石都々古和気神社(いわつつこわけじんじゃ)。
福島県石川郡石川町に鎮座。
御祭神は味耜高彦根命(アジスキタカヒコネノミコト)、大國主命(オオクニヌシノミコト)、誉田別命(ホンダワケノミコト)。
社格は明治八年、郷社に列格。
延喜式神名帳に『陸奥國白河郡 石都都古和気神社』と名の残る延喜式内社で、陸奥國一の宮。
由緒によると、およそ一万年前から山岳信仰の聖地として信仰崇敬されていたとのこと。
また、全国的にも数少ない祭祀遺跡として多くの磐境が残されていて、考古学的にも重要な遺跡であるといわれている。
境内に残されている磐境には、「屏風岩」「船形岩」「鏡岩」「亀石」「天狗石」「石門」、のほか、三種の神器である「剣」「勾玉」「鏡」の石があるのだとか。
永承六年(1051年)、京都の住人・福田安芸守源有光が奥州安部一族追討の軍に加わり、多大な功績をあげたため、八幡太郎源義家の代官となり、この地を賜った。
そして康平六年(1061年)にはこの地へと移り、名を『 石川有光 』と改め、更に治暦二年(1066年)になると石川有光の守護神である京都石清水八幡宮の分霊をいただき、石都々古和気神社に合祀することとなったという。
この日が旧暦の9月19日であったため、この日を大祭日に定め、毎年9月13日~19日まで大祭が執り行われていたのだそうだ。
現在は敬老の日の前の土~日曜日にかけて例大祭がおこなわれているとのこと。
御祭神の味耜高彦根命は大國主命の子。
古事記の記述では、その姿が死んでしまった天若日子(アメノワカヒコ)にそっくりであったために勘違いをされてしまう一幕がある。
しかし勘違いされた味耜高彦根命は、「死人と一緒にするな!穢らわしい!!」と激怒。
剣を抜いてアメノワカヒコの喪屋を斬り倒してしまう。
味耜高彦根命の名の「耜」は農具の鋤のことを表し、農業神であるといわれている。
また、前述のエピソードのような激情っぷりから天を引き裂く雷を神格化したものであるという説もあるそうだ。
「雷が多いと稲が豊作になる」と言われていたり、雷と農業には密接な関わりがあるのでこれも農業神としての一側面なのかもしれませんねえ。
さてさてさて。
すっかり更新ペースが落ち気味で申し訳ありません (;´・ω・`)
何かと忙しい時期でコメントのお返しやペタのお返しもままならない状況で……
で、石都々古和気神社ですが。
この画像の時は古殿八幡神社 にお参りしたのと同じ日の様子です。
その時はこちらへは二度目のお参り。
一度目は昨年の9月にお参りをしたんですが……
その時はカーナビ様に騙されて酷い目にあいました(´・ω:;.:...
ゴリラ系を使ってる皆さんは要注意!
カーナビの指示通りに進むと、とんでもねー道路を通らせられます。
目的地は石川町役場とかに設定した方が無難かもしれません。
ちなみに、鳥居付近には駐車場らしい駐車場が無いんですが、鳥居向かって左側にある社務所に停めさせて頂けるようなのでそちらに行かれる事をおすすめします。
【 一の鳥居 】
石造りの明神鳥居。
白い石で造られていて、眩しいくらい。
【 手水舎 】
鳥居を抜けて右手にある手水舎。
ちょっと小ぶりな大きさで、身長サイズといったところ。
ちなみに、参拝時は水は出ておりませんでした。
【 狛犬 】
手水舎のちょっと先にある、狛犬。
こちらも古殿八幡神社 の狛犬と同じく、稀代の名工・小林和平作の狛犬。
通常、小さい狛犬だと細部を省略というか、簡単な造りになっているものが多いんですが、こちらの狛犬は小さな狛犬の細部までこだわった造り。
よくこんな細かい部分まで彫りこんだものだと感心してしまいます(`・ω・´)
ちなみに古殿八幡神社の狛犬が小林和平の最高傑作と言われていますが、個人的にはこちらの狛犬の方がかわいくて好みです(´∀`)ウフフ
参道の様子。
こちらの石都々古和気神社は山の上にあるので、ここからしばらくは山道を登ることになります。
ここの石段は手すりとかも無いので、下り時が結構こえーのです (´・ω・`)
