ビオラ製作で見るクオリティと木工技能【第1回】横板と裏板にカンナをかける | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

新シリーズが始まります。
小型のビオラを作る作業を通じて各部分ごとにクオリティについて考えていきます。
クオリティは技能に直結するため本格的に木工教室になりますが、クオリティついて知りたければこのような話を理解するしかありません。





こんにちはガリッポです。

先日はお祭りがありました。
お祭りといっても神社も教会も関係なく市が主催する祭りです。
日中は暑くなるので午前中に出かけるとまだ準備段階でした。
ビアガーデンのように広場で酒を飲んだり屋台で食べ物を売ったりしています。

それに付き物なのは音楽です。
バンドの演奏はジャズ、ロックなどがメインです。広場にはDJブースがあり若者が踊っています。クラシックなどは老人の聞くものでしょうが、老人もプレスリーやビートルズで踊っています。私は職業がら、お客さんの多くはクラシックファンですが実は例外的なのです。

祭りでも何かメインの行事があるわけでもなく町中で飲み食いし音楽が演奏されているのです。

小さな町では伝統的な祭りがまだあって民族音楽も演奏されているようです。
ちょっと街になると失われてしまったようです。



さて、安価なチェロは板が厚すぎるものが多いということでした。
メーカーや職人はみな最善を尽くしてその上での出来栄えや音の良さに差があるのではなくて、真剣に作っていない手抜きの製品がたくさんあるということです。


先日チェロ教師と生徒さんがチェロを選んでいました。すべて量産品です。
一番安価な中国製のものは初めにちょっと弾いただけで除外されました。
中国製とは言っていませんし、メーカー名はドイツのものです。

ひどくなければ何でも良いと言っていますが実際酷いものです。


板の厚い楽器は明るい音がするのですが、それだけでなくゆとりが無いように思います。
楽器全体が硬いので楽器がガチッと固まっている感じがします。接着剤で固められているようです。

薄い板の楽器はゆったりとして楽器全体が自由になっている感じがします。

1960年代のドイツ製のチェロがありました。50年経っています。
さすがに音は出やすいです。例によって板は厚いものです。

それに対して薄い板で柔らかい音のものは手応えが弱く感じます。


最新の機械で加工された板の薄いものと比べると音は出やすいですが、やはり厚い板の感じはします。総合的に見て最新のもののほうが教師にも生徒にも高く評価されていました。古い方が音が出やすいということは言えます。しかし必ずしも古い楽器を購入したほうが良いとは言えません。うまく作られていてキャラクターが好みに合うことが大事で、その上で古ければより良いということです。しかし現実に選択肢として古くて良いものを探すのは難しいです。一長一短で迷うくらいであれば新しい物の方がこれから伸びてくるでしょう。




さらに薄い板の楽器にも硬い音のものと柔らかい音のものがあります。
なぜそのような違いができるのかは楽器を調べてもわかりません。分かりたいですがわかりません。

硬い音のものはパッと弾けばすぐに強い音が出ます。角のある刺激的な音だからです。
チェロ教師の方は「すぐに限界に達してしまう」と言っていました。いきなり強い音が出てそれ以上になって行かないのだそうです。それに対して柔らかい音のものは「限界が先にある」のだそうです。弾き方によって音を引き出せるというのです。演奏を聞いていても表現力があって歌うように聞こえました。

初級者が「鳴る楽器を探す」という探し方をすると硬い方を選んでしまうかもしれません。教師の方によれば底の浅いものだそうです。程度の問題であまりにも音を引き出すのに苦労する楽器はやはり上級者にも好まれません。


先生は分別のある方というか、自分の好みを生徒に押し付けてはいませんでした。自分が感想を言う前に生徒やその家族に意見を聞いていました。良い先生ですね。

もうひとつ面白いのは最後に選ばれたチェロと同じメーカーの同じモデルのチェロがしょっぱなにはじかれていました。同じモデルで機械で同じように作られているのに一方は真っ先に除外されてもうひとつは高く評価を受けました。それくらい微妙なものです。



