考え方に癖がある? 楽器の調整の話 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

一通り試奏を申し込まれた皆さんに連絡を差し上げたはずですが、機械のトラブルがあるかもしません。何も来ていないという人はお手数ですがもう一度お願いいます。
予定は順次埋まってきています。遅くなるほど日程が難しくなりますのでわかり次第連絡ください。


日本のことはインターネットだけが情報源です。
深海魚のリュウグウノツカイが打ち上げられたようで、同様の記事を何度も見たような気がします。リュウグウノツカイも浅瀬にフラフラ行かないようにしっかりしろよと思うわけですが、竜宮の使いと言うくらいですから昔からある珍事なのでしょう。


この前の車に轢かれたヴァイオリンですがこのようになりました。

こんなにきれいに直るものです。といっても今回はたまたまこうなっただけで車で轢いても良いとは思わないでください。


勤め先ではプロの楽団員の方も調整に来ることがあります。
先週はビオラとチェロの方が来ていました。いずれも現代の楽器を使っている方でした。

ビオラの方は同じ現代の職人が作ったビオラを2台持っています。そのうち一つが具合が悪いそうです。二つのビオラを見ると作られた年数が数年違いますが形も大きさも全く同じものでした。私は毎回違うものを作りますので性格が違うなと思います。
2本も買うくらいですからその作者にそうとう心酔しているようですが今は亡くなられました。そのうち一本が具合が悪くなってその人の弟子に見てもらっても以前のような音にはならなかったそうです。他に何人かの職人に見てもらっても「以前のような音」には戻らなかったそうです。職人が生きていれば本人に直してもらいたいところですがそういうわけにもいきません。

2台のビオラを弾き比べて具合が悪いことを説明していただきました。C線が鋭く荒っぽい音になっているとのことです。スチール弦であるダダリオのヘリコアを使っています。音が鋭いのならナイロン弦にすればどうかと師匠が提案しましたが、「以前の音」にしたいわけですから鋭い音を柔らかくするということはできても以前の音にはならないと思います。

その弟子という人の楽器を見たことがありますが、腕は抜群に良い職人です。決して師匠に比べて劣った職人だということは無いはずです。
駒や魂柱の交換などは同じ職人がもし3回やれば3回とも微妙に違う音になるし、別の職人がやれば違う音になるでしょう。そのときたまたまその人のイメージに近い音になるかならないかというだけですが、所有者にとっては上手い職人か下手な職人かという印象を受けるでしょう。

魂柱の交換を何回かやれば「運良く」うまく行くこともあるかもしれません。鋭い音になる原因はよくわかりませんが私が仕事をすればたいがい鋭い音は和らぎます。私は時間が無かったので師匠が魂柱の交換をしました。

見事にもう一つのビオラと同じような音になりました。
他の名工たちがどうにもならなかったのに、私の師匠がすごいのかたまたま運が良かったのかよくわかりません。
魂柱だけで納得してもらいました。

私の同僚は出掛けていてその結果を知ることができなかったので翌日「その人はハッピーだったか?」聞かれました。「幸運だったのはこっちの方だった」と答えました。原因も分からないのに魂柱を変えたら希望通りの音になったのですから。

弦楽器というのはずっと同じ音であり続けるほうがおかしいです。
何かを変えれば音は変わりますが、それが良いか悪いかは受け手の感じ方次第です。鋭い音をむしろ力強いと言って歓迎する人もいます。魂柱を変えた結果は明るい音になりました。これを悪くなったと考えることもできます。
しかし作者に心酔しているので今回は「以前の音」にすることが重要でした。作者が作ってできたときの音が最高なのです。

師匠は何から何まで変えようとしていたので私は「まずは魂柱だけ変えてみたら?」と提案しました。弟子からのアドバイスでうまくいきました。

人には思考に癖があります。
まず同じ楽器を二つ買うというのはちょっと珍しいです。同じ作者の楽器でも音が違っていて用途によって使い分けているのならわかりますが、今回は同じ音にするのです。同時に同じビオラを二つ弾くことがあるのでしょうか?
明らかに作者に心酔しています。その作者本人がビオラを弾いていたということも語っていました。私はビオラをまともに弾いたことが無いのにビオラを作ると一番評判が良いのですから、自分が弾くかどうかは関係ありません。ましてやその職人は若いころに設計をすると生涯全く同じ形のビオラを作っていました。私はいくつか見たことがありますがすべて同じ形でした。ヴァイオリンとも同じ形でビオラ用に設計したのではなくサイズを拡大したものです。自分で弾いたとしても「フィードバック」して設計変更などはしない人なので意味がありません。しかし演奏者にとっては「自らビオラを弾く職人は良い音のビオラを作れる」と信じているようです。
偉大な職人(と信じてる)の音がベストであって、新たな音を模索することは無い人です。非常に考え方に癖があります。
本当に運が良かったです。


