ビオラの製作 木材の選択と音について | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちは、ガリッポです。

まずは予定から。
例年私は年末年始に休暇を取って日本に帰っています。
4月下旬までにビオラを作らなくてはいけないので休暇が取れるかどうか微妙なところでしたが、目途が立ちそうです。
ちょっと短めになるかもしれないので特に募集するようなことや大掛かりな修理はできません。販売できるものもありません。
以前からお話をしていた方、特別な御用の方を中心に訪問はできると思います。
さらに次の時にはビオラを試してもらいたいと思います。



ビオラについては勤め先のお店ではお客さんが少ない楽器でした。うちはチェロが多いです。それに対して最近急にビオラを求める人が多くなりました。
今も同僚が新品の工場製のビオラをせっせと弾けるようにセッティングしています。私もビオラを作っていますから、工房内はビオラ一色です。

理由はわかりませんが、ビオラブームが来ているのでしょうか?

楽器を作る方として面白いのはヴァイオリンほど何もかもが決まっておらず、作り手の創作の余地が残されてる点です。一方決まっていないということはどう作って良いかわからず悩むことも多い楽器です。人によって大きさが違うので在庫をそろえるのも大変です。

バイオリンというのがビオラの小さなものという意味のイタリア語ヴィオリーノから来ているとすれば、ビオラこそが基本の楽器と言えるでしょう。

作っていて感じるのは、ヴァイオリンのように細かい作業で神経をすり減らせるものではなく、チェロのように膨大な作業に気が遠くなるようなこともありません。自然体で作れる楽器だと思います。




今回はアマティのモデルで作りますが、何か特定のビオラそっくりに作ることはできません。ビオラは作られた量も資料も少ないのでお手本にする楽器を自由に選ぶことができないからです。そこで「アマティが作りそうなビオラ」ということになって、私が想像する部分がかなり入ってきます。恐竜の化石ほどではありませんが、断片的な知識を組み合わせて想像するのです。このような作業はアマティについて理解するのにとても役に立ちます。またそのようにして作風を身に着けていくと自分もアマティ派の一員になるようなものです。

これはビオラに限らず古い楽器のコピーを作るときは、都合の悪い点もいくつかあって全くその通りに作ると使い勝手や見た目などに問題が生じることが有ります。古い楽器なら希少なため多少の不具合は我慢して使うことになりますが、新品で使いにくい楽器はよろしくありません。そのため現代の弦楽器製作の知識がまず必要になるわけです。演奏者と常に接していることも重要です。

今回は小型のビオラを作ることになりました。この時点でクレモナのオールド楽器では適当なモデルを探すのは困難です。サイズを変えるような変更が必要です。
大型のものを縮小コピーすれば良いかというとペグボックスの形状に問題が出ます。大型のものには「チェロタイプ」のペグボックスがついていることが多くあります。チェロのものは指板に比べてペグボックスの幅がずっと広くなっています。普段ヴァイオリンも弾くという人では特に違和感があるでしょう。これについてはいろいろなアイデアが考えられ弾けないことはありません。しかしヴァイオリンと同じタイプのものにはかないません。
45cmもある大型のビオラでは各部の比率もおかしくなります。大きすぎて使えないので博物館などに所蔵されることも多く資料として出版されてたりしますがコピーを作っても誰も弾けません。これらの大型のものはテノールビオラと呼ばれています。

それも含めてコピーのもととなるものを見つけるのはとても困難です。コピーではなくて通常の新作であればペグボックスを変更しても何も問題ありません。オリジナルへの忠実度は問題にならないからです。
実際にはヴァイオリンを拡大したようなものも多く作られています。

このようにコピーを作るということは「猿まね」と揶揄されるような単純なことではありません。むしろノウハウが必要で単に何か古いものとまったく同じものを作ったから良いというわけではありません。自分が作りたいとイメージするものに合ったモデルを探すところから始まるのです。古いもので完全ではない所は想像で補う必要もあります。
近代のようにモデルも作風も寸法も決まっているほうが何も考えなくてもいいです。作風の幅が狭くみな同じような物になります。

私はこれまでアマティのモデルで作ってきました。何かもっといいものは無いかといつも探しているのですが見つかりません。しかし音響面でも実績があるためどんな音になるか想像しやすいです。いつものようなものができれば十分魅力的でしょう。


まずは木材のチョイスです。
当然音の良い材料というのが求められるわけですが、見た目ではわかりません。
よく耳を近づけてコンコンと叩いたりする人もいますが音は材料の大きさによって変わるのでよくわかりません。ヤマハなどでは同じ大きさに切りそろえて測定器で音響特性を測って規格に通ったものだけを使用しているそうです。
大メーカーなので型番で同じ音のものが求められるということですから、私のように毎回違うものを作る場合とは意味が違います。それでも同じ音のものを作るのは困難でしょう。