もう一つチェロの話です。
アマチュアのベテランで親しいお客さんがいます。お父さんは名門オーケストラで弾いていたそうです。

仲間とアンサンブルを楽しんでいらっしゃるのですが、バロックの人達と演奏することになったそうです。チェロではスチール弦が主流で音の系統が違いすぎるということで相談を受けました。

プロのバロックチェロ奏者ではありませんから、バロックチェロを使うことを薦めはしませんでした。いくつか持っているチェロの内一つをバロックアンサンブルで使えるようにということでした。

私が考えたのはモダンチェロの弦だけガット弦にするというものでした。
バロックチェロに改造するのはお金がかかりすぎるので駒と弦だけ変えるという意見もありましたが、モダンチェロに本当のバロック駒を付けると音はひどく刺激的になってしまうでしょう。バロックチェロは専用の弓、ネックの取り付けやバスバーなど楽器全体がうまくバランスすることによってナチュラルな音になります。私ならチェロの作風からバロック向きのものを作ります。

おかしなバランスにするくらいならガット弦を張るだけにした方が良いでしょう。ガット弦もモダンの時代になっても使われていましたからバランスはおかしくないはずです。

裸のガット弦か金属を巻いたものかという選択をしなくてはいけませんでしたが、皆で話し合った結果初心者向きにということで金属を巻いてあるピラストロのオイドクサを張りました。

ベテランのチェロ奏者でもガット弦を張って弾くとびっくりしていらっしゃいました。
低音は丸く穏やかでコシがありません。高音は鼻にかかった音です。張ってすぐの時は低音は鈍くこもった音で、高音はヴィオラ・ダ・ガンバのような音でしたが、半日くらいして弾くとずっとまともな音になり低音は深みのある音色になりました。その後どうなったかはわかりません。スチール弦のように強く角のあるような音ではありません。

ヴァイオリンならナイロン弦からガット弦にしてもそれほど大きな違いは無いでしょうが、チェロのスチール弦とガット弦は大きく違います。


まだまだ触り始めたばかりでしたが、ガット弦のほうが駒の近くと遠くを弾いたときの音の差が大きかったり「操作」する部分が大きくなるようです。ちょうどオートフォーカスのカメラのように手軽に綺麗に弾けるのがスチール弦と言えます。ガット弦は昔のカメラのマニュアル操作のようです。

まずガット弦の場合にはペグを使って調弦をしなくてはいけません。ヴァイオリン奏者の人は当たり前と思うかもしれませんが、チェロの場合にはスチール弦が一般的なためテールピースについているアジャスターを使うことが多いです。ペグで調弦したことがないという人がほとんどです。

ペグはテーパーがかかっているので奥に押しこめがきつくなり、浅めにすれば緩くなります。調子の良いペグというのは緩くても弦に引っ張られて回転してしまわないものです。悪い状態のペグは勝手に緩んでしまうか、硬すぎて動かないかです。

これは天候によって変化します。毎日ペグを使っていれば季節が変わっても常に調整されています。しかしペグを使ったことがないときつくて全く動かなくなってしまったり、弦がゆるゆるになってしまったりします。

そこでチェロをお買い上げの方は「欠陥品だ」とお怒りになるわけです。
普段からペグを使っているヴァイオリン奏者の人はそんなことは無いと思いますが。

私もヴァイオリンを持って帰国すると急に気候が変わるためにケースを開けたら弦が緩んでいたり、ペグがきつすぎて動かなくなったりします。



そんなわけですからチェロでガット弦に変えると調弦から練習が必要です。
ガット弦は調弦が狂いやすく耐久性も短いのでデリケートなものです。昔のカメラのようです。
「マニュアル操作」に楽しみを見いだせる人は面白いかもしれません。

