モクソンバイスができました | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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こんにちはガリッポです。



モクソンバイスを作ってきました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12959081527.html

モクソンバイスは英語でMoxon Viceと書きます。
モクソンバイスは二つのスクリューがついた万力です。長い間忘れられていたもので近年にアメリカの木工家によって復元され海外の木工マニアの間で話題になりました。その後専用の金属部品キットが発売されマニアの間で流行しました。

市販されているのはこういうものです。
https://benchcrafted.com/products/moxon?variant=42644167557296

日本では木工の伝統があるために誰もそのような話題に関心は無いでしょう。

ヴァイオリン職人がみなこのような話題に通じているかと言うとそうではなく、むしろ何も知りません。他に誰も知らないのですから私が自分で作るしかありません。

ここまでできたところで部品のハンドルが中国から届くのを待っていました。以前注文して届いたのは間違ったものでした。

正しいハンドルが来ました。
ハンドルの直径が63mmとかなり小型になっています。先ほどのリンクのモクソンバイスの部品では5インチ(127mm)あります。大きさによって回転速度や操作性に違いがあるでしょう。
ヴァイオリン製作用では扱う材料が小さいので精密機器を調整するような操作感で良いです。
大型化すると重くなり、強度も必要になり、金属部品も木材部品も重厚でさらに重くなって大げさなものになってしまいます。一般の木工用の道具はヴァイオリン製作には粗すぎるのです。ホームセンターに行っても買えるものはほとんどありません。


仕組みは極めて単純ですが、無駄がないほど優れた設計と言えるでしょう。
ベンチドッグを安定させるために穴の所は厚みを増しています。それと同時に集成材の板の補強となっています。
通常のモクソンバイスではネジのシャフトが手前に突き出る形になっています。モクソンバイス用に市販されているネジのキットはみなそうです。
作業や通行の邪魔になります、作業場で引っかかったりすると危険ですらあります、そこでシャフトが奥に収まる形にしました。

モクソンバイスの最大の特徴は普通の万力と違いテーパーのついたものを挟むことができることです。

しかしただネジを付けただけではこんなにはなりません。
そこで考えたのが…

楕円形の穴をあけて金属のパイプを埋め込んでいます。分かってしまえばとても簡単な方法ですが、考えるのには苦労しました。
ただ単に穴が大きいだけだと左右だけでなく上下にも傾きが出てしまいます。ベンチドックを使ってワークベンチとして使うのは向いていません。

海外の製作法を見ても単に穴を大きめにする方法とルーターで運動場のトラックのような横に長い穴をあける方法が出ていました。木材に穴をあけただけだとだんだん穴が大きくなってしまうでしょう。そこで金属のパイプを埋め込みました。ベアリングのようなものが最高ですが仕組みが複雑になりますし、精密に組むとおそらく機構として機能しないと思います。
これは昔のもので「遊び」があることでなんとなく成立するものです。

出来上がってみると縦方向にはぐらつきがなくテーパーを付けることができます。


苦労したのは平面出しです。ブナの集成材がこんなに狂っているとは思いませんでした。
普通DIYで木工をすればホームセンターで木材を買って組み立てて終わりでしょうけども、全く板が平らではありませんでした。
集成材は木目の向きが様々でブナはとても硬い木材なのでカンナをかけることはできないと思っていました。
しかしよく調整されたカンナがあればそれも可能でした。このような西洋のカンナは日本のカンナよりももともと硬い木材を削るために切削角度が高くなっています。これは45度です。
さらにチップブレーカーというものがあります。文明開化以降日本のカンナにも裏金として採用されました。不正の資金のことではありません。

改良型のチップブレーカーを刃先に近づけると潰しながら削るような感じで表面を仕上げることができました。すぐに切れ味が落ちてしまうので30分も使ったら刃がガタガタです。
硬い木で角度も高いのでとても力が要ります。日本の場合にはスギやヒノキのような柔らかい木を軽い力でスーッと削れるようにカンナは進化してきました。西洋のものは力任せですが、現代の集成材には合っているようです。一般の知識としては集成材にカンナがけは不可能と理解しておけばいいでしょう。木工職人の腕というのは手先の感覚だけでなく道具を理解することです。鉄製のカンナは重いものですが、できるだけ軽い古い時代のものを修理して使っています。写真のものも1950年代のものです。最新のハイエンド製品はメカニズムはしっかりして分厚く重厚に作られていますが実用的ではないと思います。


しかし問題は木材が新しいこともあって、平面出しをして翌日に見るともう平らではなくなっているのです。
何回かやり直してちょっと安定して来たでしょうか?何年かしてからやり直す必要がありそうです。

この携帯型ワークベンチでは木材を固定してカンナをかける台にすることができます。木材が初めから板になっていれば、カンナは一方向なのでストッパーさえあれば材料を固定する必要はありません。
しかしヴァイオリンに使う木材は製材されて板にはなっていません。不規則な形なので安定しないのです。特にスプルースで理想的な材料は製材所のノコギリで切ってあるものではなく割ってあるものです。繊維の向きに従って割れるからです。
木材は不規則に割れるため材料に無駄が多くなります。何倍もの材料の厚みが必要になります。
弓でも割ってある材料とのこぎりで切ってある材料ではグレードが違います。特に強度や弾力が重要な弓では高級品は割った材料を使っています。

