死はあるのか? | 死期のエッセイ

死期のエッセイ

毎日が瀬戸際、土俵際。
大塚カツヤの個人スポンサー獲得までの道。

どっかで生きる事は意識の連続性て言ってた。

すなわち実感こそが生であると。

そうなると死は意識の遮断になると。

世界や世の中はまだまだ立証実証されてないことが多数なんだよ。

多くは外界からの多数の見解と自分の認識の一致と思う。

生まれてから塩を砂糖と言われ続けたら、その人にとっては塩は砂糖であろう。

決めるのは自分自身で
自我の確立もあやふやだ。

教えて偉い人。

生きるてなんですか?


昔の宗教家や哲学家がずーっと模索して出した暫定解答を辿っても

あんまし実感わかない。


体感したわけではないからね。
しかし、死に対してはさほど嫌悪しなくなった。


ましかしたら死ぬ事でなにかしら新しいものが得られるかも!


まだ自分自身は見てないからね!

けど充実させる為には生を満喫しなきゃ。

まだ生には固執するぞ。
見てないもの食べてないもの体感したいことブッ飛ばしたいバカいるからね。

日曜はライブだ。


今日は今からユイザウ゛ォックスのShowを満喫しに行く。