中級チェロ、ピラストロ弦、ヴァイオリン族以外の弦楽器など | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

以前、「中級チェロ」を完成させたことを書きました。その後さっそくその価格帯のチェロを探している学生が来て選ばれなかったという話をしました。
候補には、戦前のマルクノイキルヒェンの量産品、15年以上前に工場製の白木のチェロに私がニスを塗ったもの、今回私が仕上げたものの三つがありました。ケースが二つあったのでそのうち二つを選んで家に持ち帰って試してもらうことになりました。
私が一生懸命考えて仕事しても、3つの中で落選するというそんなものです。

結局、戦前の量産品が選ばれました。これは私が修理したもので、板の厚みの調整などフルレストアしたものです。
そういう意味では改造するなら素材が古い方が有利ということですね。

ドイツの量産品はアメリカではかなり高い値段がついているようです。こちらの倍くらいです。弦楽器以外なら中国や東欧製のものに対して「ドイツ製」なら値段が倍くらいするのは当たり前だからです。

弦楽器の業界は「ドイツの量産品」というのは安物として考えてきました。しかし中国製品が多くなった今では生産国名の価値は高まっているでしょう。

しかし、イタリアでもフランスでも同じことですが、楽器の品質は国名ではなく一つ一つの楽器を見ないといけません。本当にひどいドイツ製品を買うくらいなら、ルーマニアや中国製のほうが品質も音も良いものがあります。昔は手作業が多く量産品の質はとても粗いものでした。今は機械が進歩しているので量産品でも音響的に問題が無いものが作られています。
また戦前のマルクノイキルヒェンのチェロはストップの位置が1cm長いのが標準です。現在とは規格が違います。


戦前のドイツの量産品はかつてはバカにされていたものです。特にチェロでは貴重なものになってきています。ヴァイオリンでも上等なものを修理すれば新作楽器よりも各上の音になることは少なくありません。

私は20年やってきて、音については手作りでも量産品でもはっきり優劣はつかないと分かってきました。手作りでもパッとしないチェロは多いです。上等な量産品はとても魅力的だと思います。また作りきれていないものは修理で改造するベースとして優れているでしょう。

弦楽器は「ほど良く」できていれば、どんな方法で作ってもなぜかわからないけども、弦楽器らしい良い音になります。
作者がどれだけ思い入れを入れても、「たまたまよく鳴る楽器」にかなわないものです。
ほどよくできていれば古いものほど有利ということが言えます。しかし古くてほど良くできているものほど珍しくなります。300年前のものでとなるととんでもなく数が少なくなります。


生産国名やメーカー名ではなく楽器の品質と実際に弾いた音が重要だと思います。
品質が分かるようになるには職人の修行が必要です。


ピラストロ弦


チェロの話でついでもありますが、この前にピラストロ社に弦を発注していました。種類が多くて品切れを起こしやすいですが、弦も安くないので売れないものを無駄に買うわけにもいきません。職場全体で意見を出し合っていました。

ピラストロ社の新しいチェロ弦です。パッケージを見るとフレクソコアで古い製品のようですが、新しいバージョンのようです。フレクソコアは当時としては柔軟性のある素材のスチール弦で柔らかい音を実現したものでしょう。スチール弦特有の金属的な音を軽減する高級スチール弦というわけです。さらに同じ絵のパッケージで色が違う「パーマネント」というものが出ています。つまりフレクソコアのパーマネントバージョンです。

私が就職したころにはすでにパーマネントがヤーガーやスピルコア(トマスティク)のような古い世代のスチール弦にとってかわられていました。スピルコアのようなものは高音が耳障りなのでラーセンと共に使用することが流行しました。パーマネントは4弦のバランスが良いとセットで統一感が得られます。ソロイストというバージョンがあり今でもピラストロのチェロ弦ではスタンダードに考えて良いと思います。
そこからどちら側に行きたいかで、エヴァピラッチゴールドやパーペチュアルがあります。柔らかく開放的で豊かな響きのエヴァピラッチゴールド、締まって筋肉質のパーペチュアルというものです。どちらも最高級スチール弦です。

今度はフレクソコアの新バージョンで最高級弦よりも5~6000円くらい安いのでしょうか?新製品にしては安く抑えた方でしょうか。
音は試してないので分かりませんが、ピラストロから試用に配布されてきました。最近はオンラインの業者ばかりに安く弦を卸して来た弦メーカーですが新しい製品を広めるには専門店の力が必要です。試供品くらいは送ってくれるようになりました。


