高畑天満宮(福島県福島市飯坂町湯野)
高畑天満宮。
福島県福島市飯坂町湯野に鎮座。
御祭神は菅原道真公。
江戸時代に、華道の大家・茨木峯月によって京都の北野天満宮から勧請されたのがはじまり。
高畑天満宮の「高畑」とはこの場所の住所が「湯野字高畑」となっているのが由来。
病気平癒・難除け・学問の神様として強い信仰を集めており、参拝した時も多くの絵馬が飾られていた。
現在は西根神社 の境内社となっている。
……なぜ境内社なのに、わざわざ西根神社の項と分けたのかというと。
理由は主に三つ。
◆西根神社の項と分けた理由その1 西根神社よりも以前からこの地に鎮座していたということ
西根神社が明治に入ってからの建立であったのに対し、高畑天満宮は江戸時代からこの地にあった。
そして、江戸時代に存在したということを現在に伝えるエピソードが残されている。
寛政の世のこと。
三河国に刈谷藩という藩があった。
刈谷藩は2万3千石という小藩であったが、第三代藩主・土井利則の時に領内の42村で一揆が発生。
幕府から処罰として寛政4年(1792年)、1万3千石を当地である湯野村に国替えされてしまう。
飛び地といえど幕府より賜った土地。きっちり支配しなければならない。
そこで刈谷藩は、この天満宮のあった場所に陣屋を建てることとし、敷地内の天満宮を移設する。
ところが。
いざ着任した代官や役人たちは次々に病に襲われる。
いったいなぜ?
そうだ、人間の都合で勝手にお社を動かしてしまって、天神様がお怒りなのかもしれぬ――
菅原道真公といえば、崇徳院と並ぶ大怨霊だ。
この一連の病は高畑天満宮の祟りだろう。いや、きっとそうだ。そうに違いない。
代官はすぐさま天満宮のお社を元の場所に移し、丁重にお祭り申し上げた。
するとどうだろう。代官や役人たちの病はあっという間に治ってしまった……というお話。
道真公らしいエピソードでなかなか興味深い。
もっとも、その後は西根神社の境内社となってしまったのだけれど。
ちなみに、現在の社殿は昭和43年に新築移転されたものとのこと。
◆西根神社の項と分けた理由その2 御朱印がいただけるということ
前述のようなエピソードがあるので、境内社とはいえ西根神社もぞんざいには扱えない。
……という理由かどうかは未確認だが、西根神社の御朱印をお願いすると、「高畑天満宮もいっしょにお祀りしてますので」と必ず2つセットで御朱印をいただくようになる。
片方だけではいただけない。
境内社とはいえ、崇敬の念は西根神社と変わらないということなのだろう。
◆西根神社の項と分けた理由その3
前回の記事の時は時間帯がアレで眠くて続けて書けな以下略
というわけで、社務所でいただいた御朱印がこちら。
御朱印というものの、こちらは神社名の朱色の印は無く、御祭神である菅原道真公の緑色の印がいただける。
ちなみに西根神社 といっしょの社務所なので、こちらも半紙の書き置きのみでの対応となる。
初穂料は西根神社・高畑天満宮の2社あわせて500円。
■高畑天満宮への地図
※西根神社の境内社となっている。御朱印も西根神社の社務所で。
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