【 二の鳥居 】
参道の石段を登ったところにある、石造りの明神鳥居。
この鳥居をくぐった先から、本格的な山道になっていきます。
石都々古和気神社の名前のとおり、境内には大きな岩や石があちこちに。
11月の参拝のため、境内の山は紅葉で見所たっぷり。
御由緒にあるとおり、様々な名前のつけられた巨石がごろごろと。
こんな形でこんな大きな石がいくつもあったら、そりゃ信仰の場になるというのも納得だよねえ。
【 三の鳥居 】
さて、山道をぐいぐい登っていって10分前後歩いたかなあ。
ようやく見えてきたこの鳥居が三の鳥居。
こちらは石造りの両部鳥居のようで。
白い鳥居が青空に映えてきれいだね。
【 拝殿 】
シンプルな意匠の拝殿。
飾りっけの無い感じが、農業神らしい雰囲気でいいですね。
【 本殿 】
覆い屋におおわれた本殿。
こちらは屋根のあたりに凝った彫刻がされています。
【 境内社 】
本殿の右手にある境内社。
この境内社の後ろにも「剣石」という大きな石がありました。
十一月も中ごろを過ぎて、地面には散ったモミジの葉がびっしり。
まるで赤じゅうたんのようで、素敵な雰囲気でした。
【 石の五重塔 】
こちらは本殿の右側にある石造りの五重塔。
参拝した時はよく見ていなかったんで分からなかったんだけれども、てっぺんにある龍の彫刻も、狛犬と同じく小林和平作のものだそうで。
今度お参りに行った時は是非チェックせねば(`・ω・´)
【 御神木 】
こちらは御神木の高野槙。
こうやって覆い屋があるということは、かつて御神木だった、という言い方が正しいのかなあ。
拝殿前の様子。
秋も深まって、紅葉した木々も葉を散らし初めて冬支度。
それでも色濃く染まった木々は見ていて楽しくなりますねえ。
登ってくるときはそんなに紅葉を見る余裕も無かったけれど、こちらの境内の紅葉は素敵。
これからの季節にお勧めな神社ですね(`・ω・´)
さてさてさて。
そんなわけで、無事下山……もとい、参拝を済ませて社務所へ。
御朱印をお願いします。
というか、参拝前に御朱印帳をお渡ししてお願いしていたので、頂きに行きます。
(通常の御朱印帳)
で、頂いた御朱印がこちら。
印のほうは延喜式神名帳に所載のとおり、「石都都古和氣神社」になってるんですねえ。
流れるような書体で素敵。
(全国一の宮御朱印帳)
また、こちらは陸奥國一の宮になっているので、全国一の宮御朱印帳にもいただきました。
それがこちら。
ちなみに、この時は奥様にご対応いただいたんですが、
「このあいだは静岡からお参りに来た人が居て……どちらからいらしたの?」
「あ、近くです。福島市から。飯坂温泉ってあるんですけど、そこなんです」
「あら!飯坂温泉!実はこの前行ってきたんですよ!」
なんて話になりまして。
ちょっと世間話をしていたら、奥さまから
「これ、ちょっとだけど持って行って」
と、おまんじゅうを頂いてしまいました(´∀`)
一の宮というと、かつての官幣社・国幣社で今は別表神社みたいな大社ばかりですけど、こんな親しみ深い一の宮もあるんだなーと当時は驚いた記憶があります。
……あ。
ちなみに、ネットで検索すると石都々古和気神社の御朱印は掲載されているそのほとんどが奥様の書によるもののようで。
そんなわけで、初めてお参りした時に宮司さんから頂いた御朱印も掲載してみます。
というか、三種の神器の名のついた石のうち、勾玉石・剣石だけ撮影して鏡石は見つからなかったんだった……
次回参拝した時は、そちらも忘れずに見てきたいもんです (´・ω・`)
■ 石都々古和気神社への地図
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◆ 神社の情報
石都々古和気神社 いわつつこわけじんじゃ
御祭神 : 味耜高彦根命、大国主命、誉田別命
社格等 : 陸奥國一の宮、延喜式内社、郷社
鎮座地 : 福島県石川郡石川町字下泉296


