金属を巻いてあるものから裸のガット弦になればさらにデリケートになります。
ひとまず初心者として金属巻のガット弦を試すことにされました。


音の特徴をおさらいすると全体的に音は弱く、低音はマイルド、高音はハードでした。「ガット弦の音」と一概に言えません。特に高音は自然素材だから優しい音ということはありません。

テールピースはアジャスターが要らないので、アジャスターのついていないものに変えました。ガット弦のほうが駒が高めである必要があります。振幅の幅が大きいので指板を叩いていまうことがあります。今回はそのままで大丈夫でした。


スチール弦は新製品が出るごとにマイルドになっています。
ヴァイオリンのE線もその傾向ですから、50年前とは評価される楽器も変わってくる可能性があります。かつては「ひどい音」とされていたようなものでも「力強い音」と変わってくるのです。それくらい弦楽器の良し悪しを定めることはできないのです。

刃を研ぐ

楽器作りを始めて一番最初に取り組むべき課題で、数か月で習得できるものではありません。

基本は・・・

上のように研ぐ面が平面になっていることです。

下のようなものはダメです。わざとそうするケースもありますが基本はまっすぐです。
研ぐときにはを保持する角度が一定でないとこのようになってしまいます。

上の図で刃先が鋭くなっているのが分かると思います。
下のようになっていると刃先は砥石に押し付けられグチャッと潰れたような研ぎ方になっています。過去にこうなってしまったものなら研いだつもりでも刃先が砥石に当たっていないかもしれません。

刃を裏返して使用する場合にも材料に刃先が当たりません。

砥石に対しても加工する材料に対しても同じです。
丸くなっていると刃先が材料や砥石に当たりません。当てようと思うと角度を持ち上げる必要があります。不安定ですから角度を持ち上げすぎると深く彫れ過ぎてしまったり、砥石で刃先をつぶしてしまったりします。

このようなノミで彫っていると一定の深さで彫ることが難しくギッコンバッタンと波打ったような彫れ方になります。深く食い込んでしまうと木材が割れたりすることもあります。そのようなタッチは楽器のガチャガチャした雰囲気につながります。上ならツーっと一定の厚さで彫ることができます。

このようなことはすべての基本です。
ローラーのついた治具を使えば平らな刃では常に一定の角度にすることができます。
しかし、丸い刃やナイフでは治具を固定できません。刃を研ぐクオリティがカンナや平のみと丸のみやナイフと違うと得意な道具と苦手な道具が出てきてしまいます。

平らな刃を真っ直ぐに研ぐのはすべての基本で治具を使わずに毎日やっていると数年後には大きな差になります。手には砥石のざらざらとした感じが伝わってきます。砥石も平面にしていないと掘れて行って面が狂ってきます。それも素手でやっていれば感触でわかります。ローラーを使ってギュウギュウ押し付けていると刃先をつぶしているように思います。

私の使っている刃物をお手本としてヴァイオリン製作学校に持って行ったことがありました。
生徒に見せるのではなくて指導者に見せるためですよ。それくらい研げる人がいないのです。

職人を採用するなら刃を見ればわかります。
刃がちゃんと研げていれば任せられる仕事が必ずあります。
いくら口で良い事を言っても好印象でも刃が砥げないと仕事を任せられないので営業か事務に行ってもらうしかありません。

カンナをかける

カンナを使ううえで一番重要なのはカンナが正しく調整されていることです。

私が本気で取り組んだのは職人になって10年くらいしてからです。
それまではその場しのぎの方法でやっていました。
カンナを正しく調整するメリットは計り知れません。

横板にカンナをかけています。ポイントはちょっと斜めにすると繊維を切っていく感じになります。トマトでも包丁を押し付けるとつぶれますが斜めに切り込んでいくとすっと切れます。皮で滑るようでは包丁が研げていません。テレビショッピングではそのように切っています。

このようにカエデの場合には杢(もく)が深く入っていると縦方向にカンナをかけると割れてしまいます。良い材料ほど難しいわけです。男子なら技術家庭で習っているはずですが専門的に言うとカンナは逆目に向かって削ると割れてしまうのです。杢は繊維が波打っているため逆目と順目が交互に連続しているので逆目が現れるのです。

