謎が多いミッテンヴァルトのモダンヴァイオリン (後編) | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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こんにちはガリッポです。

前回からミッテンヴァルトのヴァイオリンの話をしています。ミヒャエル・ポラーの1891年作です。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12979691108.html


修理が終わりました。


傷んでいたエッジも

このとおり。
新しい木材なので最初は質感に違いがありますが10年もすれば木目が濃くなってきます。

19世紀になるとストラディバリウスが最高のヴァイオリンという考えが広まったため、ストラディバリをお手本に作られるようになりました。
特にフランスでは1800年頃にストラディバリの特徴を研究し、さらに改良を加えたスタイルを確立しモダンヴァイオリンとして各地に広まりました。同様の製法で形だけをデルジェス風にしたガルネリ型もそれに次ぎます。
しかしその伝わり方には差があります。

このヴァイオリンではストラディバリやデルジェスのようなものではなくドイツの伝統的なスタイルのf字孔がついています。
シュタイナーは輪郭の形ももっとアマティに近いものでこれとは違います。クロッツなど18世紀のミッテンヴァルトの名器とも形が違います。f字孔もサイズは大きく近代の楽器と構造的に差がありません。

この時代ではかなり個性的な楽器と言えるでしょう。商売人はイタリアの楽器の値段が高い理由を個性があるからと言います。おかしいですね、これも個性がありますが、ウンチクには一貫性がなくその場しのぎのものです。個性に善悪など決められないはずですが、高い楽器の個性が良い個性で安い楽器の個性は悪い個性なのでしょうか?
それでは高い楽器が良いと言って高い楽器の値段がさらに上がるだけです。実力に見合わないものになっています。弦楽器の知識もラベルと同じくらい嘘ばかりで知らない方がマシです。

ニスで特徴的なのはもともとアンティーク塗装であったものが徐々に薄くなるというよりはペリペリと剥がれていく感じです。おそらくニス自体に耐久性がなく上に塗られているクリアーのニスで保護されていてクリアーが剥げると一気にニスが剥げてしまうのではないかと思います。
もっと言うと絵の具のようなものに上から透明なニスを塗っているようです。このようなものは同時代のミッテンヴァルトの量産品にも見られます。やはりある程度量産品を作っていた産地の特徴もあります。

補修するときに剥がれたところを塗りつぶすと新品のようになってしまうのでクリアーを塗って木材を保護しただけです。木材自体が経年変化で黄金色になっています。別にイタリアのオールド楽器だけが特別な処理をしていたのではなく、木材は時間が経つとそうなります。
ミルクールやマルクノイキルヒェンでは化学反応で色を付ける処理が行われたようでもっと緑っぽくなったり灰色っぽくなったりしています。
一方ミッテンヴァルトでは亜麻仁油を塗りこんで天日にさらして乾燥させたと言われています。この方法ではおそらく1年くらいはかかるのではないかと思います。大量に作って魚の干物のように干していたのでしょう。

木材に処理を施す研究をしているマニアックな職人もいることでしょうが、特別何もせず130年もすれば黄金色です。音についても同様のリスクがあります。

ちょっと関係ありませんが現代の職人がハンドメイドで作ったアンティーク塗装のチェロがあります。

汚れを描いた筆遣いがわかります。これでは不自然で汚らしいですね。

理髪師ならとら刈りというレベルの仕事ですが、演奏家は全く気付きません。多くのアンティーク塗装はただ汚いだけです。

こうなると汚いのでエアブラシでぼかしてあるものがあります。今度はいかにもスプレーで塗ったと分かるものになってしまいます。量産品でも特に安いものに見えてしまいます。

それも実際の古い楽器とは全く違います。

それに比べるときれいなものです。もともと控えめなアンティーク塗装がなされたところに実際の汚れが付きました。表面が綺麗に仕上げられていることも影響します。

このチェロではかなりがさつで神経を逆なでし、このヴァイオリンでは繊細な作者の感覚が感じられ見てるだけでも穏やかな心になります。その人自身の感覚にも違いがありますから気になる人とならない人がいるのは当然です。

オールドではなく近代の楽器特有の古さで人工的に再現するのが難しいもので私も成功したことがありません。
一方でヴィヨームなどの時代にストラディバリやデルジェスは100~150年くらい経ったものでした。アンティーク塗装の手法も変えなくてはいけません。

修理前と何も変わっていませんが近代では個性的な形をしています。
指板は交換したので厚くなっています。

板の厚みと音



板の厚みを測ってみました、表板を開けて測っているので左右が逆になっています。
表板を見てみると真ん中の一番厚いところが3.7mm薄い所は2mm以下になっています。それだけでなく中心から離れるほど薄くなっているのが分かります。
これはグラーデーションと言われる手法です。リュポー~ヴィヨームなどのフランスのモダン楽器であれば表板がすべて2.5mmほどで均一なものが典型的です。アマティについて調べてみると中心が厚くなっていますがそれ以外はごっそり薄くなっています。
それに対してドイツのオールド楽器はセンターの合わせ目が厚く外側に行くにしたがって薄くなっています。

いずれとも違っていてこの時代の発案でしょうか?
厚いか薄いかで言うと表板全体としては薄めといったところでしょうか?

