バロックチェロの音を決める要素 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

ガット弦のような昔の材質を生かすには現代のやり方そのままでは十分ではないでしょう。
現代の楽器とはいろいろな違いがありますが、何が何に影響しているか分からなければいけません。博物館に展示するためのものを作るわけではないので見た目だけをバロックにしてもしょうがありません。




こんにちはガリッポです。

前回も言いましたが帰国の予定は立ちません。
2月~3月くらいと大雑把に考えています。



先週話していた懐中時計が届きました。とてもオーソドックスなもので7000円くらいのものです。同じ値段でも中国メーカーならもっと飾りがたくさんついています。銀でできていれば味も出てきますがステンレス製です。メッキではなくてステンレスを磨いてあります。

とてもシンプルですがきれいだと思います。


私は腕時計が慣れないので邪魔くさく思いますが、懐中時計は持っていてもデメリットは無いです。腕時計も袖を上げないと見えないのでアクションはそんなに変わらないと思います。ただしスナップボタンやファスナーの服には付けられません。昔風のものを着ないといけません。ジーンズや作業ズボンには右ポケットに懐中時計入れが付いています。



急に寒くなってきました。
0~3℃くらいを通勤しています。
アメリカの作業ズボンでダック生地という昔の綿の素材でできているものを履いています。カーハートというメーカーは服自体よりも、今の時代でも自分の手で物を作る人が素敵というメッセージを感じます。それはいかにしゃれていてもビジネススーツからは感じることができません。そこが気に入ってるところです。

中でもダック生地は最近の布地と違って伸縮性がありません。その代わり編み目が詰まっているので寒さを感じません。同じ厚さのデニムよりはるかに寒さを感じません。何年も前にデパートで買ったジーンズが0.4mm厚で8℃くらいでは寒くてしょうがないので厚めのものを1000円くらいで中古品を買ったのです。それが0.5mmで、たった0.1mmと思うかもしれませんが20%も違うのです。やはりだいぶ暖かいなと思っていたらそれでも歯が立たないくらい寒くなってしまいました。

ダックの作業ズボンも0.5mmですがずっと寒さを感じません。-2℃くらいなら平気でいけると思います。ひざが二重になっているものはさらに良いです。それ以下になるともはや下にスエットを履くしかありません。ダック生地は伸縮性が無いのでピチッとすると動けなくなります。そのためゆったりめになっています。一方スウェットは昔のようにだぼっとしていないので下に履いていることが分かりません。股上も深いので腰も入ります。タイツのようなズボン下は空気層ができないので冷たく感じます。

-10℃くらいまで行くことがあって裏地がモコモコになっているスエットを買ってあります。昨シーズンがそうでひどい目にあって買ったときには極寒の時期はもう過ぎていました。家では暑すぎるので履いたことがありません。

色々試していますが、ワイシャツが0.1mm厚で業務用のデニムシャツが0.4mmあります。さすが業務用です。それでも3000円くらいです。そのデニムシャツの下、肌着の上にパジャマを着ると良い事が分かりました。カシミアの薄手のセーターもシャツの下に着るともちろん暖かいのですがそれに次ぐのがパジャマです。シャツの下にセーターを着る人はあまりいないかもしれませんが作業中にセーターを着ていると木くずがついてしょうがないのです。良く考えてみるとセーターは風に弱いので中に着る方が良いはずです。今の温度ならパジャマが最適です。

パジャマは長袖のTシャツですが、Tシャツ単体としてはゆったりしています。空気層を稼ぐのにぴったりのものは良くないと思います。ゆったり目の厚手の綿のTシャツを探してみましょう。

アメリカのダック生地の作業服のジャケットやコートは腕の部分が異常に太くできています。ヨーロッパのものは細くてピチッとなっています。これが暖かさに大きな差になります。細いとスマートに見えるのかもしれませんが腕が冷たいです。やはり空気層が重要です。適当に作ってあると思えるアメリカのものも実はよく考えてあるのでしょう。気温が5度以下になってくると頼りがいがあります。