一般的にはこのようなブロックプレーンという西洋のカンナを使います。刃を鋭く研ぐことと削りくずを薄くすることである程度防ぐことができます。写真のものは100年以上前に作られたもので今は形が違いますが仕組みは同じです。

私が横板を削るのに使っているのはずいぶん大きなものです。これも西洋のカンナですが、ベンチプレーンという大型のものです。優れている点は刃の幅が広く横板の幅よりもずっと広いことです。


カンナの刃は横方向にはわずかにラウンドさせて研ぎます。上のように真っ直ぐだと刃の角で削った面に段差ができてしまいます。このようなカンナで板を削るとひっかき傷だらけになります。
下の図のように少しラウンドさせて研げばその心配がありません。カンナの刃の幅一杯は使えないのです。真ん中付近しか使えないのです。このような幅の広いカンナであればビオラの横板も余裕です。ビオラの横板は初めは余裕を見て4cm程度ですがカンナの刃が6㎝ありますから問題ないです。ブロックプレーンでは4cmしかありません。斜めにして使うとさらに狭くなります。

ラウンドが強すぎてもいけません、削りくずを薄くすることが割れを防ぐコツですがそうすると削れる範囲が狭くなりすぎてしまいます。削った面も深くくぼんで道路の「わだち」のようになります。図は大げさで肉眼ではわからないくらいです。


カンナの長さも大事です。

短いと多少の起伏にカンナが沿って動きます。横板の場合は面は必ずしも完全な平面である必要は無く厚みが一定ならいいです。フニャフニャなので平面を確認することもできません。横板は薄くたわんでしまうので長いカンナだと作業する台の形にしか削ることができません。台が完全な平面でなければ厚みにむらが出てしまいます。

このような短いカンナは一般の木工では表面を仕上げるためのものです。スムージングプレーンと英語では言います。
西洋のカンナは日本のものに比べて刃の取り付け角度が急になっています。これも割れを防ぐのに有効です。オプションでさらに急な角度のパーツに交換できるメーカーもあります。この辺が近代的な西洋カンナです。逆に日本のカンナは軽い力でスッと削ることができます。西洋のカンナは力で押し切っているような感じがします。日本ではヒノキや杉など柔らかい木を削ることを主に考えられています。桐タンスなんて日本の良いカンナで削ったら気持ちいいと思います。しかし弦楽器に使うのはややこしい木材でこれらだと割れてしまいます。刃を極限まで研げば割れを防げるかもしれません、私は挑戦したことがありません。構造的に割れを防げるようになっている西洋カンナは合理的です。もちろん西洋にも低い角度のものがあります。抵抗が少ないので軽い力で削れる反面、逆目に弱くこのようなケースでは割れてしまいます。


もう一つ優れている点はこれです。

右側は西洋カンナの刃で左側のものを裏金と日本語で言います。裏金と言っても何か不正をしているわけではありません。お金を払っても木材は言う事を聞いてくれません。英語ではチップブレーカーと言います。逆目で割れを防ぐためのものです。明治時代に日本にも導入され日本のカンナにも装着されるようになりました。

裏金を刃先に近づけると刃の取り付け角度をさらに急にしたのと同じような効果が得られます。



「できるだけ大きな道具を使え」というのが基本です。
大きな道具なら加工した面がグラつかないのです。

しかし大きな道具はそれを使用する難易度が極端に上がります。たった1㎝のカンナ刃の幅の違いがとんでもなく使用を難しくします。刃を研ぐ難易度もそうです。私が日本刀を見て驚くのは刃を研ぐのがいかに大変か知っているからです。

