【初心者の疑問】弦楽器の見分け方やランクはあるのか? | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

弦楽器の見分け方やランクなどがあるのかという疑問です。
これまでブログではずっと説明してきましたが、最近見始めた人のためにも改めてまとめてみました。

こんにちはガリッポです。

帰国の予定ですが12月の終わりに帰国して正月は実家で過ごし地元の方の楽器のメンテナンスを行って1月中は関東や関西に出向こうと思います。関東には一週間くらいは滞在すると思います。
改めて来週に募集します。

冬の時期は雪で空港が混乱することがあります。あまりいい時期とは言えません。
前回は3月中旬以降で春のように暖かくなって大丈夫かと思っていたら出国の前の日の夕方から急に寒くなり雪で氷点下の中バス停でバスを待っていました。かといって真冬の服を着ても日本に着いたら全く必要が無いので薄いものを重ね着して空港で脱いで荷物にしまったのでした。それでもガタガタ震えてバス停にいました。空港も大混乱で私が乗る前の便まで欠航で危なかったですが、1時間遅れくらいで何とかなりました。こういう時は慌ててもしょうがなく空港のホテルで一泊すればいいだけです。

東京のほうが先に春になるので服装の準備はわけがわかりませんでした。
今回は便利で今の時点で東京の真冬くらいの気温になってきました。予想がしやすいです。
ただし、室内の温度が違います。北海道の人もそうでしょうけども私のアパートは冬でも20℃以下になることはありません。今も暑くてTシャツで窓を開けています。
実家には厚い毛糸のカーディガンを置いてあります。持って帰っても着ることが無いからです。こちらでは外に出るときは厚い上着を着て家の中では薄着です。東京で売られているコートはこちらのものよりは薄いものでしょう。そういうものを確保するのは難しいです。
一方で家の中が常時20℃以上あれば体は冷えていないので30分程度外にいてもあまり寒く感じません。家の中と外の温度差が小さい東京では芯まで冷えてしまって、同じ気温でもずっと寒く感じるでしょう。結局予想は難しいです。



さて本題に入ります。非常に高価な楽器は何が違うのかと思うかもしれません。自動車なら高出力なエンジン、コンピューターなら高い演算速度のCPUを搭載しています。それを生かすように他の部分も作られているはずです。
それに対して弦楽器はどれも同じ仕組みでできています。材料も同じ種類の木材です。

先日もちょっとヴァイオリンのことを聞きかじった程度の知識の人が来て新作のヴァイオリンに興味があると言っていました。私の作ったものを見せるとこういうのじゃない、もっと木目が違うと言っていました。
おそらく木材のランクのことを言っているのですが、プラスチックやべニア板で作ってある安物ではありません。珍しい木目の一枚板をわざわざ使っているのですが短時間でどこから説明したら良いやらという感じでした。

一番の問題は自分は分かっている顔をしていたので説明に入りにくかったのです。これが「私はどうやって楽器を選んで良いかわかりません」という顔で来れば「ヴァイオリンというのは・・・」とこちらから話ができます。「あなたは何もわかっていない」とお客さんに対して説教するようなことは客商売ならできません。


確かに安価なものはランクの低い木材を使っていて少しましなものになるとランクの高い木材を使っています。
しかしそれは物理上音を決める要素にはなっておらず楽器の値打ちも木材の質よりも加工の質で判断します。普通は安くするために安価な製品では木材も安いものを使います。手間暇かけて作るなら材料代が占めるコストの割合は微々たるものになるので安い材料を使うほうがもったいないです。木材の質は傾向にはなりますが絶対ではありません。

このため高級ランクの木材を使っても加工の質が低ければただの安物です。
むしろオールド楽器の名器ではランクの低い木材が使われたことも多くこれらも数千万円以上の値が付き、音にも優れたものがあります。私はそういう楽器の雰囲気を再現するために選んだ木材ですが彼には全く分からない様子でした。

彼は「木材のランク」ということだけを知っていてそれだけで楽器を判断しようとしていました。

私たち職人の間で「この楽器をどう思う?」と聞いて「良い材料だね。」と答えが返って来たら「材料は良いけど仕事は良くないね。」と言う意味になります。
もし本気で褒めているなら作りの良し悪しが分からない職人の言葉だということになります。

