北海道のアイヌの人たちによれば、人間には誰しも生まれながらにして憑神というある種の例が憑いているという。
その超能力を持たせる霊の中にノイロポイクシというものがあるそうだ。それは家に来客がある前兆’(予知)として急に頭痛を生じさせるものだと藤村久和著「アイヌの霊の世界」に書かれている。
同書によると、ノイロポロイクシは遠方から見知らぬ来客に限って知らせる事ができ、見知っている場合にはおこらないそうだ。ある人は、頭痛が荒々しいときには女性が、緩やかなときなは男性が訪れるといい、訪問理由の概略と来客の年齢までいいあてることができたことを著者は驚きをもって語っている。
アイヌの人たちの信仰によると、こうした憑神は個々の霊を共にこの世にやってきて胎児に憑き、その個人が死ぬとともにその遺体から個人霊共々
の世に帰って行く事になっているという。

(妖鬼化 日本編 水木しげる著 抜粋)


頭痛持ちである。よく頭痛になる。風邪を引いたからとか、特に理由も無く急に頭痛がおこる。
市販の鎮痛剤を飲んでも効果がない。脳に異常があるかもしれないと心配になり神経内科を受診した事もある。CTまで撮影したが、これという原因も疾患も発見されなかった。まあ、生命に危険を及ぼす物ではない事はわかっているのだが、どうにも頭痛が始まると我慢できない。
頭痛にもいろいろあって、軽いときもあれば、頭の中で金属製のバケツか鉄鍋でもたたいているかのようにがんがん痛むときもある。軽いときは我慢もできるが、重いときには布団から起き上がる事もできない。
しかし、何か最近わかりかけてきた事がある。頭痛があると必ず誰かがマンションに訪れてくる。私の仕事はライターなので、自宅と仕事場を兼用している。取材のときには何日か家を空ける事もあるが、ほとんどが自宅にこもりっぱなしである。そこで気がついた事は、頭痛がきたあとには必ず来客がくる事である。不思議と一致しておこる、1度2度なら偶然と片付けてしまうがそれに気がついてから記録を取ると100%一致している事がわかった。しかし、それがわかるにつれて痛みと性別が相関性がある事に気がついた。痛みが軽いときには男。痛みが激しいときには女の来客がくる。そして、一度会った事がある人は、2度目からは痛みが出ないのである。不思議な頭痛である。
あるとき、アイヌに関しての記事を書いてくれと依頼された。北海道のアイヌの居住区に向かいその村の古老にあって話を聴いた。アイヌの生活の過去から現在への変遷という名目だった。アイヌは伝承が多く、また、儀式も多い。その伝承を古老が説明していたときである。自分の症状に似た頭痛の話が出てきた。ノイポロイクシという霊が取り憑くと予知能力がつき、来客がくる事を頭痛として予知ができるようになるという事であった。その話を聴いたときにはまさかという気分でいたが、帰りの飛行機の中で特にする事もなく、一人でとりとめも無い事を考えていると、不思議とノイポロイクシの話を思い出した。もしかすると、自分にノイポロイクシが取り憑いているのではないかという考えに取り憑かれていた。
自分は今年で47歳になる。外見はとてもいいとは言えない。おまけに最近では頭の方も薄くなり、下っ腹も出てきた。とても彼女ができる状態とは言えない。というか今まで彼女ができた事がない。学生の頃はいつもいじめられていた。汚い、臭い。よらないでくれる。女子に様々な罵声を浴びせられるのが日常であった。だから、今あまり人と会わなくても住むライターをしている。会社にも行かなくてもすむし、フリーならば仕事を選ぶ事もある程度可能だ。女性に接する事を極力避けてきた。しかし、彼女がほしくないといったらまるっきりの嘘になる。彼女もほしいし、結婚もそろそろ年齢的にヤバくなって来ている。機内でふとやる事が無く、とりとめも無い考えが頭の中で混沌になりはじめた。女性と親しくなりたい。ノイポロイクシ。さまざまな事が頭の中でぐるぐる回った。そして、その頭の混沌の中からふと気がついたことがあった。取材のノートを取り出し、古老が説明してくれたノイポロイクシに関しての説明を読み直してみた「ノイロポイクシが取り憑くと予知能力がつき、来客を教えてくれる。