さきほどカンナの刃をラウンドさせて研ぐという話でしたが、カンナの台がラウンドしていたら同じことです。こちらはまっすぐになっていなくてはいけません。

一般的に言われている方法は平らな板の上にサンドペーパーを敷いてその上でカンナ前後させるというものですがこのような方法では弦楽器製作に使えるレベルにはなりません。


詳しくは割愛しますが、刃の手前の部分が接地することで木を押さえつけて割れを防ぎます。
元々新品を買うとこの部分が少し浮いていて木に接地していません。高級品でもです。
それ以外のところを削ってくぼませる必要があります。そうしないと接地しません。
サンドペーパーを使う方法では角が丸くなっていって逆の方向になってしまいます。余計なところが接地して刃先の手前が接地しないのです。

重要なのはカンナの底面です。

黄色で囲ったところが木材に接していると割れを防ぐことができます。ということは刃から前方の面の中央が木に当たっていてはいけないことになります。理屈上は完全な平面でもOKですが黄色の部分を確実に木に押し付けるには面の中央は浮いているほうがいいです。

新品で買った状態ではこの黄色の部分がくぼんでいて浮き上がっているので木材を抑えることができません。ですからそれ以外のところをすべて削って一段下げる必要があります。木工をやるのに金属加工が必要になります。サンドペーパーを使う方法だとうまくいきません。周りが削れて一番木に当たってはいけない面の中央が高くなります。黄色のところは宙に浮いたままです。


このようにカンナが使えるようになっていると少し厚めに削っても割れることがありませんし、幅が広いので何度も往復する必要がありません。小さなカンナでは厚みにむらでき部分的に厚みが変わってしまいます。あらゆる箇所の厚みを計って厚いところだけ狙って削るという作業が必要になります。大きなカンナなら広い面積を均一に加工できます。ざっと通してかけるだけでいいので作業の効率がずっといいのです。


刃の鋭さに頼っていると作業をしているうちに徐々に切れ味が弱くなってきてしまいます。切れなくなってくるので刃を少し多めに出すとボロッと割れてしまうのです。



このようなカンナが無い場合

こんなに状態の良いカンナを使っている人は私くらいのものですから別のやり方があります。

量産工場であればそもそも機械を使います。台に電動の回転式の刃がついているものでしょうか?仕事は甘いものです。量産品をよく見るとひっかき傷が罫線のように入っています。

手作業ではカンナに刃先がギザギザになった刃を取り付けることができます。熊手でひっかくように、細い線の連続で削っていくので抵抗が少なく割れにくいのです。このままでは仕上げられません。そのあとでスクレーパーを使ってひっかき傷を削り取ります。

スクレーパーを多用すると厚みにはむらができるし角は丸くなるしグズグズになります。イタリア的と言えばイタリア的です。

本当に良く切れる上手く調整されたカンナを使うか、スクレーパーで表面を削って仕上げるかどちらかいしないと表面がボロボロ割れたものになります。スクレーパーは一度に削る厚みも薄く、すぐに切れなくなってしまうので作業効率はあまり良くありません。その上仕上がりが正確ではありません。

調子の良いカンナがあれば仕上がりは美しく正確、その上時間もかからないというものです。少しでも調子が悪いカンナならすぐに割れてしまい全くその作業ができずスクレーパーに頼るしかありません。

うちの職場にも同じサイズの高価なバージョンのカンナがありました。
とても重く調整がされておらず使いにくいもので荒削りにしか使用できませんでした。私のものは5000円くらいで中古で購入したものです。スタンレー社によって1950年くらいにイギリスで作られたものですがその後使われなくなり眠っていたようです。60年代にモデルチェンジすると品質が低下し
その後は現在に至るまで品質が右肩下がりです。スタンレー社の新品を買ってはいけません。戦前のもののほうが骨董的な価値は高いでしょうが摩耗が激しく道具として使えるようにするにはかなり手間がかかります。1920年代のものは骨董的な価値の高い物ですがそれでも2万円くらいです。木工工具なんてのは使う人がいないのでいかに良いものでも値段が付きません。