少なくとも楽器を買うときに木目を見てどれが音が良いか言い当てるのは不可能でしょう。楽器用の木材を販売するときに、上等なものと下等なものに価格の差をつけます。そのため高級な木材と低級な木材があるわけです。
量産品であれば、少しでもコストを安くしたいため安価な製品にはランクの低い材料が使われます。材料を見れば楽器のランクが分かるわけです。

しかしながらオールド楽器にはランクの低い材料で作られたものが結構あります。それらもとんでもなく高価なもので音が悪いということもありません。木材のランクで音が決まるのではなくあくまで見た目の問題です。量産品では材料が安価なだけでなく品質も粗いことが多いです。精巧であるほど音が良いということではありませんが安価なものはあまりにもひどいということです。



ある種の木材ばかりを使った作者ならそれがその人のキャラクターです。オールド楽器らしさという視点では低いランクのものをわざと選ぶこともあります。

一方平凡な材料でも古くなると色が黒ずんできて杢と呼ばれる縞模様も深く見えます。さらに上等な材料で作られたオールド楽器の美しさは最高です。それを見るとやはり上等な木材で作っておくのが良いなと考えます。今回はそのような材料を使います。

ボスニア産のもので20年以上前のものです。単純に材料として上級品なのは横の縞だけではなく縦の木目が細かいものです。ストラディバリなどでは間違いなく目の細かい積んだものが使われています。
縞模様も均一で太いものがいかにも上等なものですが、今回はアマティらしさということもあってやや細めのもので不規則な感じのあるものにしました。その方が雰囲気が出るでしょう。


普通弦楽器やギターではブックマッチと言って木目の左右を対象にします。
アマティの場合にはブックマッチではなく写真のように左右の板を合わされたものがよくあります。もちろんブックマッチもあります。
アマティらしさという点ではこのような合わせ方でしょう。
私が個人的に好きなのは一枚の板と同様にアーチの立体感が見やすいことです。ブックマッチにすると目の錯覚でわかりにくいのです。



表板はヴァイオリンに比べるとやや年輪の幅の広いものがあっていると普通は考えます。現実的には、ヴァイオリン用としてはちょっと荒いなと思うようなものをビオラで消費するわけです。あまり荒いとパフリングやf字孔、コーナーや輪郭を加工するときに苦労するので今回はキメの細かい物を選びました。

画像が実物大でないと伝わらないものです。縦の線は年輪を縦に切ったものです。間隔は成長の度合いによって変わります。
アマティでイメージするのはあまり均一ではなく年輪の間隔が広い所と狭いところがばらついているものです。ストラディバリでは中央が細かく外側が広くなっているのが典型的です。実際にはストラディバリなどはかなり低級な表板を使っていたり、アマティでも中央が細かいものを使っていたりします。この木はアマティらしくばらつきがあり特にエッジ付近が細かくなっているので加工もしやすいです。
もう少し荒い木目のものもありましたがそれは大型のビオラのために取っておきましょう。
色が違って見えるのはカンナで多く削った部分は木の中の白い色が出ているからです。完成には影響しません。

アマティがどんな材料を使ったかについてははっきりした特徴は言えません。特に基準や好みがあって選んでいたのではないようです。無頓着でランダムです。
ただストラディバリのような他の作者の特徴あるものを選ぶとストラディバリっぽいという印象を受けるので避けたほうが無難です。ばらつきがあるものを好んだのではなく選別をしなかった結果ばらつきのあるものを使うことがあったということでしょう。
裏板についても決まったタイプはありません。


「材料で音が決まる」という発想は食材などのイメージがあるかもしれません。弦楽器に使う材料はそもそも建材などに使うものに比べてはるかに上等なものです。木材自体はヨーロッパ中に生えているものですが、弦楽器に使われるのは標高の高いところで育ったものです。成長が遅く密度が高いものです。
そのため弦楽器の中で見た目が悪くてもすでに木材としては上等な部類に入ります。ホームセンターには売っていません。
弓になるとはるかに材質が占める割合は大きくなります。材料もヨーロッパでは取れません。ブラジルでは貴重な弓に使える材料もそんなことを知らない人たちによって材木として使われたり薪として燃やされているというのですからもったいない話です。

それに対して楽器が固有の音を持っているのはその形状による部分が大きいと思います。職人が作り出した「形」によって音が決まると私は考えています。

中国の業者が量産楽器に「ヨーロッパ産の上等な古材を使った」という謳い文句で楽器を売り込んできました。
材料の無駄遣いです。もったいないです。


ヴァイオリン職人としては作業に速さが求められます。うまい職人とは早く楽器を作れる人です。お客さんにとってはそれで安く楽器が買えるならメリットです。しかし合意した値段で楽器を買うと決まったなら慌てて作るより、じっくりと丁寧に作ってもらいたいでしょう。

時間をかけて丁寧に作るなら労働コストに比べて材料の値段の差などは微々たるものになります。せっかく丁寧に作るなら下等な木材を使って作るのはもったいないです。上等な木材を使うのはそういうことです。