ビオラの製作が始まります。 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

勤め先では店内の改装がようやくひと段落しました。
建築メディアの記者たちが大勢見学に来るほど大掛かりなことになってしまいました。

またもや箱作りです。DIYの手法を勉強しようかと思ってやってきましたが、ついに諦めました。これは完全にヴァイオリン職人の作り方です。

釘やネジなど全くなく接着だけです。

板をカンナを使って平面にすれば接着剤で十分な強度が得られます。

底板は10㎜の板をホームセンターで買ってきましたが、ひどく反り返って狂っていたのでカンナで平面にしました。7㎜になりました。普通DIYで板をカンナで平面にするなんてことはしないでしょう。2枚の板を合わせてありますが、継ぎ目もぴったり接着されています。これもヴァイオリン製作の技術です。

これが引き出しの中にピッタリ入ってチェロ用とヴァイオリン・ビオラ用のクランプが収まります。丁度の大きさのものなど売っていませんから自作しました。
一般的なDIYでこんな作り方は無理です。理想的に調整されたカンナなどあるはずがないからです。




これからビオラの製作にかかります。
来年4月中に完成していないといけません。それまで休暇も取れるかどうかはわかりません。
このビオラは以前にもお知らせしたように日本の方からの要望で作ることになりましたが、今後も毎年のように作っていきたいと考えています。そのため安定した品質のものを作っていきたいと考えています。


ビオラには特有の難しさがあります。ユーザーの数が少なく、サイズも体格によってバラバラで、過去にも作られた数が少なく良いものがあまりないのです。

特に19世紀の弦楽器製作ではストラディバリが最高の職人と考えられていましたが、ストラディバリはあまりビオラを作っておらず、1690年代にロングパターンと呼ばれる細長いヴァイオリンを作っていた時代に設計して以来新しいモデルを作っていません。
そのためストラディバリのビオラは細長いものです。

細長いビオラは十分な体格の人にとっては全く問題のないものですが、小柄な人には弾きにくいものです。
19世紀以降ストラディバリモデルのヴァイオリンを拡大コピーしたようなものが一般的に作られてきました。


さらにデルジェズになるとほとんど作っていないでしょう。文献でも見たことが有りません。何故かストラディバリもデルジェズもビオラに興味が無かったのか需要が無かったのかあまり作っていません。

他の作者でもビオラの数は少なく、文献や資料にもほとんど出ていません。

ビオラがメインの楽曲も少なく、かつてはヴァイオリンを習っていた人が、通用しないというのでビオラに転向するようなありさまでした。しかし今では子供の時からビオラを始めるケースも増えてきています。音色などに魅力を感じて始める大人もいます。
作曲家の人ならビオラの曲を作れば名曲になるかもしれません。教本なども不足していて優れたビオラ教本を出版すればかなり売れるかもしれません。


現在でもビオラを作る職人は限られています。勤め先でもビオラ奏者のお客さんは少なく、体格も様々なため、値段やサイズの異なるビオラの在庫をふんだんに用意するわけにもいきません。
そうなるとビオラを専門に作る職人のところにビオラ奏者が集中します。これも同じような問題で、ヴァイオリンをうまく作れないから「ビオラ製作に転向する職人」となってしまう所です。ヴァイオリンは過去にも現在にもとても多くの職人がたくさんの楽器を作ったので超激戦区です。
いつも「ヴァイオリンは良いものが多すぎて決め手に欠けて選べない、チェロは良いものが少なすぎて選ぶことすらできない」と言っていますが、ビオラもチェロ以上です。

職人の方もヴァイオリンで成功することが名誉だと考えている人も多いでしょう。
そんな中でビオラを専門に作る職人はビオラ奏者の間で知られて行き有名になります。


私はヴァイオリン、ビオラ、チェロというのは共通の基礎があり、それぞれがお互いのヒントになると考えています。単純に品質の高いビオラが少ないのでそれを作るだけでビオラ専門家になれるでしょう。ヴァイオリン製作学校のようなところではそれぞれの楽器の寸法表のようなものがあります。先生がまとめて作るわけです。
ビオラはヴァイオリンとチェロの間で数字を計算してこれくらいだろうと寸法を決めるのです。実際に試行錯誤して出てきた数字というよりは机上の空論です。それでも高品質なものを作れば十分貴重なものです。専門家としてお客さんが集まれば売れるでしょう。
それに対して、技術革新をアピールする人います。見たこともないようなモデルのビオラを考案したり、独自の理論を提唱したりします。演奏できる範囲でどれだけ大きなビオラを作れるかというものです。