まず我々は加工の質を見ます。「良い仕事」がなされていればすでに良い楽器だと思います。木材の質よりはるかに重視される点です。

ニスの印象もとても重要です。
せっかくいい仕事をしてもニスが見苦しければ台無しです。
未熟な職人の楽器では同じようになるのですぐにそれっぽいと分かります。
量産品では材質は人工樹脂で同じようなものがたくさん作られるので特徴に見覚えがあってすぐにわかります。

一つだけの要素で判断してはいけない

今回のケースでは材料だけで楽器の価値を判断しようとしていましたのでそのような知識は無い方がましです。
上等な木材でひどい加工の楽器は資源の無駄だと私は見ていて腹が立ちます。金もうけしようとする商人や、カッコつけようとする職人に多いので楽器作りに対する真摯な態度とは正反対です。安い材料で作った安物のほうがまだ正直で好感が持てます。

別のケースでは中国人がやってきて「イタリア製のヴァイオリンは無いか?」と言ってきました。予算ではイタリアの楽器は買えないのでドイツの質の高い楽器を薦めると「これはイタリアの楽器と同じか?」と聞いてきました。
「いいえ、イタリアは関係なくて、上等な良い楽器だ」と説明しました。
おそらく買って帰って「これはイタリアの楽器だ」と言い張る作戦を思いついたのでしょうが私たちはその作戦を打ち消す発言をしたので失望して帰っていきました。

この場合でも「良いヴァイオリンが欲しい」ということであれば十分に在庫があったのでした。



ここでもどこの国の製品であるかよりも我々職人は加工の質を見ます。どこの国でも質は様々で上等なものも粗悪なものもあります。そのため質の高さを見てどこの国のものか言い当てることはできません。



また別のケースがあります。ヴァイオリンを売りに来た人がいます。高く売ろうと「ヴァイオリンの先生が音が良いと言っていた。」と強調します。しかし私たちはそのようなことは全く気にしません。楽器の加工の質を見ます。安価な楽器であることを告げると「でも音が良いですよ」と食い下がりません。

音が良ければ在庫の中で先に売れるかもしれませんが値段は変わりません。音で値段が決まっているわけではないからです。その先生の主観にすぎません。他の先生は違うことを言うかもしれません。

職人の腕前もある程度以上になると客観的に評価することは難しくなりますが、初心者や手抜き、独学や不器用な職人の仕事はワンパターンなので分かります。そうならないようにと教育・訓練をするのですから。


様々な品質の大量生産品

この世に存在する弦楽器の大半は大量生産品です。ハンドメイドで作ると値段が高くなってしまい買える人が限られてくるからです。

したがって安くするための手法として製造工程を分業や機械化で伝統的なものから変え、たくさん数を売ることで利益を得るというビジネスです。
ギターのように大量生産品でプレミアが付くような有名なメーカーは無いと考えて良いでしょう。大量生産品という時点で市場価値は安くなります。

安く作るための大量生産品なので多かれ少なかれ「手抜き」が行われます。決められた設計の通りにきちんと作ってしまうと作業に時間がかかってコストが高くなってしまうからです。

現代の工業製品は設計の通りに作られています。安価なものでは凝った設計がされません。それに対して弦楽器の場合には設計通りに正確に作ることさえ行われていません。このためメーカーによって設計に差があるということはさほど重要なことではありません。逆にたまたまうまく行ってることもあるわけです。

「手抜き」が多く行われている楽器は安い値段が付き、手抜きが少なければ実用上優れた楽器だと言えます。
どこのメーカーがどんな音の楽器を作っているというものではなくかろうじて弦楽器の姿をしているのが大量生産品なのです。私はひどい手抜きのヴァイオリンの価値を聞かれたときは「これはヴァイオリンによく似た楽器」と言うことがあります。


ハンドメイドか量産品か見分けるのは意外と難しい

弦楽器の良し悪しが分かると自信がある人には何千万円や何億円の楽器を見分けることではなく、大量生産品かハンドメイドの楽器かを見分けることを是非やってもらいたいものです。

グレーゾーンの楽器があり私たちでも非常に難しいケースがあります。もしすべてのハンドメイドの楽器のほうが大量生産品よりも質が高いのであれば、質の高さを見ればハンドメイドか大量生産品かわかります。量産品よりも質の低いハンドメイドの楽器もあるのでそうはいきません。大量生産品と同様に「手抜き」をすれば同じようなものになります。

