コロナの下で作ってきたヴァイオリンも完成 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

たまにはくだらない話もしましょう。
どうも日本ではペヤングの焼きそばにものすごい大盛があるらしいということを聞きつけて無性に食べたくなりました。
ペヤングはこちらでは売っていなくて、日清のインスタントの袋入りの物はあるのでそれを6袋買ってきました。
しかし、いざ作る段階になると急に怖気づいて2袋分にしました。
多めのお湯でキャベツとともに茹でて湯切りするというカップ焼きそば的な作り方にしました。

結果的にはそれで正解でかなり満腹でした。
でも粉末のソースがくどすぎたので、次は麺を2袋分に対してソースを一袋分にしたらちょうど良かったです。

薄味に慣れているのでしょうか?
普段焼きそばは中国の乾麺で作ります。
アルデンテで茹でるとベチャベチャにならなくてまずまずのものができますが、日本のソースは貴重品でちょっとしか入れないからかもしれません。
焼きそばはこちらでも街角でテイクアウトで売っています。東南アジア系の人がやっていることが多いですが、出身国によってなのか味が多少違います。麺自体は私が買っているのと同じ乾麺を使っているようです。
今は難しいですが、ヨーロッパに旅行したときは焼きそばは日本風でありませんがそんなにはずれが無く食べられると思います。


前回は明るい音のの話をしましたが、この前もチェロを弾く方が調整に来ていました。問題は解決したようですが、自分のチェロとは別に暖かみのある音のものが欲しいと言って店にあるものを試奏していました。
うちで一番暗い音のものはイギリスのモダンチェロで、それを試しに弾くとかなり気に入ったようでした。
私が大掛かりな修理をしたのでそれが低音がとても強いバランスのものだとよく知っています。
値段を言うと黙ってしまったので、ザクセンの量産チェロを私が改造して低音が出るようにしたものを薦めると、あまり自分のものと変わらないとのことでした。
それでも暗い方ですが十分ではなかったようです。

暗い音の方が珍しいのです。


一方でこちらでは上級者ほど古い楽器を使っている人が多いです。
こんな事がありました。
ビオラは古い楽器が少なくサイズの合ったものとなると非常に難しいです。
演奏者自体も少ないのでカルテットに誘われると自分だけ新しい楽器で色も明るいオレンジ色なら音色も明るいものです。それで一人だけ浮いてしまったそうです。今は私が作ったビオラを使っています。

オーケストラでも同様でしょう。名門オケほどみな古い楽器を持っています。
ドイツのオーケストラなどはピッチが445Hzなどと高いから明るい音がするなんて机上の空論を言う人がいますが、持っている楽器が古い物ばかりで音色は日本のオケよりずっと暗いと弦メーカーも各国のオーケストラの音色をそのように分析しています。
バロック楽団みたいに418Hzとかならまだしも音色の明るさは楽器の板が持っている音響特性によって決まっています。

逆に日本ならイタリアの新作やモダン楽器ばかりでオールド楽器が浮いてしまうでしょう。いやこの場合は浮くというよりも沈んでしまうのかもしれません。



ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリン


3~4月にコロナでロックダウンとなり暇ができたのでヴァイオリンを作ってきました。本来ならいつも作っておくべきです。少し余裕ができたという程度です。


マントバのピエトロ・グァルネリのモデルです。

ニスはこのような感じになりました。

いつもながら私独特のものです。今回はアンティーク塗装にしてありますが、古い楽器と見間違えるようにするのではなくオールド楽器の作風を研究した21世紀の楽器として作っています。
深い研究によって普通の新作楽器とはかなり違うものに仕上がっています。作者オリジナルとして作られている現代の楽器よりもはるかに個性的なのです。オールド楽器を研究して精通している考古学者のような作者という個性です。

大いに悩むところは付属品の選択です。
どちらもドイツのオットー・テンペルのペグです。
二つの違いは見ての通り材質で、上はツゲ、下は黒檀です。
値段はツゲは黒檀のリングがついているのでその分高くなります。シンプルな物ならツゲも黒檀も値段はほとんど変わりません。黒檀は希少になって来ているのでいずれ値段は黒檀のほうが高くなるでしょう。
最近はローズウッドは入手が難しくなりました。代替の材料が模索されている段階でこれというのが業界で定まっていません。このためあご当てを好きな形のものを選んだりできない可能性があり、今回は見送りです。ローズウッド自体は柔らかく冴えない音のように思います。

本当に好みの問題としか言いようがありません。

スターヴァイオリニストが使っているストラディバリやデルジェスにはツゲのものが使われていることが多いでしょう。
そういう事で言えばオールドの名器では定番はツゲです。
そんなこともあって楽器を良く見せたいときにはツゲを使うことが多いでしょう。新作楽器でも自作のものにツゲを付ける職人は多いと思います。オレンジの明るい色の楽器にツゲは浮いて見えますが、アンティーク塗装が自然に古くできていればツゲもしっくりきます。
楽器を良く見せたいという発想は商人のものです。

それに対して職人は大概黒檀のほうが優れていると言うでしょう。ツゲも硬さのある材質ですが、黒檀のほうがさらに硬く密度が高いので材質としてしっかり感があります。
黒檀という材料はもちろん高級木材で耐久性にも優れペグやテールピースの材料としては最適なものです。その結果あまりも多くの楽器で使用されているために見慣れてしまっているのです。
それで明るい茶色のツゲのほうが高級っぽく見えるのです。