ただしアメリカの半袖のシャツは腕が太すぎます。たまにテレビなどで見ると思います。アメリカ人が着ていてもデカく見えるのに私が着たらひじより下まで行ってしまいます。「はっぴ」みたいです。


業務用のすごさを思い知ります。
アメリカも工業地帯の北部は寒くて19世紀には高層ビルや鉄道建設も盛んでした。
丈夫さは重視されていて今でも建築業者などから支持が厚いようです。私のような職人なら10年でも持ちそうなほど丈夫ですが、「このズボンは6週間も持った、こんな丈夫なのはじめてだ」というユーザーの意見がありました。何の仕事をしている人なんでしょうか?スライディングでしょうか?


当時考えられたものが今では失われてきているのです。
店頭には伸縮性が良く軽いもので占められています。着心地が良いと考えられているのでしょう。ダウンジャケットも綿入りの上着自体は100年くらい前の写真にも出ています。表面がポリエステルようなものでできているのが今のものです。ひっかけて穴を開けそうで業務用には向きません。

見た目だけカラフルで安い生地を使っているとも言えます。化学繊維のハイテク素材が技術を誇っていますが、安価に製造できるということとどちらを優先しているのでしょうか?毎年新しいものを買ってもらうというビジネスにもなっています。


コート類でも民生用とは厚みが全然違います。案外ヨーロッパのものって防寒性が無いのです。
ヨーロッパのものでも東京に行くと十分すぎます。よくサラリーマンがペラペラのコートを着ていますが混雑した電車内などではちょうど良いのでしょう。

一度知ってしまうと戻れないです。
弦の太さを測る器具を持ってデパートに行って厚みを測りたいですね。
嫌な客です、やめておきましょう。


最近の服は特にヨーロッパのものはピチッとしています。
ゆったりしてる方が暖かいのです。
楽器もゆったりしてる方が音響的に有利と考えています。特に小型の楽器やアーチが高い楽器ほどその傾向は強いでしょう。演奏には気難しさが無くなり融通が利く豊かな音の楽器になると思います。


気難しいと言えばバロック楽器です。



チェロのニスを塗っています。
一日に一回塗ることができて一回では微々たる変化しかありません。
色をものすごく強くしてしまうと、ちょっとこすれるとすぐに色が剥げてしまいます。そういうものはあります。気長にやるしかないです。後で保護用に無色のニスを厚く塗るという方法もありますがそれをやると量産品っぽくなります。量産品はスプレーで分厚くクリアーが吹き付けてあるものがあります。ポリッシングマシーンなどを使っても削りすぎないのです。

弓職人の話を聞きました。
量産品は金属の部分も機械で磨いてあるのでそれが分かるのだそうです。

工業技術からすると機械で磨いても手で磨いても変わらないはずです。それによって演奏に影響もないはずです。しかしそのことによって値段が少なくとも倍くらい違うのです。有名な作者であればもっと違います。

他にも製造に使った機械や道具の違いの痕跡によって年代や量産品か見分けられるそうです。
純粋に製造技術が時代によって違うのです。



普段の暮らしで何から何まで手作業で作られたのものを買うことはあまりありません。値段が高すぎるからです。だからこそ何年経っても価値が減らない、それどころが価値が上がるのです。昔は安かったと聞くと買っておけばよかったと思うのですが、当時もすでに高かったのです。だから数が少なく貴重なのです。私は詳しくありませんが、時計なんかも中途半端なものじゃなくてとんでもなく高い物は価値が上がるそうですね。金持ちが無駄遣いしてさらに儲かるとなると貧富の差が広がります。職人にとってはありがたいのですが・・・。


それに対して現代の工業製品はその新しさにのみ価値があります。
開封した時点でガタ落ちです。



ただし弦楽器は偽物が多いので危険です。
私は気に入ったものを買うことをお勧めします。
昨日も母親と娘がチェロを探していました。母親は「自分が気に入ったものを買うのが一番だ」と言っていました。どこでそんなことを教わってくるのでしょうか?予算の中で試奏しているわけですが個々の楽器の値段を教えようとしたらさえぎって「値段は伏せておいてください」とおっしゃるのです。公平に商品を評価しようという基本的な姿勢があります。風雅の道を極めたような人ではなくごく普通の母親です。