新製品が出てもなかなか認知されずに定番のものばかりが売れ続けるというものです。
うちではヴァイオリン弦ではオブリガートとヴィオリーノがよく売れます。これは補充が必要です。エヴァピラッチも在庫が減っていたので補充すると早速交換を希望するお客さんが来ていました。私は嫌いではないですが、好きじゃないという人が結構います。私としては自分の新作楽器が少しでも鳴ってほしいものですから未だに場合によっては使いたいものです。音量が増すという意味ではうまく機能すると思います。それ以降の新製品では楽器を選んだりして能書きほどは機能しないようです。

最近増えてきたのはエヴァピラッチ・ゴールドです。これもたしか10年前の製品ですが今頃になって認知されるようになってきました。実際に表面がざらざらしているわけではありませんが、弓に対してサンドペーパーのような引っ掛かりがあるように感じます。G線にはゴールドとシルバーの2種類があり、ゴールドはとても高価でお金なんていくらかかっても良いという人向けです。

チェロ用とは全く違う印象です。近頃のピラストロはチェロ弦のほうが先に出て良いものができます。ヴァイオリンバージョンは好き嫌いが分かれるようなものになっていて定番となるには難しいようです。

パーペチュアルのチェロ弦も使うことが多くなってきました。力強さが出るので音が弱いチェロには良いと思います。厄介なのはバージョンが多いことです。ピラストロ社のチャートによると一番新しい「エディション」というセットが最もスタンダードだと思われます。まずはエディションから始めるのが良いかもしれません。また、ソロイストは低音が強め、高音が柔らかめになっているのでこれも多くのチェロに求められているものだと思います。

ヴァイオリンやビオラでは知名度は低いままですが、ヴァイオリン用パーペチュアルの張力の低い「カデンツァ」というバージョンを私は高く評価しています。新作楽器など鳴りが弱いもの、柔らかすぎるものには良いと思います。


今回の新製品フレクソコア・デラックスはどうなのでしょうか?エヴァピラッチ・ゴールドやパーペチュアルが好みによって選ぶべきものなのに対してスタンダードなものになることを期待します。

日本では未だにラーセン+スピルコアを使っていると聞きます。スピルコアに慣れているとピラストロの弦はみなおとなしく感じるでしょう。
スピルコアの代わりを目指したのはパーペチュアルのカデンツァでしょう。


フレクソコアはコントラバスでは有名ですが、ヴァイオリン用もあります。スチール弦では最も上等なものです。しかし新しいバージョンは無く進歩が止まっています。スチール弦を使う時はアジャスターを使うと調弦がやりやすいと思います。4弦使う場合にはアジャスターが埋め込まれたテールピースを使う方が良いでしょう。

ビオラにはパーマネントがあります。うちではビオラにスチール弦を張る人は多くなく、オブリガートのほうが定番です。もう少し安いヴィオリーノに相当するものがあれば良いのですが、ヴィオリーノにヴィオラ用はありません。ビオラ用ならヴィオリーノではなくヴィオラになるでしょうから。



謎の楽器

弦楽器職人と言うと何でも一緒くたにして思われることもあるわけです。ギターが壊れたからと持ち込まれてもギターは専門の職人がいて私は専門外です。

木工の技術はありますから、外れたものをくっつけたり、塗装を直したりできますが、一つはギターとヴィオリン族の楽器では修理代にかかる費用の常識が違いすぎます。我々がやるクオリティだと修理代がビックリするほど高くなります。それほど安くギターは作られているものがあります。高級ギターでもチェロに比べたら安いものです。

ギターの修理する人が少ないのはおそらく使い捨てになっているからでしょう。
まともに修理していたらギターよりも高くなってしまいます。

修理の値段はともかく、壊れた箇所を元通りにすることはできるでしょう。しかしそれが演奏や音響上正しい状態なのかが分かりません。

それが専門外ということです。
自分で作ったことがあると理解度はまったく違います。作ったことがないなら専門家として無責任なものです。自分で作れないのは「評論家」です。評論家は誰でもなれます。


このため、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ以外の楽器はよくわかりません。逆に言うとそれらの楽器については細かく高い次元で知っているということです。コントラバスもまだちょっとは分かります。でもコントラバスはコントラバスの製造者の方が「アバウト」です。よくわからないまま適当にやるのがコントラバス製造の流儀です。凝ってしまうとできないのです。

職人も人によっては他の楽器製造の経験のある人もいます。昔は違う楽器製造も兼任していたこともあります。南ドイツの楽器のラベルには「リュートとヴァイオリン製造者」と書いてありますし、近代でもギターや民族楽器を作っていた人もいます。


