高倉神社(福島県南会津郡下郷町)
高倉神社(たかくらじんじゃ)。
福島県南会津郡下郷町の大内宿に鎮座。
御祭神は高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)。
社格は村社。
御祭神の高倉宮以仁王は後白河天皇の第三皇子。
「平家にあらずんば、人にあらず」の言葉通りの平家隆盛の時代に生きた人だ。
『治承三年の政変』で平氏により後白河法皇が幽閉されると、翌治承四年(1180年)に以仁王はついに平氏討伐を決意。
源頼政の勧めにより全国に雌伏する源氏一統に平家討伐の令旨を発する。
しかし、準備半ばで計画が平家側に露見。
平氏による圧力で皇族籍を剥奪する勅命が出ることとなり、土佐配流が決定した。
が、それを察知した以仁王は脱出し、奈良の仏教勢力を頼りに落ち延びようとする。
その途上、平家側の藤原景高らの軍に襲撃され、討ち取られたと伝えられている。
……だが。
のちに高倉宮以仁王の生存の噂があちこちで流れ始める。
実は高倉宮以仁王は追討の軍から逃れ、東国で生き延びているというのだ。
生き延びたとされる以仁王の令旨を受け、源頼朝や木曽義仲らが挙兵。
これらの流れが、平家の滅亡へとつながっていく。
で、この神社のある下郷町の大内宿はその高倉宮以仁王が潜行されたという伝説がある場所。
京を逃れた高倉宮はこの地まで逃げてしばしとどまり、その後は越後へと逃げられたとのことだ。
また、この地には高倉宮の愛妾である桜木姫の墓も残されている。
桜木姫は高倉宮以仁王を慕うあまり、遠路はるばる大内宿まで追ってきたものの、長い苦労の旅によって病にかかり、この地で亡くなったという。
御由緒書きや案内板などが無かったので、創建年代や高倉宮が祀られることになった経緯については不明。
社務所でお聞きすれば良かったかな(´・ω・`)
【 大内宿の様子 】
高倉神社は下郷町の大内宿という、会津若松と日光を結ぶ街道の宿場町にある。
江戸時代は交通の要衝として栄えたものの、明治維新後には街道制度が廃止されたために衰退。
人や物資の往来が減少し、衰退を迎える。
だがしかし、それがかえって大内宿に昔ながらの江戸時代から続く街並みが残る要因となったのだから、何が良い方へ転ぶかは分からないものだ。
このような江戸時代そのままの街並みが残っていることが評価され、昭和56年に大内宿は全国で三番目の 『 重要伝統的建造物群保存地区 』に選定され、多くの観光客でにぎわうようになったのだという。
【 一の鳥居 】
で、高倉神社はそんな大内宿の鎮守様として強い崇敬を集めているんですね。
こちらは高倉神社の一の鳥居。
集落のちょうど中間部分あたりにある。
木製の鳥居なんだけど、よく見ると太さが一定ではないのが分かる。
これは自然な木を加工せずに、そのまま使ったということなんだろうね。
周りの茅葺き屋根の建物とマッチした素朴さで味わい深い。
なんだかおよそ現代とは思えない建造物ばかりで、軽くネズミ王国ばりの異世界感が味わえるよねえ。
【 一の鳥居となりの社号標 】
御祭神の高倉宮は皇族であられたということで、社号標には菊の御紋が刻まれている。
多少色褪せているけれども、菊の御紋には金色に染められていたようだ。
【 参道 】
一の鳥居をくぐって、大内宿の集落から西に向かって伸びる参道。
白い地面、緑の山、田畑に青い空。
いいねいいええ、これだけで絵になる風景だよねえ。
というか、あまりにも山に向かって一本道なので、「ええ!?どこまで行けば有るんですか!?」と不安になるんだけど、大丈夫。
すぐに右手に二の鳥居が見えてきます。
【 二の鳥居 】
こちらも一の鳥居と同じく、自然な木でつくられた神明鳥居。
鳥居の先には鬱蒼とした森が広がっています。
【 参道 】
二の鳥居を抜けると、しばらくの登り坂。
この辺りから高い木々が増えて雰囲気が変わってくる。
枝打ちされてまっすぐに伸びた杉が参道を囲んでいて気持ちがいい。
ん?注連縄がある。なんだろう……と思って見てみると、右側に柄杓があるじゃないですか。
そう、なんとここが手水舎らしい。
常に流れ続ける小川の清らかな水は冷たくて気持ちが良かったです。
【 三の鳥居 】
こちらは木造の両部鳥居。
一の鳥居、二の鳥居とちがって、木材もちゃんと加工されている。
もしかしたら一の鳥居や二の鳥居よりも年代が新しい時代に建てられたのかな。
【 拝殿 】
こんもりとした丘の上で、木々に囲まれてひっそりとたたずむ拝殿。
会津の豪雪地方なためか、非常に大きくて立派な屋根。
雪の重みに耐えるために改修しているのか、ところどころ新しい資材が見受けられる。
大内宿の中は一般の自動車は通れないため、一切の騒音が無い静かな境内。
木々を吹きぬける風が気持ちよくて、しばらく拝殿の前で空気を味わいたくなる。
【 本殿 】
やや小ぶりながらも、しっかりとした造りの本殿。
柵はあるものの、目線の高さなので近づいてじっくりと見る事ができる。
……んが!
