季節の話から
夏と言えばスイカですけども、スイカもヨーロッパではスペインなどで作られ輸出されています。
一昔前はスイカを好んで食べていると同僚などは「あんなのは水ばっかり」とバカにしていましたが近年ではメジャーになってきました。
毎回買い物に行くごとにカットされたスイカを買っていたら、安売りしていたのでまるごと一個スイカを買ってみました。量り売りなのでできるだけ小さなものを選びました。

皮が凄く厚いものに当たると災難ですが、良かったです。
それから種がありません。

日本から来て最初に食べたときは甘さが少なくて皮の付近を食べているような味に感じていたでしょう。なんでも果物はそうですが、日本ではとても甘いものになっているのに対してヨーロッパのものは甘くありません。すっぱいものは今でも無理ですが、スイカは甘さが少ないだけですっぱいわけではないので食べることができます。今回のものも十分に甘さを感じることができます。
すっぱいものは多いですが特にすっぱいのはリンゴでわざわざすっぱいリンゴを選んで買っているようです。ヨーロッパに行ったらリンゴは梅のようなものと思った方が良いです。酸味に耐性があって梅干しなどを食べさせてもなんともないです。
そう考えると日本人の方が甘い音を好みそうなものです。刺激的な音や雑味を嫌い繊細な音を好んでもおかしくありませんが、その逆が売れ筋のようです。これは本心から音の気に入った楽器を選ばせてもらえていないという事が考えられます。どうなんでしょうか?
この一週間くらいはビオラの修理をしていました。指板交換、ペグ交換とそれに伴って駒と魂柱の交換、ニスの補修です。
指板の交換で問題となるのはただ単に新しいものに変えれば良いというのではなく駒の位置や高さが正しくなるようにしないといけません。指板の延長線上に駒が来るので駒との関係性が問題となります。
そのビオラにはヴァイオリン並みの高さの駒がついていたのでビオラとしては低すぎます。一筋縄ではいきません。
このためかなり神経を使いましたが、結果的には小型サイズとしては理想的なものとなったと思います。

そのビオラなのですが、作ったのはジュゼッペとアントニオのガリアーノ兄弟で、二コロの息子、アレサンドロの孫にあたります。1770年代のもので3世代目のガリアーノですからまだまだオールドの特徴を備えていました。
ナポリではフランス風のモダン楽器の導入がイタリアの中では遅れたのでかなり遅くまでちゃんとしたモダン楽器が作られませんでした。ただしオールドとしても次第にアマティやガリアーノの系統からはかけ離れていきました。
ガリアーノ家の初代アレサンドロにもアマティの影響はありますが、かなり自由な人だったようで作風は独特です。
それに対して息子たちの方がアマティやストラディバリを模して作ったようです。
つまりアマティの直接の弟子ではない世代がアマティの実物を真似て作ったのではないかと考えられます。
ものによってはニコロなど2世代目にストラディバリの影響も何となくあるので、アレサンドロがストラディバリの弟子とか言われていました。
2世代目以降ストラディバリを真似て少し似ていたので全く似ていないアレサンドロをストラディバリの弟子として売ってきたのです。
この業界はとにかく何かビッグネームや流派に関連付けてこじつけて売ろうとします。
前回のミルクールの量産品でも、アンティーク塗装というだけで、「ヴィヨームの手法で作られた・・」などと言って売るものです。量産品はヴィヨームとはクオリティが違うので何の関連性もありません。そのヴィヨームも同時代の他の楽器に比べて音が特別良いという事もありません。
それで言うとガリアーノはストラディバリにこじつけられて売られてきましたが、よく見るとアマティの影響が強いものがあります。アマティの影響が強いという事は私にとっては面白いことで、それを「オールドらしさ」と考えているからです。
ヴァイオリン職人の知識ではストラディバリが技術革新を行ったと信じられているのでそれ以前のアマティは従来の劣ったものとなります。ストラディバリの技術革新をセオリーにして我々の作る楽器が一番優れていると考えています。
職人たちの主張では現代の楽器が古いタイプのオールド楽器よりも音が良いはずです。実際にどうなのかは皆さんが自分で試してみるしかありません。
作曲家アレサンドロ・スカルラッティがローマから来てからナポリは音楽がとても栄えたところでナポリとヴェネツィアでは互いに競い合うように同時進行でオペラが発達していたようです。この流行がバロックに変わって古典派の音楽を生み出した原動力でもあります。我々がクラシックと思っている音楽の源はイタリアなのです。ペルゴレージの管弦楽曲でもバロックと古典派の中間的な感じがしますし、ポルポラになると完全に古典派です。
音楽の最先端の町で楽器需要にこたえるためにガリアーノ家ではたくさん楽器を作っていました。このためチープで粗雑に作られたものが多くあります。しかしそれをガリアーノの実力と二流の作者と切り捨てるのではなく、実はアマティを模してとても美しく作られているものがあります。
一方でパフリングの仕事にはアレサンドロ以来特徴があります。アレサンドロと後の世代は異なる作風の流派にはなっていません。
ただし、ガリアーノ家では南ドイツ出身の職人が働いていて、スクロールにはその影響があるものがあります。このようにガリアーノ家の作風の変化だけでも面白いものです。
私は決してイタリア嫌いではありませんよ。オールドの作風を受け継いでいないことを残念に思っているだけです。このビオラもイタリアのオールド楽器らしさを感じられるものだったと思います。
だった‥というのは、オリジナルの原形をとどめていないのです。
ヘッド部分は後の時代に作られたものです。胴体も小型に改造されています。
本に出ているジェナロ・ガリアーノとミドルバウツの部分は共通しているように見えます。同じモデルだったとすれば胴体が41cmあったビオラを39cm未満に改造されています。このため形は異様であり写真でお見せするのもガリアーノ兄弟の名誉のために控えさせていただきます。