頭痛の状態により、男性の来客か女性の来客かがわかる。痛みが軽いときには男性の来客。痛みが激しいときには女性の来客。一度あったことがある人の来訪のときには頭痛はしない。」
自分はいろいろな女性に会ってそのなかから1人でもいいから親しくなってできれば結婚して今のような寂しい、わびしい人生からおさらばしたい。そればっかりが頭の中をぐるぐる駆け回っていた。気がつくと自宅の前についていた。マンションのエレベーターののぼりのボタンをおす。エレベーターは上の階に止まっていてなかなかおりてこない。そのときに彼の頭の中にすばらしい思いつきがおこった。「これで多くの女性と会う事ができる」
彼は誰も彼の事を待つ人のいない寂しい部屋のドアをあけた。仕事部屋に入りホワイトボードの情報をかきちらしたそして満足そうに「やっぱりこの方法で間違いがない」一人つぶやいた。それがついさっきである。彼は手に金槌をもっている。満足そうな笑みを浮かべぶつぶつひとりごとをうわごとのようにつぶやきつづける「これで間違いがない。これで人生が変わる。これで間違いが無い。これで人生が変わる‥‥。」そして満身の笑みを浮かべ金槌を思いっきり上にかざした。そしてその直後「ゴッ」彼は金槌を自分の頭にめがけて振り下ろした。鈍い音の跡彼の顔に一筋の赤い血が流れ落ちてきた。額から鼻を通りは名からポタッポタッと足下にしたたっていく。小さな赤い血だまりが足下にできた。彼は不思議そうな顔をしたそして「おかしいな。そうか、頭痛がよわいんだ。強い頭痛じゃないと女性はこないんだ。」そういうとまた自分の頭に思いっきり金槌を振り下ろした。「ゴジュ」金槌が頭に当たった時に金槌の軌道がずれた。べろんと何かが頭からはがれてぶらさがっている。それを手で触れてみる。「皮?」何か頭からべろりとさがっている。気になる。それを手でつかんでおもいっきり引っ張ってみた。「ばりばりばりばり」よけいぶら下がっているものが大きくなった。取りきれなかったが、自分の目で見えるところまでのびる様になった。「なんだこれ?」赤いゴムのシートの様な物に髪の毛が生えている。そしてそれを伝って血がだらだら流れてくる。目に血が入り視界が赤くなり。よく見えない。そのまま、洗面所に向かった。既に頭痛は無くしびれきっている。「これじゃ痛みは感じづらくなっちゃったよ」ぼやきながら、血だまりを葦で引きづりながら洗面所に立つ。目に血が入って見づらい。タオルで顔をふいた。瞬く間にタオルは血でズブズブになった、でも、視界は開けた。鏡を見た。「あーあ。これじゃ女性がきてももてないな‥。」鏡に写った自分の頭は皮が金槌を当てたところから右耳の所まではがれ落ち耳の上から右肩まで髪の毛が生えた頭皮がぶら下がっていた。皮についた髪の毛は血でぐずぐずに湿って、すでに一部の血液は固まりかけ髪の毛が固まりになってしまっている部分もあった。「痺れるんじゃだめなんだよ。女性にきてもらうには激しい頭痛じゃなくちゃね。」と独り言をいいながらまた金槌を振り上げ自分の頭に渾身の力でたたきつけた「グシャ」「グチャ」今度は2種類の音が同時にした。振り下ろした金槌は彼の頭蓋骨を突き破り、灰色の脳まで達した。砕けた頭蓋骨はそれをその場に引き止めておく頭皮は既に失われていた。細かな粉砕されたかけらをまき散らし。大きな破片は金槌と共に脳みそにくいこんだ。頭蓋骨の破片と金槌が叩き込まれた灰色の組織は、崩れたたらの白子の様にぐずぐずにくずれ、勢い良くそれらが飛び込んだ部分がぐちゃぐちゃになり破壊された頭蓋骨の穴から外に飛び散った。
彼の目玉がぐるりとヒックリ返り白目になった。鼻から大量の出血を垂れ流し。口からは消化器の中でまだ消化されていない食べ物、ほぼ消化されてゲル上のドロドロになった元食べ物が勢い良く吹き出され、その後に口から滝のように汚物が流れおちた。一瞬の後、彼は自分自身の血液と汚物と消化液と脳溝の破片と頭蓋骨の破片が入り交じった溜まりに顔から崩れおちた。3度ほどびくんびくんと痙攣をおこし静かになった。