それでも面白いのはアメリカやイギリスの人たちはそれらを大事にしていることです。
スタンレーはアメリカのメーカーで量産工具なのですが使い手によっては優れたものになります。イギリスにはインフィルプレーンというもっと高価なものがありますが重いもので使い勝手の良いものではありません。

スタンレーのカンナが面白いのは初めはガラクタとして眠っていたどうしようもなく使い物にならないものを直していくと最高の道具になっていくところです。


買うのは簡単です。問題はそれを修理して使えるようにすることです。私はその作業が楽しくて鉄工を楽しみますが、やり方を教えても誰もやりません。ほとんどの人にとっては無駄な作業のようです。職人の仕事の面白さを分からないようです。

そのくせカンナを貸してくれと頼まれて嫌になってしまいます。
調整法を確立するのは手探りでどれだけ試行錯誤したか、完成形を試すことができそれをタダで教えるのにやらないのです。




やってみて失敗を重ねることで何に気を付けなくてはいけないか分かるようになります。
良いものについて知ろうとするなら経験が大事です。
インターネットは教えてくれません。

このようにきれいに仕上がりました厚みもかなり正確になっています。カンナで一回に削れる厚みが0.01mmくらいです。10回カンナを通すと0.1mm削れるというくらいの感じです。ものすごく正確である必要はありませんが誤差はプラスマイナス0.05mmには入っています。古い楽器なんかを見ると正確さはどうでもいいんですけど。

大事なのは表面に割れが無いことです。
普通はスクレーパーで最後の10分の何ミリかを仕上げるのですがその必要はありません。

平面に加工すること


目標ははっきりしています。表面に割れが無い事。板が完全な平面になっていることです。

作業の効率を高めるには段階に応じてふさわしい道具を使う必要があります。

どんな作業でも荒削りから仕上げに移るまでの流れがあります。荒削り直後にサンドペーパーをかければ仕上がったような気になります。上手い職人はこの時に形を作っていくのです。ストラディバリがすごいのはこれです。仕上げだけ念入りにやれば良いというものではありません。

昔と今が違うのは荒加工は機械が担当することです。したがって職人は仕上げの欠点のなさに注力し腕の良さをアピールします。古い時代は荒い加工が大変でしたが、荒い加工ほどその人の造形センスが発揮されるのです。荒加工の段階で勝負はついています。機械で荒加工を施せばいくら仕上げを入念にやっても機械で作った楽器なのです。

現在でもフリーハンドの造形力に優れた職人は少ないです。

「手作り」という言葉には定義が無いため機械で荒加工し、サンディングマシーンで表面を仕上げても「手作り」と名乗ることができます。サンディングマシーンを操作したからでしょうか?



裏板や表板を平らにするのはセンスというほどのことはありませんが、すべての基準になるもので、効率的にかつ正確に加工するにはカンナの調整が何より大事です。板を平らにするだけでも楽しめる世界があります。そこに楽しみを見出さない人はやっつけ仕事で次の工程に移ります。そのような職人の仕事は一見仕上がっているように見えますが、わだちのようなくぼみが並んでいます。

板を平らにできる能力は他の部分でも生きてきます。
平らにできるということが重要なのです。
あまりにもデコボコがあれば横板と接着面がしっかりくっつかず剥がれやビリつきなどの原因になります。そのような楽器はしょっちゅう接着しなおす必要があります。修理で接着面を平らにしようと思ったら裏板や表板の周辺に新しい木をすべて貼りつけて削りなおす必要があります。

縦、横と直線定規を当ててみるわけですが、斜めも重要です。
対角線に歪みがあると横板を張り付けたときに楽器がねじれていきます。板が平面でも裏板は年月の間に曲がってくることがよくありねじれている楽器はよくあります。ただ作っている段階ですでにねじれているとしたらつじつまは合わなくなってきます。