しかしさっきも言ったように新作楽器にツゲを付ける職人も多いし、何なら中国製の安い楽器にもツゲがつけられているものもたくさんあります。
安い楽器を立派に見せようといういやらしい部分が出ています。

特に私がツゲに問題を感じるのは、日本の方に使ってもらっているヴァイオリンでは1年後にメンテナンスをしたら、ツゲのペグが曲がってしまいうまく回転しなくなっていました。ほんのわずかですから削りなおせばまた問題なく使えます。ほんのわずかでも回転軸がゆがむとうまく回転しなくなります。
もう一つは音の面です。
ペグはあまり関係ないですが、テールピースは音に影響があるでしょう。ツゲのものは明るくて軽い音がします。ちょっと頼りない音です。本当のオールド楽器でそれ以上に濃いしっかりした音のものなら問題ありませんが新作では少しでも不利になるのは避けたいものです。
更に機能面です。
ツゲのペグは摩擦抵抗が大きいのかカクカクとした動きになりやすいです。
たいてい新品の時は硬くなってしまい動き始めはカクッとします。
それも慣れてしまえば使えないことは無いわけで問題なく使っている人もいくらでもいます。

悩むところですが、職人としてどちらを薦めるかと聞かれれば黒檀でしょう。
形はヒルハートモデルというものでツゲのものと同じですが真っ黒なのです。シックでこれはこれで格好良いと思いませんか?

オールドの名器でもコレクションになっているようなものは無頓着で適当なものがついていることが多いです。ストラディバリくらいになるとツゲのものに交換してありますが、アマティやピエトロ・グァルネリくらいだと適当だったりします。私のイメージも必ずツゲという感じでもありません。楽器商によって売りに出されているものはツゲに交換してありますが…。

そういう意味でも黒檀のほうが玄人好みという感じがします。


むずかしく考えずにせっかくオールド風に作っているのだから「オールドの名器=ツゲ」とシンプルに考えるほうが良いかもしれません。

私はどちらでも良いと言うと師匠の「黒檀!」の一声で決定しました。

黒檀のテールピースが付くとこんな感じです。
元々ピエトロ・グァルネリというだけでもかなりマニアックです。私にとっては超有名ですが、普通の人はグァルネリが5人いることも知らないし、マニアでもどれがどのグァルネリなのか見分けがつかないでしょう。
黒檀のほうがよりマニアックな感じがします。

ペグは調弦してみると黒檀で正解だったようです。新しい楽器のペグは軸が細いので回転に対して巻き取る速度が遅く音の上がり下がりがとてもゆっくりです。黒檀では微妙な調弦がさらにやりやすいです。


弦にはピラストロのオブリガートを選びました。うちでは最も人気の高級弦だからです。弦によって楽器の性能以上のものを出そうとするのは私は無理があると思います。
最新の製品は楽器や人によって当たり外れが大きいようです。
E線はピラストロのNo.1を付けています。一般には高音が鋭い音の楽器が多いので柔らかい音のNo.1がマッチする楽器が多いのです。私のヴァイオリンの場合には柔らかい音なのでもっと強い張力のE線でも大丈夫です。今後様子を見る必要があります。

弦は張ったばかりなのでもう少し落ち着いてから微調整が必要です。気になる音については次回です。

この楽器は現代の人が誰も作らないようなこんもりとすごく高いアーチなのが特徴です。

この前からヴァイオリン職人には音を作り分ける技術が無いという事を言ってきました。
それは具体的に、アーチの高さについて言えば、アーチは平らなほど音量があると教わります。音が小さな楽器などは誰も欲しがりませんから高いアーチの楽器は作ってはいけないと教わります。

このため誰も高いアーチの楽器を作りません。それで実際にどんな音がするかは誰も知らないというわけです。

ヴァイオリン職人はこんなレベルです。
どんな音になったかは次回報告します。

他の職業がどうなのかは知りません。
しかしまじめで常識のある人なら、作ってはいけないと教わったものは作らないでしょう。皆さんは自分の職業でやってはいけないと教わったことをやっていますか?

でもそれをやらないと、本当にどんな音になるかはわからないです。
師匠も先輩もイメージを言うだけでした。私はそのイメージは漠然として具体性が無く間違っている部分があることが分かりました。
私なら後輩にずっと確かなことを教えることができます。

職人は他の職業に比べても偉い師匠に0.1㎜単位で教わることで、自分は確かなことを知っているという安心感が得やすい職業です。素人が手探りで仕事をしている感じではないのです。もっと正解が分からない職業のほうが多いでしょう。
だからゆえに師匠の教えを経典にしがちなのです。
その師匠もまたその師匠に教わったことを信じているだけです。何世代も重ねると絶対的に正しいことのように思えてきます。

工房内では絶対的な存在の師匠も、お客さんの希望をかなえられないようでは工房内の王様というだけです。お客さんには「師匠が言っていたから」なんて言い訳は通用しません。

でもまったくの独学ではそのレベルにさえ到達できないでしょう。子供の描く絵が似ているように素人の発想は同じようなものなので似たようなものになります。
単に不真面目で師匠の言いつけを守らないずるい人の考えることもそっくりです。よくある手抜き楽器になるだけです。


ともかく楽器をイメージで語ったり、実際よりも良く見せたり、実力より良い音に見せかけたりはしません。商売人ではないからです。
本当に気に入った人に使ってほしいものです。