ハンガリー/ベルリンのフランス風モダンヴァイオリン | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

6月の猛暑に比べると涼しい日が続いています。
夏至が6月の終わりですから、季節風や海流の影響を受ける日本のほうが特殊なのかもしれません。
それでも8月は一般的にはバカンスに行く人が多いです。
街を歩いていたらアイスクリームを売る店に夏季休業の張り紙があって閉まっていました。
夏休みをとるのは他の業種ならわかるけども、アイス屋だけは理解できません。
ヨーロッパではアイスを売れる期間は短いですから。
夏休みの学生のアルバイトなどにピッタリのように思いますが。


私は同僚が初夏に休暇を取って骨折の大けがをしたこともあって、ずっと仕事です。オーケストラも音大も休みなので楽器をメンテナンスに預けて、長期間の旅行に行きます。
掃除ばかり何台の楽器をやったか数えきれないくらいでっす。

会う人会う人、どこに休暇に行くんだとか、どこに行ってきてどうだったか、そのような話ばかりです。

ヨーロッパの人たちにとっては夏にバカンスに行くことがとても重要なことのようです。学生も夏休みに練習したりレッスンを受けたりはしないのでしょう。楽器に払うお金はなくてもバカンスに行くお金は別です。


一方、毎年奥さんの実家が近くにあるのでイタリア人の職人が仕事にやってきます。いちいちオーバーアクションで疲れますがイタリア人らしい人です。それで言うと私なんかは大人しくて日本人らしいです。


これからの予定としては、前回の休暇で日本に帰っていた時に、ビオラについては特に募集はしませんでしたが、問い合わせが多くありました。そこで年に一本くらいは勤め先の製品として日本向けに作ろうということになりました。
値段は私の意志では決められず、社長の生活水準を基に算定されるのですごく安くはなりません。それでも税抜きで13,500ユーロ~ということになります。
現時点の報道されている為替相場では160万円くらいになります。しかし実際に銀行で振り込む場合には両替レートが違いますし、日本に持ち込む際に消費税も必要です。相場は変動するので何とも言えません。
ただ現地の消費税は必要ありません。ヨーロッパは高いですから大きいです。
ビオラについては古い楽器で適当なものを探すのは至難なので他に良いものも見つかりません。
これから第一弾として東京の女性の方のために作っていこうと思います。

東京のお店に売られているイタリアのビオラはサイズが大きいものばかりなのだそうで小型のものを私が作ろうということです。小型であれば良いというのではなく、低音が豊かに出るものを私はいくつも作ってきたので要領は得ています。それができたら興味のある他の方々にも試してもらいたいと考えています。

イタリアの職人も自国のためには小型のビオラが求められていると言っています。ヨーロッパの北の人たちに比べてイタリア人は背が低いので小型のビオラが求められているそうです。私のところでも小型のビオラが好まれますが、特にイタリアでは小型のものが求められるそうです。そして日本やアメリカ向けに大型のビオラを作っているそうです。
190㎝くらいの人は大型のビオラでももちろん問題ないですよ。私も以前作ってメンテナンスに来ているところです。大型のビオラはストラディバリのモデルで作りました。ストラディバリはビオラはあまり作っておらず、1690年代に細長いヴァイオリンを作っていたころの設計で止まっています。ビオラも細長いものです。そのため小型のビオラには理想的とは言えません。さすがに大型となれば全く問題のないものです。

それでストラディバリモデルのヴァイオリンを拡大コピーしたようなビオラが多く作られてきました。私はアマティのビオラのモデルでよく作っています。他のもっといいものが見つからないので今回もアマティのモデルで考えています。実績のあるモデルです。


この前は100年近く前のベルリンのヴァイオリンを紹介しましたが、もう一つ別のものです。


これはD・カール・ユングマン(1889年~ca.1947年)の1925年作のヴァイオリンです。
この人はハンガリーのブダペストの出身で、修行もそこでしています。作風はブダペストの師匠の写真を本で調べてみるとよく似ています。したがってベルリンで作られた楽器ではありますがハンガリーの作風の一つということになります。

専門書を読むとストラディバリやデルジェズなどオールドのクレモナのスタイルをまねて作られた‥と書いてあります。しかし私が見るとまずフランスのモダン楽器っぽいと思います。その意味で素晴らしいモダンヴァイオリンであることが分かります。ハンガリーでも当時はフランスの楽器を目指して楽器作りが行われていました。パリで修行した人もいます。