今度はチェロの話。
こちらも癖がすごいです。
この人は新しいグッズが発売されるとすべて使用しています。新発明のペグに、音を改良したエンドピン、テールピースも特殊なもので、弦も最新の製品です。
魂柱にはカーボン製のものがあり5万円以上するものですが躊躇なく使っています。
音が弱いので駒を高くしてほしいという依頼でした。弦と指板との間隔を弦高といいます。測ってみると至って普通でしたがそれを高くしてほしいというのです。これもさっきと同じで駒を2回変えれば音はなぜかわからないけど変わります。しかしミリ単位にこだわりがあり駒の高さを変えてほしいというのです。

駒の交換を終えて音を聞いてみると非常に鋭い音がします。おそらく魂柱が硬すぎるのだと思います。強烈な音です。締め付けられたような息苦しい鳴り方で余韻も低音も全く響きません。チェロ自体は40年くらい前にオールド楽器のコピーとして作られたハンドメイドのものです。モンタニアーナのようなとても幅の広いモデルです。

試しにこの前完成したばかりの私が機械で作られたチェロを改造したものを試すと、幅の細いモデルなのにはるかに豊かな低音が出てのびのびと音が広がっていくような鳴り方でした。機械で作られたチェロを改造したものの方がずっと素直でスムーズに音が出ていました。高音も鋭い音がしません。

ハンドメイドのチェロには癖の強いものがよくあって機械で作られたものよりも優れているとは言えないことが多くあります。私がチェロを作っても機械で作ったものの方が音が良いかもしれません。

チューンナップパーツにこだわりすぎていて基本的な力のバランスがメチャクチャになっているようです。その結果力づくでギャーと音を出している感じでチェロが響いているという感じがありません。本人には強く聞こえるのかもしれませんが近くで聞くとひどく耳障りで少し離れると途端に小さく聞こえるようになります。バランスが非常におかしいです。

低音が出ないのは私の理屈から言えば板が厚いということになります。ところが板の厚さを測ってみるとすごく薄いのです。厚めのヴァイオリンくらいしかありません。薄板派の私でもこんなに薄くしません。
薄い板に硬い魂柱、強い張力をこれでもかというくらいかけていて、とにかく何もかもが極端すぎます。

弦楽器というのは「○○過ぎず」「△△過ぎない」というのが肝心だと思います。その中で多少の個性はあっても良いでしょうからここが最高という一点はありません。ひどくなければ何でも良いと私が言っているのはこのことです。楽器がちゃんと機能することが重要で小手先の刺激音をチューンナップパーツで作っても限界があると思います。

考え方に癖があって新しいものに飛びつき本人としてはやれるだけのことはやっているつもりでしょうが、逆効果になる可能性のほうが高いということを認識してもらいたいものです。

ところで「音を改善する」と謳うパーツはなぜこうなんでしょうか?
刺激的な音だと交換した時に「音が良くなった」と感じる人が多いのでしょうか?そればかりで固めてしまうとメチャクチャな音になります。

ユーザーには「基本的な力のバランス」というのが一番分かりにくいようです。「パーツを変えたら音が変わった」という分かりやすい所だけに意識が集中していて抽象的でわかりにくい大事なことが頭の中からすっぽり抜けているのです。
マニアックな人が陥りやすいことです。

知り合いの改造車に乗せてもらったことがあります。
腰が痛くなって勘弁してもらいたいと思いましたがバネを取り換えるだけでうまく行くとは思えません。レースならセッティングを変えてテストを何度も繰り返して見つけていくとは思いますが、素人が一回部品を変えてもらっただけでうまく行くとは思えません。彼はレースに出るわけでもなく公道しか走りません。

市販車よりも絶妙な具合になるようにその車専用にテストを繰り返して開発されているのなら良いのかもしれませんが、自動車の改造パーツでも極端なものが改造好きな人にウケるのかもしれません。パーツを売る方も商売ですからお客さんがそういう人ばかりならそれがカルチャーというものです。それに対して「絶妙」が分かる人は相当なセンスのある人だけですからビジネスとしては難しいのです。

私が改造したチェロのほうが絶妙な改造だと思います。


楽器がまともに機能すればもっと楽に弾く弾き方になっていくと思いますが、本人はそれが良いと思っているので文句の言いようもありません。
このような人がプロですから先生も考え方に癖の強い人がいることでしょう。




楽器が基本的にちゃんと作られていて、健康な状態であるということが一番重要だと思います。一般の人にはそれが分からないので小手先の部分に意識が集中し頭がそれだけでいっぱいになってしまうのです。特に達が悪いのは職人の元を訪れたときに、我々が寸法を言うとそれをすごく気にすることです。もはや興味は数字にあり数字で納得したくなります。音楽と数学は関連性があり異常に興味を示す人がいます。

職人でも作り方を習い始めたころは、決められた寸法通りに正確に作ることが求められます。それが出来なければ仕事ができません。指示通りに仕事ができれば何かしらに「使える」ので雇ってもらえます。
しかしいつまでたっても0.1mmにこだわっているようでは何もわかっていません。
もっと理解するには大ざっぱに楽器を捉えることが重要だと思います。
それが難しいのですね。日々勉強です。