妻の葬儀の期間家から離れていた子供たちがかえって来ていた。孫たちも一緒に帰ってきた。狭い家は祭壇でスペースが取られ、今まで入った事が無いほどの数の人間が家に来ていた。孫たちは久しぶりの祖父の家に興奮みぎで騒いでいた。小学生の男の子が3人。2人は兄弟で、後は一人っ子だ。小学生の男の子3人がそろっておとなしくしているはずはない。多々でさえ狭い家に祭壇がおかれ狭くなっている。そこを所狭しとかけずり回る。祖母がなくなったといえ子供たちは仕事が忙しくほとんど帰郷する事はなかった。まして子供ができてからは皆無といっていいほどであった。孫たちはほとんど妻にせっする事が
なかった。孫たちにとって妻の死は悲しむ事ではなく、単なる人が多く集まるイベントに過ぎなかった。バタバタ走り回り、取っ組み合い、祭壇を壊してしまうのではないかと思われたとき、息子の怒りがついに達した。自分の息子と兄弟の息子たちの頭上に鉄拳をくらわせた。
ゴン、ゴン、ゴン
いい音であった。
「おまえら、おとなしくしてろといっただろ。おばあちゃんが亡くなったんだぞ。静かにしていろ。」
孫たちに怒りの雷鳴が響き渡った。
さすがに功を奏したのか、あれほど騒がしかった孫たちが急におとなしくなり葬儀の場にふさわしい雰囲気を醸し出し始めた。
あまりの孫たちのおとなしさに和雄は逆に孫たちの行動が気になり始めた。
孫たちは3人で部屋の片隅で何やら輪になって座り込みごそごそしている。低い音だがそこから何やら音楽めいたものが聞こえてくる。
なにをしているのだろう?何の音だろう?元々何に関しても興味を持ちやすい和雄は自分の妻の葬式の場であることを半ば忘れ、喪主の席から立ち上がり孫たちの輪の中を覗き込んだ。何やら小さい画面が付いた器械を一生懸命いじっている。音はそこから聞こえてきている。
「なにしてるんだ?」
「ゲームだよ。ロープレ。おじいちゃん知らないの?」
「ロープレ?」
ゲームというのは知っている。インベーダーゲームとかは何度かやった事がある。でも、ロープレってなんだ?自分が知っているゲームは文字は点数くらいであとは、絵ばっかりだったんだけれどな。この画面にはあっちこっちに数字や文字が表示してあり見た事もないものだな。
「ロールプレイングゲームだよ。敵と戦ってキャラクターを成長させてストーリーをすすめていくんだよ。」
「ホー。」
和雄はそれしか言葉が出なかった。よく理解できない。なんか分かったようなわからないような。結局出た言葉が「ホー」である。
「ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとか聞いた事無い?」
「んー」
なんか聞いた事があるような、ないような。
気がつくともう孫たちは画面にくいいってゲームに熱中している。
居場所がなくなり、話しかける相手も失い。分かったような分からなかったようななんだか奇妙な感覚のみをのこして和雄は喪主の席に戻った。

続く‥
(土日はお休みします。)
家の外を自転車が通り過ぎた。そのとき、チリンチリンと自転車のベルが聞こえた。和雄はフッとわれに返った瞬間強い衝撃が和雄の脳を直撃した。

とびかかるように伏している妻に飛びつき、「どうした、しっかりしろ。」

しかし、返事は返ってこない。

転げるように居間の電話に駆け寄り119番に電話をかけた。

「はい、119です。どうしましたか?」冷静な声が受話器越しに聞こえる。

「妻が、妻が」

「どうしましたか?何がおきましたか?」

「倒れた」

最後の方は消え入るような声で和雄は受話器に話した。



数分後派手なサイレンをならして救急車が到着した。てきぱきと救急隊員は担架をおろし、床に伏している妻を慎重に担架にのせた。

「妻は、妻は‥」

「一緒に救急車に乗ってください」

頭の中はまだ半分白いまま和雄は救急車にのった。

目の前には担架の上にのって横になっている妻がいる。ぴくりとも動かない。

真っ白になった脳の中にただ救急車のサイレンが響いている。



その後はよくおぼえていない。ただ記憶にあるのは白衣をきた意思が無表情に「残念ですがお亡くなりになりました。」といわれた事だけだった。

昼間の病院である。もちろん患者や医師や看護士で病院はひとであふれていたはずである。しかし、和雄にはそれが記憶にない。あるのは医師の言葉だけだった。

喪失感

そう、喪失感以上の喪失感。

自分以外すべての物が世界から消えてしまったような。



高田和雄は真昼の道を見ていた。

とくにこれといった目的も無い。ただ、見てていた。

道と言ってもおおきな道ではない。

小さな地方都市の町の中にとおっている狭い道である。1車線で歩道も無く道の端を歩行者が歩くような道である。

朝でも、夕方でも自動車の交通量は少なく。すれ違うひともほとんどいない。まして、平日の昼間である。前にも後ろにも人の影は無く、ただ時折自動車がとおり過ぎて行く。



 昼にも関わらず、部屋の中は薄暗く物静かだった。人の気配はない。

和雄は一昨年妻を亡くしていた。子供は2人いるが、2人とも結婚し、それぞれ家族をもちこの町には住んでいない。



 今、家にいるのは和雄一人だった。長年務めた会社も3年前に定年になった。事務の仕事だったが残業が多く妻と一緒に過ごす時間も短かった。定年市た後は妻とゆっくりとすごしたい。今まで一緒に旅行にもいけなかったから、退職金で海外旅行にでも妻を連れて行ってやりたいと思っていた。しかし、定年退職して、念願の妻と過ごせる時間、夫婦だけの時間をやっと得る事ができたと思った矢先、妻が倒れた。ちょうど今頃の時間だった。昼食を作る為に台所で妻は料理をしていた。

バタっ

大きな音が台所から響いた。大きな家ではない。2階立ての普通の住居。居間で新聞を読んでいた和雄の耳にも十分とどく大きな音だった。

あまりに大きすぎて和雄はびくりともしなかった。ただ、読んでいた新聞をテーブルにおき、音のした台所へ向かった。

妻が床に倒れていた。一瞬和雄は何がおこっているのか理解ができなかった。そのまま、数秒はただなにもせず床に倒れている妻をじっと見ていた。

おい」

返事はない。

「おい」

また返事がない。人間は自分で認識する事ができる以上の事がおこると、その目の前でおこっている事象を脳の中で否定してしまう。ようするに現実をうけいれる事ができなくなってしまう。和雄はちょうどそのような状況になっていた。ゆすり起こす訳でもなく、抱きかかえる訳でもなく。ただ、突っ立ったまま「おい」と声をかけた。

続く