修理でこれはハンドメイドかもしれないと思っていた楽器の表板を開けると大量生産品だったと分かることがあります。大量生産品では外側はきれいに作っても見えないところは雑に作ってあるものです。最近のものは機械で加工した特徴があるのでわかります。
ハンドメイドでも中を雑に作ってしまうともはやわかりません。


コンピュータ制御の工作機械とノミやナイフでは削った跡が違います。そのためノミの跡が残っていれば手作りだということは分かります。しかし素人が作った楽器でも加工がバラバラであるために手作りだと分かります。量産品よりも質が悪い楽器でも作者を証明するものがあればハンドメイドの楽器です。値段は量産品より高くなるかもしませんが音に関しては怪しいものです。高いだけのゴミです。
機械で作ったものにノミの刃の跡をわざとつければ手作りに見せかけることもできます。


このためオークションのカタログなどでは上等な量産品と並みのハンドメイドの楽器は同等な扱いとなっています。私も厳密な区別をつける必要はないと思います。ヴァイオリンの価格が50万円程度であればどちらでも構いません。これがチェロなら100~200万円で本格的にやろうという人には最も望まれている価格帯です。


上等な量産品か、並みのハンドメイドの楽器なのかは見分けるのが非常に難しく製造工程を初めから終わりまで監視しなければ永遠にわかりません。しかし値段が手ごろであれば実用的に優れた魅力的な楽器ということになります。作者の名前が書いてあってもそれは工場の経営者の名前なのかその人自身が作ったのかはわかりません。

これに対して美しく作られたハンドメイドの楽器はすぐに高級品だと分かります。勤め先でも量産品を仕入れていますが満足するものに出会ったことはありません。
造形の才能がある人の楽器は同じように才能がある人が見ればわかります。量産品で品質チェックをどれだけ厳しくしてもそうはいきません。


このように手抜きされた楽器なのかプロによってきちんと作られた楽器なのかが見分けられることはとても重要です。何千万円もする楽器でもまともに作られていないものがあるからです。

古いイタリアの楽器というとそれだけで高値になります。当時は大量生産品のように安物の楽器として作られ売られていたものかもしれません。それが今では何千万円もするのです。

ひどくなければ何でも良い

ここまで読んでくると楽器の加工精度の高さが楽器の良し悪しだと思うかもしれません。しかし精巧に加工されていても音が大したことは無い楽器はたくさんあります。精巧さと音の良さは関係ありません。何かの設計の通りに完璧に加工してあったとしてもその設計が最善であるかは誰にもわかりません。自信過剰な職人はなぜか自分の設計を最高だと信じているようですが実際に弾き比べてみればさほど抜きん出たものではありません。数学的な理論や、板を叩いて音の高さが何ヘルツになっているとかいろいろな主張があります。ただしそのようなものは本人が思っているより音に違いが無いものです。そのような主張があると安易に飛びつく職人がいてマネするものです。実際には効果はよくわかりません。

そうかと思えば何でも無いような楽器で良い音がする場合があります。少なくとも「音量感」に関しては取り立てて大したことの無いような楽器で優れたものがあります。音量感としたのはパッと弾いてみて音が出やすいということです。50年くらい使われていた楽器は作られた当初よりは音が出やすくなっています。上等な量産品なら新作でいかに職人が理屈をこねても勝負にならないでしょう。
音量感以外では工夫の余地はありますし、使うほどに改善してきますが、あくまで趣味趣向の世界であり画期的に音が良いというのは違うと思います。


私はいつも音に関して楽器の作りは「ひどくなければ何でも良い」と言っています。だいたい問題の無い範囲にできていれば十分良い音がする可能性があります。それ以上は実際に弾いてみなければわかりません。

この「ひどくない」ということを見分けるのは非常に重要です。先ほどのひどい手抜きの楽器と上等な楽器を見分けることと同じです。しかしそれ以上の差は弾いてみないことにはわかりません。

何百年も前には「普通」ということが分かっていなかったので「ひどくない」楽器は非常に珍しいです。オールドのイタリアの楽器の中からひどくない楽器を探せば5000万円とか1億円とか当たり前のようにしてしまいます。コストパフォーマンスは最低です。