バロックチェロのf字孔




前回の白木のチェロでもそうでしたが、裏板や表板の仕上げをやり直し、コーナーや輪郭も整えます。ネックが付いていないと作業がしやすくよりきれいに仕上げることができました。ただしやりすぎると板が薄くなりすぎてしまうので完全にはできません。



今回メーカーに特別に注文したことはf字の穴を開けないでもらいました。
f字孔は非常に難しい上に見た目では楽器の顔になります。印象に強く残ります。
量産品で満足することはまずありません。それほど至難の業なのです。


今回はストラディバリのモデルということでストラディバリの中から選びました。比較的若いころの丁寧な感じが今回のイメージです。難しい点がいくつかあります。

①オリジナルのf字孔は細すぎて魂柱が入らない
②写真から起すとアーチの立体の分だけゆがむ

この二つの問題があるためストラディバリの写真からそのまま型を起こしてもうまくいきません。立体の誤差に関して初心者の職人なら写真から型を起こしてもその型の通りに穴をあけるほうが下手に修正するよりも美しいと思います。そのため現代のストラディバリコピーではよくある独特の雰囲気になります。十分な腕前ならそれはそれで美しいです。ただし誤差があるので実際とは違います。アーチがフラットであるほど誤差は小さくなりますので現代なら無視しても良いです。しかし私の場合には高いアーチの楽器を作ることが多く誤差が大きすぎてどうにもなりません。

そこで実際の表板に紙をあてがって製図しました。私はフリーハンドで描いてしまいます。これは絵を描く能力が重要なので苦手な人は逃げます。自分で一切デザインができなくても型を譲り受けたりコピーしたりして楽器を作ることができます。現代の工業デザインならコンピュータの操作でデザインができます。


形のバランスを見ながら修正していきます。ストラディバリらしさを残しつつもバランスを整えます。もちろんf字孔が入るように真ん中を太くします。アーチによる誤差もこれくらいだろうと予想して目視で修正しました。将来同様にモダン楽器も作る可能性があり、型を使用できるようにするためです。

このように鉛筆で描いても実際になると印象が変わることがあります。大きさが全く違って見えるのも不思議です。しかしながらここで完成度が高いほど後で危険が減ります。


チェロではその大きさだけでなく木の材質がとても加工が難しいのです。年輪の幅が太いので木目が荒いのです。硬い所と柔らかいところが交互に来るのです。

のこぎりで切った後はナイフで進んでいきます。

最終的にはこのような感じになりました。やってみて思ったことは当然左側は型がしっくりきます。左側を元に作図したからです。それに比べると右側はおかしく見えます。現代のストラドモデルの場合にはもう少しヴァイオリンのようにすることが多くあります。ヴァイオリンの場合には丸いところの直径が小さく周囲の形も違います。厳密に見ていくとよくわからなくなっていきますが、パッと見た感じで明らかに工場で作られたものよりきれいな感じがします。

バロックならではのポイント

バロック時代にf字孔が細かったので今より細い魂柱が使われていました。しかし細い魂柱は不安定であり、いつかモダンに改造する可能性も考えf字孔は現代の最低限の太さのものが入るようにしました。

それに対してバロックらしいものはバスバーです。
バスバーは現代のものよりも小さいということが言われています。じゃあどの寸法が正解かというと決まっていません。昔は人によって違ったからです。
わたしはなんとなく「こんなもんだろう」と大きさを決めました。実はこのような感覚こそが昔の楽器作りの流儀なのです。コントラバスは今でもそんなところがありますが、ヴァイオリンでは0.1mmまで寸法が決まっている流派もあります。そうなると出来上がるものも全然違ってきます。



バスバーを付けるのは小さいから材料が節約できると思うかもしれません。しかしあてがって接着面を確認するのに指が届かないので初めは現代と同じ長さで合わせてから短くします。