彼が書いていたホワイトボードにはこう書かれていた
激しい頭痛がする。女性がくる。女性に会える。多くの女性に会えば独り位は自分の事に行為を持ってくれる。頭痛を末には時間がかかる。激しい頭痛を起こせばいい=結婚できる

これが彼の狂気の遺言となった。











アイヌの人たちに伝わる妖怪で、その名前は「空き家の番人」という意味がある。
無断で空き家に住み、全身は毛むくじゃら、魚革製の祖末な身なりをした爺の姿をしている。よく切れる刀をもち、多くの人畜を殺傷したという話が樺太の各地に伝説として語られているから、性質はかなり凶暴である。
アイヌの人たちは、北海道でも樺太でも春から秋にかけては海辺の夏村に住みそこにある小屋で魚をとって暮らし、秋の末に冬村に移って寒い時期を過ごす。
このオハチスエというのは、その人々のいなくなった時期に忍び込んでくるらしい。
出会った人の話によると、このオハチスエはなんでもいちいち人の動作をまねるのだという。ロシアに誰もいないはずの風呂場に現れる妖怪がいるのだが、その系統のものかも知れない。空き家には、昔からなにかがいる「気配」があるものだ。
(妖鬼化 日本編 水木しげる著から引用)


 空き家がある。
ちょうど学校と家の通学路の途中にある。
鉄筋の建物などではなく、木造の昭和初期にたてられた物であろう。おそらく僕がうまれる前からここに立っていたと思う。お父さんやお母さんには聴いた事はないがなんかそういう確信がある。
ガラスのあちこちが割れていてツタが絡まり、夏になるとツタで建物の壁が覆い尽くされてしまう位の代物である。

僕の住んでいる町には川が流れている。山の麓の町で町の大きさもそんなに大きくない。言ってしまえば田舎の小さな町という表現が一番適しているのかもしれない。川はあまり大きくなく、浅瀬は多い。でも、水は綺麗でまだ魚の影がよく確認できる。夏にもなると僕らは川で水遊びをする。夏でも川の水はとても冷たく。ひやりとする。その足下をスーっと魚が横切っていく。

 あるときに学校で気味の悪い噂がたった。
あの空き家に関してである。
空き家の入り口の所に血のような物があったというのを見たという同級生が出たのである。
それが何の血なのか?本当に血なのか?それもはっきりしない。ただ、赤黒い血が乾いたような跡が家の入り口の部分にあったという。
その同級生は怖くなり急いでその場を立ち去ったので真偽の程は明らかではない。2、3日もするとその噂はクラスから忘れ去られてしまった。
しかし、1週間後、同じクラスの別の友人が今度はもっと恐ろしいもの見てしまった。前の噂のときに血の跡があったとされる場所に猫の頭が落ちていた。あまりの不自然さに同級生は思わず近くに近寄りまじまじと観察してしまった。はじめはよくできた猫の人形の頭が落ちていると思ったらしい。
しかし、近づくにつれ、毛の質感、首の下からジワーっと流れ出て地面に広がっている赤黒い液体、かっと見開かれた目。そしてその目はどろりと白く濁りよく見ると目玉の周りに白いものがうごめいていた。
ざわざわざわ。
蛆であった。無数の蛆が猫の目の周りの柔らかい部分をえさにして増えてうごめいている。
「うわぁー」同級生は悲鳴とも絶叫ともつかない声を発して一目散に逃げてきたという。
また、同じ頃(猫の首が発見される前)別な隣のクラスの子がその空き家の中に何かいるの見ていた。割れたスリガラス越しなので、それが難なのかはよくわからなかった。でも、どう見ても動き、大きさ共に人間の様である。そのときにその空き家からは生臭い、魚臭い臭いが漂い出ていたという。
そのときクラスのガキ大将がいった。
「ほんとうかよ?空き家でぼろぼろだからおっかないと思っているからそんなのが見えたんじゃないのか?猫の頭だってそうだよ。聴いたその日の帰りに見に行ったけど猫の頭どころか血の跡も何もなかったぞ。ほんと、お前らチビリだな。誰か帰りに一緒に空き家の中を探検するやついるか?」
みんな一歩下がった。そのときガキ大将の視線が自分に止まった。
「しまった」と思ったが既におそかった。
「お前つきあうよな。」ガキ大将に肩に腕をまわされた。「もう逃げられない。」僕は覚悟を決めた。