板にカンナをかけるとき板がたわんでしまうと正確に加工できません。分厚い角材であれば理論通りカンナを調整すれば正確に加工できます。つまりカンナを端から端まで通すだけで自動的に平面になります。しかし板がたわんでしまうとそうはいきません。そのため重要なのです。
私のように調整されたカンナを持っている人も稀でしょうからその必要も多くの職人にはわからないわけです。家具などの一般的な木工ではその必要もありません。

一つ仕事の精度を上げると問題点がはっきりしてくるのです。私の融通が利かない所です。

カンナをかけた後は油を塗って仕上げました。こんなのは汚れても味になるので構わないのですが、亜麻仁油を塗っておけば汚れも染みになりにくいです。カンナが機能すればサンドペーパーも必要ありません。西洋の伝統的な木工技術ではスクレーパーで仕上げることもできます。

普通のDIY木工ならサンディングマシーンで行くところでしょうけども・・・。カンナで仕上げるときれいな上に面が真っ直ぐです。

もう一つの工夫点はストッパーをつけることで万力を開閉するときに手前の板が一緒についてくることです。

ストッパーの厚みがあると万力が締まらないのでくぼみに収まるようになっています。

一般的なモクソンバイスでは締め付ける時にはネジで抑えられますが、開ける時には板が一緒についてこないので手動で戻す必要があります。これは面倒です。
ただしストッパーに遊びが無いと万力のテーパーができません。

ストッパーはシャフトの終わりにもついているので最大限に開けると止まるようになっています。
とても簡単なことですけども部品の寸法が大事です。
このネジは一般的な規格ではないので市販のナットなどは使えません。

滑り止めとともにガタツキを抑える脚をどうするかなど細かい悩みは尽きません。

これでとりあえず出来上がりました。
遊びをどれくらい取るかも重要で調整は難しいです。

ストッパーの遊びが大きいほうが万力に大きなテーパーを付けられます。しかし万力を開閉するときに空回りしてすぐに板がついてきません。
少し多めにハンドルを回してから締め付けないといけませんが、ハンドルがスムーズなので全く負担に感じません。

二つのハンドルを両手で同時に回すのは生きて来てやったことのない運動なのでちょっと練習が必要です。左右のハンドルを逆に回す必要もありますが人間の体の仕組みなのかそっちの方がやりやすいです。

しかしスムーズに動いてくるくる回しているだけでも楽しいです。

最大の特徴はヴァイオリンやビオラの材料に最適化したサイズになっていることです。
ベンチドックも高さを微調整できるので板の厚さに合わせられます。

直径の小さなハンドルにしたことでこのような使い方もできます。

こんなに不規則な板では3点で固定できます。

縦方向にも固定ができますが、メイプルの縦方向にカンナをかけると杢が逆目になって割れてしまい普通は無理です。私のカンナは今回の集成材と同様、調整が普通ではないので縦にカンナをかけられ作業効率は段違いです。

本来のモクソンバイスの使い方はこんなことです。のこぎりで切り抜くときに使えるでしょうか?
ハンドルをできるだけ外側につけているのもこのためです。

最も気になるのはアーチや厚みを粗削りするときに使えるかどうかです。固定する方法はすでにあるので絶対に必要というわけではありませんが、しっかり固定できればより安全なので力いっぱい作業もできるものです。
下に不要な木枠を挟んで敷くとノミの柄がぶつからずに作業できそうです。
当然ヴァイオリンやビオラは上部の方が狭いですからテーパーがつけられるモクソンバイスならサイズの違う楽器でも融通が利くことでしょう。
この穴の位置を決めるのに悩みましたがばっちりです。

モクソンバイス自体は昔のもので、近代になって復元されたものですが、ヴァイオリン職人用に最適化したのは私のアイデアとなります。
こういうものがあったらいいなと長年思い続けて、木工用ワークベンチ部品を調べるも巨大すぎてしっくりこないものでした。
思いがけず中国製の3Dプリンター用の部品をアマゾンで見つけました。実際にはもう一つ太いものを専門ショップで買いました。

アイデアが頭に浮かんでそれを実際に形にしました。試作品などは作らずいきなり完成品を作ったので失敗は許されないものでした。
楽器を作るには木工家としてのスキルが必要です。音楽家とは全く違う興味関心ですが、これが面白くないと職人は3か月と続きません。

「名工」などを考えるには必要なことです。


実際に楽器作りに使ってみて答え合わせです。余計な機能を省いてもっとシンプルなもので仕事ができればそれでも良いですね。

私は楽しくてしょうがないですが木工の魅力が分かってもらえたでしょうか?

うっかり失敗したほうが記事としては面白いかもしれませんけどもそんな余裕はありません。しいて言えばネジが突き出ていない代わりにハンドルにノブがついていてそれが邪魔です。これは取り外すことができます。そのあたりも運用面でテストです。

新しく買った2本のベンチドックのバネがとても硬いので最初は苦労しました。そのうち馴染むことでしょう。
このベンチドッグは小型のため商品名ではベンチパピーと書いてあります。パピーは仔犬のことです。

左がワークベンチのもので右がペンチパピーです。