ハンガリーはかつてはオーストリアと一つの国だったのですが、ヴァイオリンの演奏がとても盛んなところで、クラシック音楽というよりも民族音楽で使われてきました。サラサーテのツィゴイネルワイゼンは名曲として有名ですが、ハンガリーの人たちの流儀という意味です。

年末年始に日本に帰ると紅白歌合戦などもあって両親が見ていたりするのですが、マツケンサンバなんてのもありました。ブラジル人からしたらどこがサンバなんだというものですが同じようにハンガリー風のクラシックの曲もあります。
そもそもブラジルの若い人がサンバなんて聴いているのか疑問です。どうなんでしょう、世界中で若者の音楽は似てます。

去年はDA PUMPのUSAという曲も予備知識がゼロだったのでびっくりしました。これが日本人の考えるアメリカの音楽として人気なのかと。20年前と何も変わっていません。

このように自分たちの音楽ジャンルにわずかに外国の音楽を取り入れるのはあります。文化ってそういうものですね。本物と同じものを作るのは難しいです。


ハンガリーのヴァイオリンはパッと見ればフランスの影響を受けていることがすぐにわかります。しかしフランスの作者のラベルが貼られているとニセモノだろうなと思います。うちのお客さんでもフランスの一流の作者名のついたヴァイオリンを使っている人がいます。私はハンガリーの楽器だと睨んでいますが、そんなことは言いません。

しかし2流以下のフランスのヴァイオリンであれば同じようなものかもしれません。ある方がモダンヴァイオリンを鑑定してもらったら、フランスか北イタリアかハンガリーのヴァイオリンだという結果が出たそうです。
ということはそれらには鑑定士から見ても違いはないということです。
したがって一般の愛好家がイタリアの楽器はどうだとかフランスの楽器はどうだとか言っているのは無知をさらしています。鑑定士でも見分けがつかないというのですから。

ドイツやチェコではないというくらいの鑑定結果です。楽器自体は私も見ましたが全く問題ない良くできた楽器でした。音もモダン楽器にしては耳障りな音もしない上品なものでした。文句ない楽器だと思いますが、値段はどこの国のものとして売られるかによって何倍も違いが出ます。


さてユングマンに戻ります。


スクロールの感じはフランスの雰囲気があります。

そういうわけでこのヴァイオリンもフランス風のハンガリースタイルのヴァイオリンだということが分かります。しかし専門書にはクレモナのオールドの作者をお手本とした…と書かれています。この作者に限らずモダン楽器はみなそうです。専門書を読んで勉強すれば全く違う知識を得ることになります。本を読んで得られる知識というのはこんなものです。

作者はベルリンで活動したため、一流の音楽家と接していてイタリアの名器なども熟知しているだろうというイメージがつきます。実際に作っていたのはハンガリー風の楽器ですが、この業界ではアンティーク塗装をしているだけでなんでもストラディバリに結び付けようとします。ハンガリーでは独特のアンティーク塗装の伝統がありますから、まさにハンガリーのスタイルです。

専門書を書くような人でもフランスのモダン楽器とクレモナのオールド楽器を混同しているのです。フランス風に作られたものをクレモナのオールド楽器風と書いているのです。


一方モダン楽器として見てみると申し分ないものです。一見してフランス風に見えるきれいな楽器で構造でも近いものがあります。資格はともかくドイツでも十分マイスターのヴァイオリンとして通用するレベルです。

ニスもドイツのモダン楽器ともよく似た柔らかいものが分厚く塗られています。

この楽器では今でもニスが柔らかくケースの跡がついています。ハンブルグのヴィンターリングのニスも質がそっくりでした。ユングマンの師匠の息子がヴィンターリングのところで修行しています。
ドイツのマイスターのモダン楽器でよくみられる柔らかいニスです。ブダペストでも同様のニスが使われていたようです。大量生産品では硬いラッカーが使われたの対して、高級品では特に柔らかいニスが使われました。
今でもニスは柔らかいほうが振動を妨げないので音が良いという知識がありますが当時の考え方が残っているのでしょう。これには疑問がありますが、100年くらい経ったこれらのモダン楽器では十分よく鳴るので結果として柔らかいニスで音が悪いということはありません。