帰宅の時間になった。ガキ大将と僕、そして一歩引き下がって難を逃れた数人の友人たちと空き家に向かった。「お前らは根性がないからここから見てればいい。何にもおこらない事を俺とこいつが確かめてきてやる。」ガキ大将はそういうと僕の首根っこを引きずるようにして空き家の入り口に立った。そして、ドアを開けた。立て付けが悪くなってしまっていて、なかなか開かない。2人ががりでドアに体当たりを数回食らわしてやっと人が一人通りぐらいの隙間があいた。ガキ大将と自分は体をねじ込む様にして空き家の中に入った。中は割れた窓から薄明かりが入り込むだけでうすぐらかった。ほこりっぽく、明らかに何年も放置されたままだと言う事は一目瞭然だった。玄関から土足であがり奥の方に進む。廊下をまっすぐ進む。左手に台所が見えた。台所というより、もと台所として使用されていた部屋という表現の方が正しいのかもしれない。テーブルが足が折れ傾き、椅子は全部潰れてしまってただの材木に戻ってしまっていた。ただ、そこに一つだけ違和感を感じる部分があった。シンクの水回りである。明らかに使用されている形跡がある。ほこりがその部分だけすくなく、そこに3、4個の砥石が整然と並べられていた。また、そのわきに薄汚れたタオルは広げられていてそのタオルの上にはさまざまな大きさの包丁が5本ならんでいた。大きさ、形すべて違うが共通して言える事は綺麗に手入れをされていた。錆、刃こぼれ一つない。よっぽど大切に手入れをしているのだろう。しかし、誰が、何のために?ここは空き家のはずである。人がいる気配がある事だけでもおかしな事なのに、なぜ、この部分のみ整然と大切に整備されているのか?「やっぱり、だれかいる。」とっさに頭の中が回答をだした。その回答にたどり憑いたとたん恐ろしいまでの恐怖感に支配されてしまった。「おい。どこにいるんだよ。早くでないとここやばいよ。」「おい」後ろに人の気配があるガキ大将だと信じきって後ろをふりむた。「やっぱり、おまえだったか。よかった。みてくれこれ‥」ガキ大将はだまったままつったっている。ようすがおかしい。こちらを向いているのだが目が僕を見ていない。なにか遠くを見つめたままである。というより彼の目には何も写っていない。おかしい。なにかおかしい。僕はガキ大将を凝視した。そのときに、彼の首に横一直線に赤い線がはしった。それが端まで走りきったとき「ごとっ」彼の首が床に落ちた。
どこを見ているのかわからない焦点のあわない視線をどこか遠くにおいたまま。首はごろごろと2、3回転がってとまった。止まったときにガキ対象の目はこちらを向いていた。何の意思も感じさせず、自分に何がおこっておのか理解できない表情たった。残された胴体はまだ直立していた。切り取られた首の傷からは血が噴水の様に吹き出していた。もちろん周囲は血の海である。「よくこれだけの血液がこの体の中に入っている物だな。」まったく、関係ないことで関心してしまった。完全にパニックになってしまって思考が停止してしまっている状態であろう。そのときに、その体に今度は縦に、切れた首の中心から股間まで一瞬にして縦に線がはしった。
線が走りきったとたんに体が真ん中から2つに割れた。もちろん複雑で、柔軟性を持つ消化器官までは完全に切断されていない。右の方には胃の一部、左の方に腸の一部。それは複雑に入り交じりながら左右に完全に離れないように体がやや左右に切り離されながらそこを途中半端に切断され、その消化器の中の未消化の食べ物や腸の中の排出物をまき散らしながら血と一緒に崩れ落ちた。あまりのことに理解ができず僕はじっと見守っていた。ショックがひどすぎて悲鳴も出ない。その不完全に分離した体の間からニュツと手が後ろから出てきた。その手はその不完全に腸や消化器でかろうじてつながっている部分を力ごなしに引きちぎりながらそいつはガキ大将だったものを「ビチャビチャ」という音とともにその臓物を引き裂きながらあらわれた。魚の革をつなげた服を来ている。毛むくじゃらで手にはよく切れそうな包丁をもっている。そして全身はガキ大将をばらしたときの返り血で真っ赤に染まっている。