職人は音をイメージして作っているというよりはなぜかわからないがそういう音になっているというのが本音です。職人の私が言うのですからそのように作られた楽器が大半のはずです。にもかかわらずだいたいの範囲に入っていれば楽器としてちゃんと機能して、なぜかわからないけど音は皆違います。実際に弾いてみてしっくりくるものを見つけるしかありません。

ひどくないことを見分けるのが難しい

前回は何億円もする名器ガルネリウスは適当に作られているという話をしました。弦楽器は適当に作ってあってもだいたいの範囲に入っていてひどくなければ十分良い音がする可能性があります。名演奏者に代々受け継がれた楽器であれば弾きこまれて音が出やすくなっています。

これを理解することは一番難しいことだと言えるでしょう。NHKのような局はお年寄りまでわかりやすく伝えることを求められています。グァルネリ・デル・ジェズの「適当さ」を説明することは非常に難しいです。別の適当に作られた楽器とは違います。私なんかは研究していて一番面白いところです。一言で説明するなんて無理です。言葉に置き換えるのではなくてありのままをそのまま理解しなくてはいけません。グァルネリだけじゃなくてそのレベルで楽器を見ていくとみなおもしろいです。何年も目を鍛えて分かることです。


私のように変わった職人は古い楽器を見るとワクワクするのですが多くの職人は自分のほうが優れていると考えていて見ようともしません。視野には入っていても見てはいないのです。頭で考えた自分の理屈を信じている人もいます。自信満々に語ると不思議な説得力があり指導者として弟子を育成し代々受け継がれていきます。

それに比べれば品質の高さはまだわかりやすい方で多くの職人が共有していることです。品質が高い楽器であれば高級品であることはすぐにわかります。


ただし音に関しては実際に弾いて見なければいけません。
職人の思い込みなのか本当に音が良いかも確かめなければいけません。

私はひどくなければ何でも試してみる価値があると思います。
弦楽器というのはなぜかわからないけどもみな音が違うものです。自分にとってしっくりくるものを見つけることです。

私が買い物で失敗だと思うのはバカ高い値段で粗悪品を買って音が悪いというものです。これは日本のユーザーにとても多いです。高い値段のものが良いものと信じ込んでいるからです。


ひどくないものだと保証できるのは長年鍛えた職人の目です。自分で作るのと商うのとでは見るという次元が違います。しかしこれがずば抜けて音が良いなどと言うことはできません。

一般の人は作者の名前や値段によってビビってしまい全く違うものだと思ってしまいます。しかし職人の目から見れば無名でも安くてもヴァイオリンは同じヴァイオリンです。ヴァイオリンというのはだいたいこんな感じというのが分かってくるのが熟練というものです。目で見るだけでなく寸法も測ったりします。

日本で楽器を買うこと

弦楽器をこのように私は理解しています。しかし現実に楽器を購入するとなると販売店はこれとは全く違う価値観を植え付けてきます。営業マンも上司から学ぶのですから、悪意があるとまでは言えませんが。世界的に評価が高い」などと言うことがありますが、音を審査する国際的な機関などはありません。

弦楽器がどういうものか理解してもらいたいものです。

まとめると
①音を審査する国際機関などは存在しない
②世に出回っている弦楽器の大半は粗悪品である
③まともに作られた楽器なら音が良い可能性がある
④まともに作られた楽器でもなぜかわからないがみな音が違う
⑤まともな楽器は天才でなくてもどこの国の誰でもまじめに修行すれば作れる


知名度には関係なく職人がまともなものだと判断したものを実際に弾いてみて自分の好みに合うものを選ぶというのが理想だと思います。
なぜかわからないと言っても作者によって音には特徴や傾向があります。古くなるほど他の要因が多くなってきます。有名無名に関係なくそれぞれの味があります。

ヴァイオリンのモノとしての値段はたいてい10~100万円くらいするもので品質によって決まります。税制や社会保障、物価水準などは国によって違いますが職人も現代人の生活をしようと思えば150万円くらい必要なところです。そこから上は作者の名前についているプレミアです。純粋に経済的な価値で音を保証するものではなく自分で判断しなくてはいけません。
日本人は作者の知名度を楽器の質や音より重要に考えるので、質が高いだけでは商品価値があるとはみなされず輸入されません。日本で上等な楽器を適正価格で買うチャンスは日本人の職人から直接買うことです。



初心者は量産楽器を買うことが多いと思います。
これを読めば量産楽器に過剰な期待ができないことが分かると思います。