世良田東照宮(群馬県太田市)
世良田東照宮(せらだとうしょうぐう)。
群馬県太田市に鎮座。
御祭神は東照大権現(徳川家康公)。
社格は明治十二年に郷社に列格。
世良田という土地は徳川家発祥の地と言われる土地。
家康公が無くなった駿府・久能山と、下野国・日光を一直線で結ぶと霊峰・富士山とこの世良田がその直線上に並ぶんだとか。
さらにその直線上の世良田と日光を、江戸と結ぶときれいな二等辺三角形になるとかで。
黒衣の宰相・南光坊天海の深謀遠慮が伺えますな。
その天海。
日光の輪王寺のほかに、この世良田の長楽寺の住職を務めていたんだとか。
すると天海、臨済宗だったこのお寺を天台宗に改宗。
で。
その後、徳川三代将軍家光の時代に日光東照宮が改築された折、古い社殿を長楽寺の境内であったこちらに移築。
東照大権現を勧請して、寛永二十一年(1644年)に世良田東照宮が創建されたとのこと。
さて、冠稲荷神社 の神職の方との話の中で名前が出て、「せっかくだから」と来ることになったこの神社。
なので、まったく予備知識も持たずにお参りしました。
お寺の境内だったということもあって、入口にあるのは鳥居ではなく門。
木材の色も年季を感じさせる渋い色でいいんだけど、千社札がちょっと目立つのが残念。
前にも書いたと思うんですけども、千社札は好きではねーのです(; ・ω・`)
門をくぐって左手にある手水舎。
やっぱり神仏習合の影響からなのかそうでないのか、瓦屋根。
うーん。瓦屋根だとどうしてもお寺っぽく見えちゃうよね。
そういう先入観を持ってるせいかもだけど。
拝殿前にある、石造りの明神鳥居。
境内の中にある鳥居ということで、大きさ自体はそんなに大きくなかった気が。
白い石と注連縄の色が統一感があって素敵。
真正面に見える朱色の箱はお賽銭箱。
金色で徳川の葵の御紋の装飾が施されていて重厚さを感じさせる。
こちらが日光東照宮の古い社殿を移築したという本殿。
遠目にも美麗な装飾があるのが見える。
おお、おお。これは近くで見たい!もっと近くで見てみたい!
と思ったものの、手前にある柵が邪魔で近づけないんですよね。
んで。どこを通るのかと思ったら、社務所の前に入口があって拝観料300円の文字が。
とりあえずお賽銭箱のところで拝んでお参りしたので、先に御朱印をいただこうと社務所へ。
ちょうど神職の方らしい人が拝殿の掃除からいったん社務所に戻ったところだったらしく、声をかけてみる。
「こんにちはー」
「……なんですか?」
「あ、お忙しいところすみません。御朱印お願いできますか?」
「あー……はい」
「……この紙はずいぶん墨吸うなぁ」
(中略)
「はい、じゃあこれね」
「あ、ありがとうございます。
……ああ、こちらは御朱印帳も置いてらっしゃるんですね。
どのような感じなんですか?」
「どんなのって、普通のですよ。普通。ほら、これ。ね、普通でしょ。」
「あ……そ、そうなんですか……」
といった感じのやりとりで、非常にぶっきらぼうというか、不機嫌そうな感じでした(´・ω・`)
お忙しい時間だったからなのかなあ。掃除の途中でお声掛けしちゃったせいなのか。
それとも本々ぶっきらぼうな人だったのか。
徳川ゆかりの場所だから葵の御紋とかが入った御朱印帳なのかなー?と思って聞いてみたんですけども、普通のだということなので。
御朱印帳は購入しませんでした。
で、そのやり取りが終わったらすぐにホウキを持って掃除に戻られてしまって。
……結局本殿とかは拝観できず終い。
いやまあ、お金とって見せてるものの写真をブログに掲載するわけにもいかないんで。
拝観したとしても画像は残さなかったとは思いますけども……うーん。
そんなわけでこの神社では画像が少なめです。
なんだか写真を撮るのも悪いなー、って気持ちになってきちゃって。
で、いただいた御朱印がこちら。
初穂料は300円でした。
【 境内の大木の周りのくつろぎスペース 】
【 境内側から見た門 】
本殿を拝観できずに、なんだか手持無沙汰なところを感じながら世良田東照宮を後にして、富岡市の上野國一の宮・貫前神社に向かうおいらなのでした(´・ω・`)
■ 世良田東照宮への地図
大きな地図で見る
◆ 神社の情報
世良田東照宮 せらだとうしょうぐう
御祭神:東照大権現(徳川家康公)
社格等:郷社
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119-1