これが正しいかどうかなんて誰にもわかりません。私がこんなもんだろうと思うだけです。

バスバーは表板の柔軟性を決めるのに重要な役割を果たします。表板のアーチや厚みもそうです。それらが一体になりますが、バロックの駒は現代のものよりも硬く剛性が高いので柔軟性に欠けます。そのため表板に柔軟性が必要になると考えています。もし表板の柔軟性が不足すればひきつったような嫌な音になるはずです。ガット弦は低音は現代のスチール弦に比べると甘く鈍い音になるのに対して高音は鼻にかかったような荒れた音になります。よくガット弦は自然素材だから音が柔らかいと考える人がいますが低音はそうですが高音は荒々しいです。ヴァイオリンなども同じです。最も柔らかいのはナイロン弦です。人工素材のほうが柔らかいです。冒頭の話につながってきましたね?

そのためバロック楽器できれいな音を出すためには表板に柔軟性が必要です。バスバーはバロック用でなくてはいけません。モダン楽器にバロック駒を立ててガット弦を張ると酷い音になることが多くあります。柔軟性のバランスがおかしいからです。その場合は駒はモダン駒を使うべきです。モダン駒と同じような強度でデザインだけバロックっぽくしたものがあります。なんちゃってバロックチェロの完成です。モダンになっても20世紀の初めまでは裸のガット弦が使われていましたのでガット弦というのはモダンでも成立します。バランスを取るにはモダン駒が良いと思います。


バスバー以外にも楽器のキャラクターとしても荒々しい高音のものはより荒れた音になります。
したがってザクセンのような荒々しい音のする安価なモダンの量産品に試しにバロック駒とともにガット弦を張るのは最悪なのです。試しにやってみても本格的にやることは無いでしょう。
私はバロック用には上質な楽器が必要だと考えています。モダンは荒々しい音のものでもなんとかなります。


問題はどんな音が良い音なのかという点です。
これはバロックに限りませんが、荒々しい音こそバロックらしいという人もいるだろうし、ナイロン弦のようにスムーズなほうが上質ということもできます。演奏者の好みの問題になってしまいます。

私が作る楽器は音が柔らかいのでバロックを作っても嫌な音にはなりにくい方です。うちで依頼している量産メーカーもそのような傾向のものですので、私が仕上げればガット弦の粗さは抑えられると思います。良いか悪いかは好みの問題です。



板の厚さもオールド楽器のように薄くしました。前回もそうでしたがさらに薄いです。弦の力は弱いので耐えられるでしょう。


これも柔軟性に影響します。それとともに低音の出やすさに影響します。ガット弦は太い豊かな低音になります。スチール弦のほうが角のあるギーという音なのに対してガット弦はもわっとした音になります。はっきりしません。しかし教会のようなところではよく響いて以前私が作ったものはバスのようでした。

楽団として活動すれば通奏低音を担当することもあるでしょう。低音楽器という位置づけになることも考えられます。モリモリ低音が出るチェロになることでしょう。


まだまだ続きます

張りの弱い弓、弱い張りの弦、硬い駒、柔らかいバスバーと表板…これらのバランスが取れたときにバロック楽器がうまく機能するとイメージしてください。

音響的にモダン楽器との違いをもたらすのはこの点です。

それが「こんなもんだろう」という感覚です。
このようなイメージが何となくできるようになってきました。
バロック楽器は一度途絶えてしまったものなので誰も正解を知りません。
もちろんモダンもそうですがバロックになるともっとわからないです。
同じようなものなんだから弦楽器職人なら作れるだろうと思うかもしれません。古い布地の使い方を現代のメーカーは知りません。製造技術は失われると分からなくなってしまうのです。
ヴィオラ・ダ・ガンバを簡単に作ってくれなんて言われても困ります。私にとってはまた全く違う世界の始まりなのです。

人間は自由なようでいてその時代によって選択肢を決められているのです。



次はネックの話ですが、音ではなくて演奏技術に影響してくることです。逆に言えばモダン楽器がどのように改善されたかということが分かります。