そいつは急に僕に視線をむけた。ふと、そいつの行動がかわった。何かにおびえている。これだけの事をしておきながな彼は何におびえているのだろうか?よく観察してみる。手の震え、腰の惹き具合。どうにても現在の自分の姿である。そうか、こいつは相手のまねをするのかという事が直感でわかった。僕はそーっと台所に移動した。ためにし彼が持っている包丁の持っている方の自分の手を水平に上げた。彼もか鏡の様に同じ行動をとる。テーブルの上に包丁を誘導するように自分を行動して彼の包丁を流しにおかせた。彼から目を離さないままうしろに一歩ずつ玄関に向かって引き下がる。彼も廊下の奥に向かって自分と同じ格好をしながら引き下がって行く。ようやく玄関にたどり着き空き家を出た。そのときには取り巻きで一緒に来ていた同級生は一人もいなかった。しかし、僕はいそいで家に帰り家族にその事を知らせた。すると、滅多な事では口を開かない祖父が重い口を開いた。「あの家に入ってしまったのか」言葉はおもい。じつは祖父が子供の頃にも同じ事件が発生していて、そのときの祖父はちょうどこの度の自分の様に無理矢理連れて行かれそして引きづり込んだ人はそこで殺されたとのことだった。祖父はいった「警察にはとにかく知らせなくては行けないが、おそらく何の痕跡も残っていないだろう。あれはこの世の物の仕業ではない。起こった事件もまたこの世の摂理とはちがった摂理を用いて抹消されてしまうようである。「僕は心配になって警察に電話をした。」警察は至急調査してくれるので同伴願い得るかとのことだったのであまりのショックで同伴は遠慮させてくださいと断った。
次の日の新聞を読んだ。ひと独りが死んだんだ、ニュースにならないはずがない。新聞をがさがさ開いて全面を読んでみる。どこにも昨日の事件に触れている記事はなかった。途方にくれていると、祖父が後ろに立っていた。「やっぱりのっていなかっただろ?」
「あの家はな、おじいちゃんが子供のときには既に廃屋として存在していたんだ。」もともとは、アイヌの人たちの家だったようだが、そのアイヌの人たちも近代化にさらされて町に出て行ってしまった。結局、あの廃屋だけがとり残されたのだよ。」「昔らかのアイヌの人たちに恐れられている妖怪があってな、名はオハチスエという。「空き家の番人」共いわれ根は凶暴で人や動物をよく殺したらしい。アイヌの人たちは近代化した生活をしたが、のこされた廃屋はそのままアイヌの生活がそのままのこったままになっていたにのでそこにオハチスエが取り憑いてしまったのだろう。以前ならば次々に廃屋を回っていたが、現在となってはアイヌの様式をのこした建物はあの1軒のみ。アイヌの古老たちもよる年に勝てず、皆鬼籍に入ってしまい、結局あそこの廃屋にいるオハチスエを払える人が誰もいない事になってしまった。だから、この町ではあの廃屋は誰も取り壊しができず、また、誰も踏み込めない場所になってしまっているのだよ。」暗い声で祖父は幼い自分に聴かせた。
それから何年かして祖父も鬼籍に入ってしまった。まだ、廃屋はそのままえである。自分はあの廃屋に関わる事も恐ろしく、自分にできる事は何も知らない次の被害者がでない事を祈るばかりである。
















