中級品のチェロを仕上げます その1 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

パーペチュアル・カデンツァのヴァイオリン弦ですが、その後も別の人が試しました。
以前のチタンのテールガットに比べてカーボン系のテールガットに交換すると、音にはずっと力強さを感じるようになりました。それはカーボンが鋭い音を持っていて音の鋭さが強さに感じられたようです。音を強くしたいのであればカーボンのテールガットが良いということが言えます。柔らかくしたいならプラスチックのものが良いでしょう。チタンは明るい音がします。

私の作った楽器は現代の楽器では珍しく柔らかいきれいな音がしますが、モダン楽器のような強さはありません。
パーペチュアル・カデンツァならモダン楽器のような感じも出てきました。当然好みの問題で、柔らかい音が好きなのでという人には必要ありませんが、強さも欲しいという人には選択肢ができたと思います。音が柔らかすぎるとか、新作で寝ぼけたような音の楽器には良いかもしれません。

弦楽器というのは、音の鋭さを「音が強い」とも「耳障り」ともどちらでも評価することができます。したがって好みの問題になります。値段が高い楽器では「力強い」と評価して安い楽器では「耳障り」と評価するのはえこひいきです。同じ傾向の音です。

楽器を買う時に音の強さを求めて鋭い音のものを買うと後で耳障りだと嫌になることがよくあります。特に気になるのはE線でこれをごまかすような調整の依頼は多いです。試奏して良く鳴ると思って買った楽器ではよくあります。
あくまでごまかしているだけですからちょっとしたことでまた鋭さが出て常に調整を繰り返すというものです。柔らかい音のE線の開発に依存することになります。

一方で柔らかい高音の楽器では全体が弱い感じがします。これは構造的なものです。技術というのはそういう関係になるものです。ヴァイオリンは魔法で作られているわけではありません。

それに対してこのパーペチュアル・カデンツァには面白い可能性を感じました。あまり浸透はしないと思いますが、個人的には気になる製品です。柔らかい音の楽器にG,D,A線を張れば強さを感じることができるとともにE線は柔らかいままです。
選択の幅ができることが私にはうれしいです。






今はチェロの仕事が続きます。
チェロの問題点は値段が高いことです。量産品でもちょっとまともなものは軽く50万円は超えます。
それ以上のものとなるとハンドメイドのものですが、まじめに作ったら値段がいくらになるかわかりません。300~400万円は当たり前です。それでも他に仕事があれば喜んで作らないかもしれません。
さらに難しいのは作ったら必ず音が良いかと言うとそうでもない所です。あくまで好き嫌いの範疇にしかなりません。

60~70万円くらいのものでは満足せず90~100万円くらい出したらその分音が良いかと言えば別にそんなこともありません。30万円余分に出したことが音の良さに直結しません。
お客さんにはチェロ教師の方もたくさんいますが、我々の値段の設定に納得しない人もいるでしょう。我々は音で値段を決めているわけではないからです。新品なら製品の製造にかかっているコストを値段に反映させます。

量産品よりももうちょっと良いものが欲しいとなったとき300万円400万円では急に値段が上がりすぎます。求められているのは150~200万円くらいのゾーンです。主流なのは古い量産品で修理代に100万円くらいはかかるものです。

それに対してできることは工場で途中まで作られたものを改造することです。量産品は安く作るために隅々まできちっと作りきっていないのでそれを直してあげることでワンランク上の音を目指そうというものです。
これまでもたびたびやっています。

一方でとても雑に作られたハンドメイドの楽器も安くあります。このような中途半端なものは音が量産品以下ということがあり得ます。「ハンドメイド」という聞こえの良さだけです。実際はただの粗悪品です。粗悪品でなくても芳しくないものがあります。作者や流派でチェロのノウハウが分かっていないということもありますし、好みに合わないということもあるでしょう。作者自身も不本意な音になることもありえます。手作りなのに音がイマイチの残念なハンドメイドの楽器はよくあります。それならたくさん作られた量産品の中から音が良いものを探した方が良いかもしれません。

量産品は一般にスチューデント楽器と呼ばれハンドメイドの高級品はマスター楽器と言われます。
ヴァイオリンの場合には量産品の上級品とハンドメイドの安上がりなものは「オーケストラヴァイオリン」という言われ方をします。
このクラスのものをチェロでも目指そうというわけです。

去年からコロナでヨーロッパではロックダウンなどが行われルーマニアの製造業者たちが困っていた時がありました。情けのようなところもあっていつもとは違う業者のものを購入しました。
いつもは多く完成品を購入している業者のもので、こちらが注文すればそれに合わせて作ってくれたりもしました。
音もわかっているのでどんな改造するかもイメージしやすいのですが、今回は全くどんな音なのかわかりません。