裏板は板目板を真ん中で張り合わせたものです、このようなものはアマティやストラディバリにも見られますが、現代のものでは見たことがありません。
ニスは黄色っぽいもので透明度が低くニスが剥げ落ちたところの方が色が濃く見えます。このようなニスの様子はミラノやマルクノイキルヒェンの楽器にも見られます。
新しく作られたスクロールはヴァイオリンのようなサイズでペグもヴァイオリン用を取り付けました。オールドの作風からはかけ離れて素人の作ったようなものです。マイナーな業者の鑑定書にはイタリアの作者の新しいスクロールだと書かれています。他の国の人が作ったらもっとプロの作風になるのでイタリア製としているのでしょうが、やむを得ず作り直さなければいけないならそれよりもオリジナルに近いものを作れることが修理の腕前です。
素人が作ったものはイタリアっぽく見えますがガリアーノもオールドの流派ですからそれからかけ離れていてはいけません。
どうせオリジナルじゃないスクロールなのに本当か嘘かわからないイタリア製にこじつけていくのがこの業界です。後の時代につけられたスクロールがイタリア製だったらなんなんでしょうね?もう商売人の習性のレベルです。
近代のアントニアッジ作のスクロールがついたアマティのチェロがあります。下手なわけではありませんが自分のスタイルのものでいかにも新しくアマティの作風を研究していません。
私ならもっとアマティに近いものが作れるでしょう。しかし金銭的にはアマティほどでないにしてもスクロールだけでもアントニアッジ作なら相当な値段になることでしょう、単にこれはお金の話ですが。
ともかくオリジナリティが損なわれていることをとても残念に思います。
ペグボックスは大きく損傷を受けたか、チェロ型のもので演奏の邪魔になったのかもしれません。
胴体はコーナーから上と下を1㎝以上ずつ小さくしています。
大きすぎて弾きにくいから小さくしようという事でしょうか?
昔の持ち主が改造を依頼したなら持ち主の自由ですが、当然ながら楽器の価値も激減していることでしょう。
過去の修理をした職人が誰なのかはわかりませんが、クセが強くクオリティが低いものです。修理人は自分の癖を出さないようにするべきです。
構造的には面白みもあります、つまり全体を小さくするのではなく上と下だけ小さくするというのは小型のビオラで音を損なわないために理にかなっているかもしれません。G.B.グァダニーニのチェロなどは3/4~7/8くらいしかありませんが、そんな感じなっています。
ただし恰好は不格好です。今の音楽家は音にしか興味がないのでそんなのも良いのかもしれません。イタリアで王室や貴族のためにアマティのように美しい楽器を作っていた伝統などは音楽家にとってはどうもでも良いようです。
これは現実的な話です。
先日来たお客さんが話していました。
「ヴァイオリン職人はあれこれ言うけども、どこのだれがどう作ったかなんてどうでも良くて音が一番大事なんだ」と。
これがヨーロッパの最新の楽器の考え方です。
世界ではそうではなく、未だに値段が高い有名な作者の楽器を求めています。
ヨーロッパでこそ貴族時代の伝統が真っ先に失われています。楽器については下克上で、音が良ければ作ったのがどこの馬の骨でも構わないという超実力主義です。
私のブログの影響で日本でも多少は変わって来たでしょうか?
このような不格好に破壊されたビオラがプロの音楽家に愛用されているという事は複雑な心境です。元はいかにもオールドらしいものだったと思います。そのようなオールドらしさを愛好しているのは私くらいのものでしょう。
そんなビオラの修理を通じた雑多な感想です。
ちょうど自分でもビオラを作っていますから、感覚を養うのにちょうど良いタイミングです。
裏板は繊維の向きが通常とは違うという事もあって削るにはかなり硬いです。最終的には板目板なので板としては弾力があって柔らかくなるとは思います。野球のバットでも繊維の方向によって強度が違うのと同じことです。
そのせいかどうかもわかりませんが腰痛になって階段を上がるのも難しくなった日がありました。二日くらいで回復したのでまたビオラ作りを再開しています。