 オッケルイペはアイヌの屁の妖怪だ。
オッケオヤシともよばれ、家の中に一人でいるときなど、突然いろりの中でポアッと音を発する。
 オッケルイペというのはアイヌの言葉で、オッケ(屁)、ルイ(猛烈)、ペ(者)となり、つまり「屁っこき野郎」という意味である。
また、オッケオヤシは屁のお化けといういう意味らしい。

これが現れると(もちろん姿は見えないが、)あっちでポァッ、こっちでポァッとやられて臭くてかなわない。そんなときには、こちらも負けずにポアッとやりかえしてやると、恐れ入って退散するという。臭いのが間に合わないときには、ポアッと口でまねをするだけでも退散してしまうそうだ。

アイヌの昔話には、オッペケルイペが屁をしたために、川下りの船が舳先から裂けて壊れてしまったという話がある。船に乗っていた人々は、おこってオッペケルイペを殴り殺してしまったが、その正体は黒狐だったという。アイヌの昔話には、よくオッペケルイペが登場する。

(妖鬼化日本編 水木しげる著より引用)


 一郎は今年で78歳になる。
 2世帯同居している。
部屋は息子夫婦の部屋、孫の部屋、一郎の部屋、居間とあるが、一郎の部屋は日当りが悪く、狭い。
妻を亡くしてからはこの家の主であるにも関わらず、息子がこの家の実権を握っている。
結果、一郎の部屋の選択の優先順位は低くなり結果的に日当りが悪く、狭い部屋をあてがわれるようになった。
一郎は自分の部屋にこもっていると気分が重くなってくるので1日の大半の時間を居間で過ごしている。息子夫婦は共稼ぎで昼間は一郎一人が家にいる事になる。
嫁が昼食まで作ってくれているので何の苦労もない。日がな1日テレビを見たり、新聞を読んだりしながら一日一日を過ごしている。
これといった趣味もない。近所の同い年の人たちは公園にゲートボールをしにいったり、声を掛け合って温泉などに日帰りで出かけているようであるが、一郎は本来出無精な性格なのであまり外に出ようとも思わない。まして、ゲートボールなどのスポーツなどにも興味がなかった。ただ、毎日テレビを流れるがまま見て、一度読んだ新聞をまた読み返したりしいるうちに高校生の孫が学校から帰ってきて、息子、嫁が次々と帰宅してきてにぎやかになる。それまでは一郎一人なので部屋はテレビの音が鳴り響く位で後は静かである。

 ある日、一郎は居間で昼のワイドショーを見ていた。ゴシップネタ、時事ネタ‥。毎日、毎日同じような事が繰り返されている。
その日もそうだった。ワイドショーが終盤に差し掛かり、出演者が全員でその番組の合い言葉であろう言葉をみんなでポーズをとりながらいった。
「ドン」
しかし、一郎の耳にテレビとは違う方向から妙な音が聞こえた。小さな音だったが「ポワッ」という音が「ドン」と重なるようにして耳に入ってきた。
「はて、テレビの調子がおかしいのか?」と思ったが、それから後は何の異常もおこらない。あまりに他愛も無い事だったので一郎はその音の事はすぐにわすれてしまった。

 数日後一郎は今度は居間で夕方のニュース番組を見ていた。アナウンサーが真面目な顔で淡々と今日おこったニュースを読み上げていた。ちょうど首相が米軍の基地移転に関してのインタビューをうけている場面であった。
「ポワッ」
また、きこえた。今回はにぎやかなバラエティーではなかったので案外しっかりと「ポワッ」と聞こえた。
「はて、何の音か?」
一郎はテレビの調子を疑いテレビもボリュームを上げてニュースを見続けた。しかし、それ一度きりであとは「ポワッ」という音は聞こえてこなかった。