実用上は問題があって出来立ての頃はベトベトで大変だったでしょう。汚れも付着しやすく黒っぽくなっていきます。

ドイツやチェコ・ボヘミアの楽器との違いはペグボックスの幅です。
この楽器では指板よりずっとペグボックスの幅が広いです。ドイツやボヘミアのものはペグボックスが指板と同じくらいの幅になっています。

この楽器ではドイツの一般的なものよりもフランス的な印象を受けます。
ベルリンということもあって他のドイツのモダン楽器とは一味違う印象を受けます。
値段は相場に出ているほどの知名度ではありませんが、2万ユーロくらいしてもおかしくないと思います。250万円程度です。

表板はフランスの楽器のようにどこもかしこも2.5㎜程度と今日の常識よりは薄くできています。裏板は普通くらいですが、板目板に近いです。
音は暗く強い音で、こちらでは特に好まれるものです。新作で作るのは難しいです。豊かで力強い音はフランス風の作風と古さから当然だと思います。
その代わり高音が柔らかいということはありません。全体的に力強い副作用として高音は耳障りになっているということです。両立は難しいです。
高音の柔らかさにこだわりを持っている人には耐えられない楽器ですが、一般的には優秀な楽器です。鋭さをごまかす調整が欠かせません。よく売れるのはこのような音です。

この楽器は私がフルレストアをしたものなのでよく覚えています。

裏板と横板はあご当てのネジをきつく締めすぎて変形していました。それを何とかひどくない程度に直しました。このような被害を避けるためあご当てはテールピースをまたぐものをお薦めします。

バスバーを交換し、指板を新しくしてネックを入れなおしました。
100年も前の楽器となるとこのようなオーバーホールは必要です。
修理が終わっているかどうかが重要です。

イタリア人の職人に見せると美しいヴァイオリンだと言っていました。イタリアにいるとこのような楽器が存在することも知らずに自分たちの楽器が世界一だと思い込んでいます。しかしヨーロッパの音楽家のいる街にはどこにもこのような職人がいたのです。
ベルリンのヴァイオリンについて書かれた最新の本を見せると素晴らしいものばかりだと驚いていました。
イタリアには急いで作られたひどい楽器も多くあると言っていました。

私が「イタリアの楽器に比べると個性が無いんじゃないか?」と言うと「そんなことは無い、個性があっていい。」と言っていました。

イタリア人の目には立派な職人が自分流のスタイルを持って作られた楽器として映っているようでした。

「イタリアの楽器は値段が高すぎる」と私が言うと「あんなのはビジネスの話だ」と言っていました。イタリアの演奏家が高すぎて自国の楽器が買えなくなっているのです。

このような立派なモダン楽器はまだ国際的には知られてないということです。イギリス、アメリカ、日本などで知られていなければ値段はそんなに高くなりません。200万円程度なら日本で新作楽器より安いくらいです。このレベルで100年前のイタリア製なら1千万円近い値段になるでしょう。トリノなどではフランス風の楽器を作っていました。同じような雰囲気なのにです。

世界に見つかっていないということはそれだけお買い得なのです。


作られた当初からアンティーク塗装であったのだろうと思います。ストラディバリのような古さではなく、初期のモダン楽器くらいをイメージしたのかもしれません。

今ではかなり黒ずんで見えます。
古く見せるのには黒っぽくすると古く見えるのが基本です。しかし新品のときにあまり黒くしすぎると100年以上したら真っ黒になってしまいます。
この楽器でも木材を濃く染めてあります。いかにも染めてあるという感じが強いです。

私はちょっと明るすぎるくらいに作ります。10年くらいでも木材の色が徐々に落ち着いてきて変化を感じることができます。黒くしないで古く見せるというのが難しいものです。


ハンガリーもかつてはオーストリアと一つの国だったこともあり、広くはドイツ語文化圏とみなすこともできます。ドイツのモダン楽器ともよく似ていますが、それぞれフランスの楽器を目指してモダン楽器が作られていました。一部を除けば値段はさほど高くなくよく鳴る楽器もあります。

またフランスでもドイツでもチェコでもハンガリーでもよく鳴る楽器があるということを考えると何か特別な産地の木材や特別な製作上の秘密などはないと私は考えています。
それに対して「鳴れば良いというものじゃない」という意見もあるでしょう。でもそれは個人個人の意見であって好みの問題になってしまいます。先生や楽器店の店主が言っていてもその人の好みにすぎません。


普通に作ってあれば十分な条件だということはこのような経験から導き出した考えです。