総産土阿邪訶根神社(福島県郡山市)
総産土阿邪訶根神社(そううぶすな あさかねじんじゃ)。
福島県郡山市に鎮座。
御祭神は猿田毘古命(サルタヒコノミコト)、平忠道公、宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。
猿田毘古命は、ニニギノミコトの天降りの際に道案内を買って出、先導した国津神。
無事にニニギノミコトを案内し終えたあと、随行した天宇受売命(アメノウズメノミコト)と結婚したとされている。
社伝によると、康平年中(1060年ごろ)、伊勢の国の阿邪訶(あさか)より猿田毘古命の御分霊を迎え祀り、『道祖神社』として創建されたのがはじまり。
ニニギノミコトの道案内をしたという伝承から、道を導く神・交通安全の神として祀られた。
その後、寛治三年(1089年)に源義家公に従って前九年の役・後三年の役に出征した平忠道公が亡くなると、その御霊を合祀し、社名を『御霊宮』と改める。
さらに時が流れて明治二十二年(1889年)、社名を『阿邪訶根神社』と改め、現在に至っている。
というか社名が長いですな。九文字もあるし。
そして、最初見たとき社名が読めませんでした。
漢字ばかりがぞろっと並んでると、なんだか文字として認識しなくなるというか……
もしかしたら「総産土」は社名じゃないのかもだけど、頂いた略記とか境内の由緒書とか御朱印もそうなってるのでそれで統一。
それはさておき、カーナビ様はここに行くときも大変でした。
福島県神社庁に登録されてる「あさかねじんじゃ」では入って無くて、
「そううぶすな」で検索しても入って無くて、「うぶすな神社」で検索したらようやくヒット。
うーん。三洋さん、ゴリラってなんでこんなに検索で苦労するん……?
馬場の都都古和気神社は裏側につれて行かれるし、石川町の石都々古和気神社は山の上だし。
白っぽい神明鳥居。
周囲の家の高さと同じくらい。
それにしても参道に散ってるイチョウの葉が綺麗だね。
鳥居の隣あたりにある手水舎。
この日は水が出ていなかったため、お清めできず。
気持ちだけ洗って境内へ。
ここの狛犬様はみんながみんな、猛っておられる感じ。
小さな狛犬も鋭利な刃物のような視線を送ってくるよ。
これだけ殺気を放っていれば、大勢の犬を率いて赤カブトって大熊を倒すくらいのことは余裕で出来そうだ。
こちらは東側と違って、石造りの明神鳥居。
なんで左右で鳥居の種類が違うんだろう?
ちなみにこちらの鳥居には『御霊宮』と書かれていた。
現在の社名の前の社名だね。
まあ、その辺りが鳥居の種類が違うことに関係するのかどうかは、調べてみないと分からないんだけども。
こちらの社殿は寛延二年(1749年)に一度焼失しており、翌年の寛延三年に再建されたもの。
屋根のところの社紋は左三つ巴だけども、二本松藩主の崇敬があったためか藩主・丹羽氏の家紋である直違(×印)が入っている。
二本松藩からは石灯籠や幕などの御奉納があったそうだ。
入口はガラス戸になっているようだ。
それにしても金色で縁取られた『総産土』の社額が素晴らしい。
重みを感じるよね。
こちらは拝殿や境内の構造上、神社脇の道路に出ないと見れないようだ。
というか、拝殿から本殿までが結構長い。
猿田毘古命が道の神様だから長いとか、そんなことあるのかなあ。
わからないけど。
で、先ほどからいろんな画像にチラチラ写り込んでいたんだけど。
この神社は御神木が特徴的。
私もその御神木の画像に惹かれてお参りすることを決めたんですけどね。
こちらがその御神木。
太い幹の部分は途中で折れてしまったのか、無いんだけれど、脇から太い枝が力強く伸びていて独特の造形美。
なんだか変わった形で、映画とかゲームに出てきそうな木だよね。
ハリーの魔法的な世界のものっぽい形。
それにしても完結編パート1ってナメてるんですか。完結しないじゃないですか。
さて、素敵な御神木を満喫したところで社務所へ。
こちらでも御朱印が頂けました。
こちらがその御朱印。
初穂料はお気持ちで、とのことでした。
郡山駅前というと、安積国造神社ばかりに参拝する人が多いんですけど、こちらの阿邪訶根神社さんも非常に歴史の深い神社ですんで、郡山にいらっしゃった際にはぜひ。
■総産土阿邪訶根神社への地図
※JR郡山駅から徒歩数分程度。
星総合病院のとなり。境内に数台なら駐車できるようだ。
大きな地図で見る
鎮座地 : 福島県郡山市大町2-14-1