私はチェロにも低音が出ないものがあったり、ヴァイオリンでも深々とした低音が出るものあることなどから、大きいほど低音がよく出るというような単純なことではないと考えています。大きすぎるビオラによって体を痛める人もいて、小さくて低音が出ることが求められます。
ヴァイオリンでもチェロでも低音に優れているものが多いのはオールドのものです。ビオラこそオールド的な作風が適していると思います。それに対して数が少ないのがオールドのビオラです。
技術革新というよりは忘れられた技術を取り戻すことに可能性を見出しています。ビオラの場合ソリストという人はほとんどいませんから、室内楽的と言われるタイプのものでも魅力的だと思います。音自体が味のある魅力的な音のものもできるというわけです。それでもヴァイオリンに比べればゆったりしたサイズがあるのでデメリットは少ないと思います。そのためビオラの音が好きで始めたという人には魅力的だと思います。


結果として私がビオラを作ることは多くなっていてヴァイオリンとビオラの割合は2:1くらいにはなっていると思います。演奏者の割合に比べるとずっとビオラが多いです。


低音のほかビオラに多い問題点は、鼻にかかったような独特の高音です。
ヴィオール族の楽器などはもともとそういう音でそれが本来の音ということもできます。古楽や民族音楽という感じもします。それをどう思うかは自由です。
バロックビオラではなくモダン楽器としたときにはもっと澄んだ音が好まれるでしょう。チェンバロとピアノを比べたときの音の違いです。どっちが良い音かは個人の趣味趣向の問題です。一般論としてはチェンバロを改良したのがピアノだと考えられています。少なともモダンヴァイオリンではピアノと同様に澄んだクリアーな音が一般的になっています。それと同じような音をビオラにも求めるのなら「鼻にかかった音」は問題となります。
これは程度の問題で無味無臭であるほど音が良いということではなく、弦楽器というのは物がこすれるときに出る複雑な音が魅力でもあります。アコースティックの楽器全般の魅力でもあります。電子楽器ならよりクリアーな音にできるでしょう。

無神経な耳障りな音と感じる人にとってはそうでないものが求められます。
これに対していろいろな裏技が考えられ同業者から聞くことが有ります。しかし私が作るビオラは裏技は必要なく、ヴァイオリンのような音がします。理由はわかりません。

私や同僚の間では「柔らかい音」と「鼻にかかった音」は相反するものだと考えています。耳障りな音とも同義語で、もっと強くなると耳障りになります。ヴァイオリンでもチェロでも音を評価するときは、「この楽器は柔らかい音の傾向だ」とか「鼻にかかった傾向の音だ」と連続的に考えています。
調整するときに鼻にかかった音の楽器なら、柔らかい音の弦に変えてあげると鼻にかかった音は弱まるのです。逆に柔らかすぎるときは鼻にかかった音を強調する弦を張れば良いのです。
鼻にかかった音が好きならさらに強調する弦というのもあります。聞く方は黒板をひっかくときのような寒気がしますが。

チェロの古い世代のスチール弦は鼻にかかった音の傾向が強いです。もし鼻にかかった音になっているのなら、弦を現代のスチール弦に変えることを薦めます。
そればかりやっているので、同僚はラジオから流れてくるチェロの音にも「弦を変えたほうが良い」と言っています。私はマイクや録音機材、セッティング、エンジニアの調整、再生装置によっても変わってくると思うので言いません。
ちなみにその同僚はラジオから初期のピアノであるフォルテピアノの音が聞こえてくると「これはフォルテピアノだ!」と必ず指摘します。さしずめフォルテピアノ検知器です。

同じことはヴァイオリンのE線でもあります。
E線を変えるだけで他の3本の弦も変わります。

つまり柔らかい音の傾向のビオラなら鼻にかかった音にならないということです。どういうわけか私が作るとそうなるのです。これはビオラだけでなくヴァイオリンやチェロでも同じです。理由はわかりません。
鼻にかかった傾向の音のほうが強く感じます。したがって私の作る楽器の音は必ずしも強い音ではありません。強い音を求めるのなら私の楽器では満足できないでしょう。

日本人は繊細な感性の人が多いのでおそらく本来なら無神経な耳障りな音を嫌う人がかなりいると思います。そういう方にはピッタリということです。

そういうことでコンスタントにビオラを作ることを社長とも相談してゴーサインが出ました。


そういうわけでこれからビオラを作っていきます。