今回修理するのはこんな楽器です。

これは何という楽器でしょうか?
脚に挟んで引くものはヴィオラオ・ダ・ガンバで上半身で弾くのがヴィオラ・ダ・ブラッチョだとすればヴィオラ・ダ・ブラッチョでしょうね。
しかしペグが四つしかありませんから4弦しかはることができません。そうなると形が違うけどもビオラということになります。
胴体は43cmあってビオラよりもデカいです。横幅もあるし、横板の高さもあります。コントラバスのミニチュアみたいです。

こんな楽器も修理しろと言われると冷や汗ものです。訳が分からなからです。

駒も市販のものではどれなのかわかりません。デスピオのものでは高さが足りず使えませんでした。チェロ風のものがあったのでそれにしました。そもそもその駒は何の楽器用のものなのかもわかりません。古い会社なので長年使われていないものがありました。

この楽器はうちの初代の職人が作ったもので長年使われずに放置されていたようです。小さなあご当てと自作した肩当(クッション?)がついていました。楽器自体に高さがあるので首に収まらないです。

これをどこかで見つけて、ラベルにはうちの会社の名前がついていますから修理してくれというわけです。しかし今の職人の私には全く分からない楽器です。

嫌になって遊んでみました。

仕事しないといけません。

テールピースは無くなっていたので自作します。このようなよくわからない楽器のテールピースなどは売っていません。同時にヴィオラ・ダ・ガンバと思われる楽器もありそれ用も作ります。このようなものもいつもの仕事と全く違うのは決まった寸法が無いのです。

ヴァイオリン職人の修行を始めたときはいつも寸法が決まっていてそれに対して正確に加工できるかが求められました。
それに対してこのような楽器では決まった寸法が無いため全く違います。
正解が何なのか分からず、「これくらいだろう」と自分で寸法を決めないといけません。寸法は決めてから加工するのですが、それから狂ったところで不正解なのかもわかりません。

脚に挟んで弾く方は、チェロにすると1/2と3/4の間くらいです。6弦あるとこういう楽器は指板や駒、テールピースが太目に作られます。しかしこれは4弦しかないのでチェロの1/2と3/4の間にすれば良いはずです。しかし見た目のイメージとしてヴィオール族はもっと太い感じなので4/4の横幅で長さを3/4よりもちょっと短くしてみました。「こんなもんか」という感じです。

ビオラの方は大型のビオラ用と同じくらいの長さで幅を広めにしてみました。結局正解かどうかもわかりません。

それにしてもきれいに作りすぎです。まともに計算したら5万円くらいになります。規格外の楽器は高いものです。二つで10万円です。いかに効率化されているかということです。


弦楽器以外で物を作る場合はこういうことが普通なのでしょうけども、ヴァイオリン職人の世界では事細かく寸法が決まっています。これがプロとして勉強した人の作るものです。それで素人が作ったものとは区別できます。
パフリングがエッジからどれくらいの距離に埋め込まれているかで流派が分かるくらいですから。


このような楽器は弦をどうするかも問題です。当然持ち主の人が考えることです。
古楽器のように裸のガット弦を張るならメーカーに特注で作ってもらわないといけません。
何かで代用するならビオラ用の弦が考えられます。ドミナントならナイロン弦で大型ビオラ用もあって長さが足りるかもしれません。

脚で挟む方は、3/4用の弦を使えば良いのですが、スチールよりガットに近いということではドミナントのナイロン弦があります。

逆に言うとヴィオラ・ダ・ガンバを始めたいなら最初は3/4のチェロにドミナントを張って始めるのはどうでしょうか?

そもそも調弦をどうするかで、ビオラやチェロと同じなら形が違うだけでビオラやチェロと同じ楽器になってしまいます。よくわからないです。



変わった楽器を作りたがる人もいます。私は一つのものを極めたいと思うので他の楽器や弓を作りたいとは思いません。それは簡単なことだと考えていないからです。

逆にすぐに自分は極めたと思って飽きてしまう人が変わった楽器に興味を持ちます。

自分で作っていないものに対しては目ができていないので見ても全く分かりません。それについて意見は言いません。それが専門家だと思います。作っている人が見ているものと、眺めているだけの人が見ているものは全く違うからです。

もしヴァイオリンやチェロ、ビオラをやり尽くしたとしたと自分で考えるようになったら他のものを作るかもしれませんが、とてもその域には達しそうにありません。