「ただいま。」
孫が高校から帰ってきた。
「もうこんな時間か。そろそろ息子と嫁も帰ってくるな。」
孫は居間にあるテーブルの椅子に座った。ちょうど一郎の隣の椅子である。
そのとき「ぽわっ」とまた音がした。
「おじいちゃんたら。もう、なんでそんなことするかな。」
「はあっ?」
「何のことだ?」
「女の子の目の前でおならなんかしないでよ。」
孫は怒りながら手で一郎をあおいでいる。
「俺は屁なんかしてないぞ」
「だって、ぽわっって音がしたじゃない。おじいちゃんじゃなかったら誰がするのさ。へたなごまかしなんかしないでくれる」
孫はぷんぷん怒りながら居間を後にして自分の部屋にこもってしまった。
「はて、自分も年のせいか知らないあいだに尻が緩んできたのかな」と独り言をいいながら一郎はまたテレビを見ていた。
今日はめずらしく、息子と嫁が一緒に帰ってきた。嫁はスーパーの袋をぶら下げていた。駅からの帰り道で偶然一緒になって、スーパーで夕食の食材を買ってきたらしい。
息子は部屋に行き部屋着に着替えて居間に帰ってきた。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、椅子に座り缶ビールを飲みながらテレビを見始めた。ニュースは終わり野球中継になっていた。
嫁は台所に入り夕食をつくり始めた。
するとまたどこからともなく「ぽわっ」という音がした。
「父さんいい加減にしろよ」
息子が急に怒鳴った。
「どうしたの?」
嫁が心配顔で台所から顔をだす。
「いきなり人前で屁なんてするんじゃないよ。こどもでもあるまいし。」
「いや、俺はしてないぞ。」
「親父、ぼけて自分が屁をした事もわからなくなったのか?」
むすっとながら、また、ビールを飲み、テレビの野球中継を見始めた。
夕食が出来上がった。嫁が孫を部屋に呼びに行く。
「ごはんできたわよ。」
「はーい。」
まだ、孫の機嫌はなおっていないらしい。嫌な食卓になった。息子も孫もぶすっとたまま。嫁はその影響を受けてかほとんど会話をしない。静かなまま夕食が進んで行く。食器がぶつかるかちゃかちゃという音がけが響き渡る。
そのとき。
「ぽわっ」
息子と孫の視線が一瞬にして一郎に集まった。今回は一郎には自信があった。自分は屁はしていない。「今回は絶対に俺じゃないぞ。」
「さっきからおかしいと思っていたから、尻の穴に力を入れて注意していたんだ。絶対俺じゃない。」しかし、息子と孫の冷たい視線は一郎に注がれたままだった。しかし、前の「ぽわっ」とは違う事が今回はおこった。モワーッと臭いがしてきたのである。それも誰もいないはずの台所の方向から。明らかに屁のにおいであった。
息子と娘の視線が混乱した。明らかに容疑者である一郎とは違う方向から屁の臭いがただよってきたのである。
ふと、一郎は自分がこどもの時に祖父に聴かされた妖怪の事を思い出した。
「オッケルイペだ。」
孫も息子も嫁も視線を一郎に集めて同時につぶやいた
「はぁっ?」
「オッケルイペっていう妖怪がいるのだよ。悪さはしない。ただ屁をするだけの妖怪だ。」
しかし、一郎にしてみたらオッケルイペの屁のおかげで自分に家族全員に疑惑の目を向けられたという恨みがある。
「くそ、懲らしめてやる。」
「退治する方法は‥‥。」
なかなか思い出せない。思い出せないいらつきと怒りで一郎の血圧が上がり、力が入った。
その瞬間「ぶふぉっ」
一郎の尻から大きな屁がでた。明らかに一郎の屁である。オッケルイペのせいにはできない、出所がわかる強烈な屁であった。
冷たさが消えた家族の視線がまた冷ややかな物に変化したそのとき台所から
「まいった。かなわない。退散、退散」
と声が聞こえた。その声を聴いたとたん一郎は思い出した。
オッペルイケを追い出す方法は思いっきり屁をする事だった。
冷たい視線を送り続ける家族に向かい、一郎は誇らしく「オッペルイケは退治したからもう安心だ。」胸を張って一郎は家族に宣言した。めでたくオッペルイケは家から退散していった。
しかし、家族の一郎に大しての冷ややかな視線は数日間続いた。