本殿よりも目を引くものが!
【 本殿背後の大杉 】
こちらは樹齢800年以上、高さ56メートルといわれる大杉。
この木は五本の杉の合体木のようで、五本の木がぴったりと寄り添って立っている。
これはまるで、高倉宮を慕って追いかけてきて、この地に果てた桜木姫の想いを体現しているかのようで……
なんだか神々しく見えますねえ。
【 拝殿の前から見た参道 】
さて、無事お参りも済んだので社務所へ……
というところなのですが。実はこちらの神社、社務所は境内にはありません。
お参りした当初はおいらもどこに社務所があるのか分かりませんでした(;´・ω・)
ただ、「本務社のようなので社務所はどっかにあるだろう」という考えと、
「社務所は大内宿の集落のどこかにあるらしい」という曖昧な情報を頼りに、大内宿を観光しつつ探すことに。
で、再び大内宿の集落へ。
ちょうど屋根の葺き替えをしている建物がありました。
この葺き替えってかなり大人数でやるんだねえ。結構な数の職人さんがいましたよ。
それにしても、喜多方の新宮熊野神社 といい、よく葺き替えの場面に出くわしますね、おいら。
こちらは大内宿北側にある子安観音堂付近の高台からの眺め。
立ち並んだ茅葺屋根が素敵じゃないか、ええ。
こんな眺めはまるで江戸時代にタイムスリップしたみたいだなあ、
と脳内BGMは↓が流れっぱなし。
さてさてさて。
そんなこんなで一通り大内宿の街並みも堪能したところで、本格的に社務所探しへ。
と言っても、お土産屋で買い物しながら店のオバちゃんと会話して聞き出すってだけなんですけどね(´∀`)ウフフ
で、土産屋のオバちゃんから入手した情報をまとめると、
・社務所は駐車場の近くにあるらしい
・お土産屋みたいな外見らしい
・注連縄がはられてるらしい
というもの。
じっくりと一軒一軒見たつもりが見落としちゃって一度駐車場まで戻っちゃったんですけど(;´・ω・`)
でも、もう一度駐車場側から見たらすぐに発見。
お声かけしたら宮司さんは留守らしいんですが、代わりの方(禰宜さん?)が書いて下さるとのことでした。
で、頂いた御朱印がこちら。
初穂料はお気持ちで、とのことでした。
達筆なうえに「大内宿」と書かれていて、もう言う事無しの素晴らしい御朱印。
ただ、日曜日の観光客が多い、忙しい日にお願いしちゃったので、ちょっと申し訳なかったです(´・ω・`)
五月もまだ中旬ということで、大内宿の中には鯉のぼりがあがっていました。
まさしく、歌の通り。
屋根より高い鯉のぼり。
大きい真鯉はお父さん……と、真鯉を見ると何やら文字が書かれているようなんですね。
近づいてよーく見てみると……
『がんばれ福島』の文字。
この日は「一号機がメルトダウンして、全炉心溶融。圧力容器に穴がある……」という報道がされて最初の日曜日。
ずさんな対応や情報の隠蔽で今もなお辛い状況に立たせられている福島県民。
しかし、五月晴れの空には「あきらめない人たち」の思いが天高く泳いでおりました。
がんばっぺ!ふぐすま!
■ 高倉神社への地図
大きな地図で見る
◆ 神社の情報
高倉神社 たかくらじんじゃ
御祭神 : 高倉宮以仁王
社格等 : 村社
鎮座地 : 福島県南会津郡下郷町大内字大谷地154



