一方裏板も中心から離れるほど薄くなっていますが、全体的にずっと厚いです。
フランスの楽器なら真ん中だけが厚くてそれ以外はごっそり薄くなっています。イタリアのオールドではその間です。
ドイツのオールドは表板と同じような厚みと分布になっています。チェコのボヘミアの楽器には20世紀になってもその特徴があります。

極限まで肉を減らしたのがフランスのヴァイオリンという事になります。
1860年代にパリのヴィヨームの下で修行したルドビヒ・ノイナーがミッテンヴァルトにフランス風の製法を伝えましたが、板の厚みまでは徹底されなかったようです。

全体としてみると裏板は厚めになっていますが、チェロような厚さではありません。裏板がチェロのような厚さのヴァイオリンはこの頃の量産品や日本で見かける現代のクレモナの楽器にも見られます。裏板のメイプルは硬いので薄くするほど労力が必要です。
それらに比べると明らかな手抜きという感じではありません。

ただしグラデーションの手法は厚みを管理するのが面倒なので途中で嫌になって投げ出したくなります。このとき板が厚めの方が音が良いという理屈があると渡りに船で飛びついてしまいます。


胴体のサイズはボディーレングスとアッパーバウツは大きくストラド型と変わりませんが、ミドルバウツがやや狭くロワーバウツは5mmくらい小さいです。
幅の細いモデルは高いアーチになると窮屈になりがちですが、フラットであれば問題なくミドルバウツが細いものでも音量のあるものがありました。この楽器も特別高いアーチではありません。

弦はうちの標準装備でピラストロ・オブリガートとNo.1のE線です。

はじいて調弦するとこの前のナポリのモダン楽器や中国製の新しい楽器よりはよく響く感じがします。
D線が特に響く感じがするとともに、オブリガートでは珍しく金属的な感じがします。エヴァピラッチなら時々あります。

弓で弾いてみると現代の楽器に比べて落ち着いた深みのある暗い音で、タイトに引き締まってダイレクトな感じです。柔らかさや豊かな響きとは違います。
低音も引き締まってブワッと響く感じではありません。E線はかなり鋭いです。
オールド楽器のような柔らかさや透明感はありません。極端に突き抜けたキャラクターのある音ではありません。
しかし現代の楽器とは違い枯れた木材の深く味のある音がします。
時代の通り現代の楽器とオールド楽器の間の音です。

このヴァイオリンが1万ユーロくらいだと思いますが、現代の職人が作った新作楽器は通常1万5000ユーロ以上します。
現代の楽器に多いのは明るい音で、表板の一部しか鳴っていないような感じがするものが典型です。それに比べると一回りも二回りも懐の深さがあるように思います。
そうなると音の好みによっては明らかに新作楽器に対して優位性があるように思いますが、他のモダン楽器と比べることになるでしょう。

この価格帯だとイタリアやフランスのものは当然買えません。ミルクールの量産品くらいです。
ドイツでは1900年以降モダンの職人が増えていく感じで19世紀のものはずっと少ないです。チェコのボヘミアの19世紀のものは見た記憶がありません。
あるとすればハンガリーですが。
19世紀のものとなると様々な産地に散発するもので大量にはありません。特に都市型の職人では生産数も少なく一期一会でしか出会うこともありません。

上には上があるのは当然ですが、ミルクールの量産品のイメージよりずっと上質な感じがします。
予算に限りがあるなら面白い楽器で気に入る人がいるかもしれません。うちでは音のキャラクターとして暗くて強い音はとても好まれます。ただし、極端に低音が強いビオラのような音ではありません。そのはっきりしない中途半端感じはグラデーションの特徴でしょうか?グラデーションでは徐々に板の厚みが変化していくもので音もはっきりした特徴が出ないのかもしれません。
そのあたりは好みの問題で弾く人次第です。

中間の厚みの部分を省略してもっとごっそり薄く作ってあればG線の低音がブワーっと響くことでしょう。私が作ってG線の一番下は響かず途中から響く場合には薄くし切れなかったと後悔します。G線の一番下から響けばそれ以上薄くする必要はないと考えます。チェロでもそのようなものは多いです。

しかし私以外の人はそんなことは気にしていないでしょう。演奏者はいきなり曲を弾いて試すので気付きません。現代のような厚めのものなら途中からも特別響かないのでギャップはないでしょう。今回のものでも同様です。

魂柱をちょっと緩めればその時は柔らかくなった感じがします、しかし楽器のキャラクターまでは変わらないでしょう。タイトな音がするのは修理したてという事もあるでしょう。使い込んでいけば柔軟性と豊かさが出て来るのではないかと思います。