見た目もいつもの業者はストラディバリやモンタニアーナなど決まったモデルがありますが、今回のものはなんだかわかりません。ストラディバリ的な普通のモデルでf字孔はモンタニアーナのようなものです。したがって仕上げるにしても何かの特定のモデルというよりは、モダンや現代の作者が自分のオリジナルのモデルで作ったような感じに仕上げようと思います。
見た目にはハンドメイドの楽器に近いものが無いと、手間をかけて改造するのに見合った価値がありません。見た目が量産楽器と同じなら量産楽器と同じ価値になります。

手作りに近いものにはしていきたいと思います。そうでないとワンランク上の製品になりません。音だけならもしかしたら完成品を買ってきて表板を開けて改造しても良いかもしれません。それで90~100万円程度というわけです。ただし見た目は60~70万円のものと同じです。それも提案はしたいと考えています。ハイエンド弦を張りウィットナーのプラスチックのテールピースではなく黒檀のものを使ったら100万円の値段を付けても納得できるのでしょうか?少なくとも中古品として売りに出すと60~70万円の価値の楽器になってしまいます。改造したことは他社にはわからないからです。

今回は見た目も音もワンランク上を目指します。

アーチは機械によって作られています。すでに内側がくりぬいてあるのでアーチのふくらみの形を変えるほど削ることはできません。削りすぎると板が薄くなりすぎるからです。できるのは表面のゆがみや凹凸をならすだけです。それでもハンドメイドのような「高品質感」が出ます。これは前回話した通りの内容です。


だいぶきれいな感じにはなったと思います。さほど造形センスがない職人の高品質な楽器くらいにはなったでしょう。

立体造形的には見事と言えるものではありません。アーチは真っ平らというよりはちょっと高さがあるようです。

肝心なのは音なのですが、全く見当もつきません。むしろ形はあまり変えずに表面をならすだけにとどめてこの業者の音を知りたいと思います。エッジ周辺をもっとえぐり取ったりすることもできますが音や弓への手ごたえが柔らかくなりすぎる恐れもあります。
今回は全体的に板を薄くするのではなくてエッジ付近は薄くなりすぎないようにしようと思います。エッジ付近を薄くとると板の柔軟性は相当増して柔らかい構造になります。楽器のキャパシティとしては大きくなりますが、普通このクラスの楽器を買う人にとってはスケールが大きすぎることが考えられます。試奏で楽器を選ぶと離れて聞いている方は空間に豊かに響くことが分かりますが、弾いている本人は地味な印象を受けます。

あくまで予想ですから、実際にやってみましょう。同様のことはヴァイオリンでは良いことがありませんでした。ビオラでは効果がありました。それを受けて今回はチェロでもやってみようというわけです。とはいえもともとのものよりも厚くすることはできません。ここは手を付けないというだけです。


裏板は厚めでした。外側をならすので薄くなっためそんなに削る所は多くありません。しかし随所に削り残しがありました。チェロの場合には面積が広いのでこのようにゾーンに分けて厚みをチェックしていきました。チェスのようなゲームをやっているわけではありません。量産品はここまで厳密に品質チェックはしていないでしょう。

表板はすでに厚みがそれほどなかったので最小限にしか作業はできません。

本当に表面をきれいに仕上げるだけです。それでも難しい作業ですから見違えるようになるはずです。
f字孔も丸の部分が歪んでいたので直しました。あまりやりすぎると太すぎるf字孔になってしまいます。これは幸い細めです。ストラディバリ的なモデルに似つかわしくない形ですけども、「個性的」と解釈しましょう。
個人の職人でもストラディバリをちゃんと理解していない人は多いものです。それを「マネでは無く個性だ」とウンチク言えばそんなように聞こえてしまいます。

演奏者は音にしか興味ないのでこのような作業に意味があるのか疑念もあります。しかし超高品質とまではいかなくても、そこそこ高品質感は出せるでしょう。「高品質」は才能では無く努力でできるものです。がんばります。

より実用的に考えるなら中古の量産品です。新品よりも音が強くなっていることが多いです。10年以上前に同様に白木のチェロを買ってニスを塗ったものも戻ってきて売りに出されています。かなり才能のある子が弾いていてさらに良いチェロにステップアップしました。
この時はただニスを塗っただけで改造はしていませんでした。ニスだけでもラッカーやアクリルの人工ニスに比べて音に違いがあります。才能がある子に引き込まれたチェロは良く鳴るようになっています。このためチェロの作りなどはさほど重要ではないのです。しかし新品は難しいです。半年かかって作っても「いまいち」と言われて売れなければ仕事が無駄になります。

しかしながら改造のノウハウもこの10年以上の間でどれくらい分かって来たかも試されるでしょう。それをさらに十年弾き込めばもっと良くなる可能性はあります。