平面を加工するということは品質の基本です。
造形のセンスはカーブに出ます。造形センスは無くても品質さえしっかりしていれば実用品としてはトラブルも少ないはずです。

それはカンナが正しく使えるということが極めて重要です。
大きなカンナを使いこなせるということがクオリティに置いても作業の効率に置いても有利なのです。
オールドの名器がみなそのようなカンナを使って作られたかどうかはわかりませんが、楽器のクオリティについては確実性が求められる部分があります。とくに修理で新しい木を継ぎ足したりする場合に接着面が完全な平面と平面であれば確実に接着できます。このような仕事は絶対に確実な方が良いです。芸術性ではなくて単純に「技術的な仕事」と私たちの間では言っています。

仕事には美しい造形をする仕事と確実な加工をする仕事があります。
さらに音響的な構造と演奏上の使い勝手に関わる部分もあります。

鉄製のカンナは珍しいように思うかもしれませんがストラディバリの時代には金属の底に木材を組み合わせたカンナがありましたし、小型のカンナは金属製でした。さらにローマ時代のもので底が鉄のものが出土しています。


管楽器の修理を習っている人が初めのころにやすりを使って木材の板を平面にするのを練習していると聞いたことがあります。そんなのはカンナを使えば一発なのに馬鹿げていると思いました。


金属加工でも最初にやすりを使って板を平面にする技能はあるでしょう。技能五輪にもその種目がありますね。面白そうですが、鉄製のカンナの底を加工するのもそれに近いものがあります。

管楽器ではやすりを使うという基本的な技能を身に付けるためなのでしょう。木材ならカンナを使えば一発です。初めは一発ではできませんが。


やすりは難しい道具でこれも奥が深いものです。
刃物を使うのが下手な職人はすぐにやすりを使おうとします。
ズルい人はすぐに使いたがるので指導者は「やすりは使うな」と厳しく言う必要があります。なぜかと言うとやすりはすごく難しいので刃物でまともに加工できない初心者が手を出す道具じゃないです。失敗するとただグズグズになります。有効に使うととても効果的なものです。
形を刃物で作って表面をやすりでならすのです。

未熟な人は形が見えておらず、形ができていないのにやすりを使うのでグズグズになるのです。たとえば駒を横から見るとは脚を厚く上の方を薄くします。やすりを多用する人は徐々に薄くするのではなくて弦の近くだけ急に薄くなっています。安い楽器で工場で完成されているものは皆そうです。形が作れていないのに仕上げだけ行って良くできたと思っているからです。これは音に影響があります。


カンナをうまく使うことは弦楽器職人として最も基本的な能力ということができます。
その上で造形センスのある人はフリーハンドで美しい形を作っていきます。

基本すらできていない職人の楽器はクオリティが低いということになります。

工場製品では面があっていなくても木工用ボンドで隙間を埋めながら接着していきます。
それがクオリティの差です。



特にチェロを作る場合には調整されたカンナを持っていることは大きな差になります。正確で仕上がりが良く仕事が早いのですから。私はどちらかというとストラディバリの様なフリーハンドの造形に興味がありましたが、チェロを作った時に「これじゃダメだ」とカンナに取り組むようになりました。大きな西洋カンナが理想的に機能するかどうかさえもわからない中やってみたら使えるところまでたどり着きました。インターネットで英語の木工マニアのフォーラムを見て「○○でやってみたけどうまくいかなかった。どうしたら良いか?」という問いかけがあり、それに大してまともな返事はありませんでした。そのため自分で試行錯誤しました。

「物知り」の先生が指導するのは板の上にサンドペーパーを敷いてごしごしやる方法です。絶対にそれでは私が求める水準にはなりません。専門家気取りしている人の多くはそんなものです。


カンナは調整が中途半端だと平面の完成まで持っていくことができません。完成まで持って行けなければ直線定規を当ててデコボコの出っぱってるところだけを狙って小さなカンナで削っていく必要があります。その方法だとさらに小さなデコボコができるだけなのです。デコボコが分散しているだけです。ザ~っと通しで端から端までカンナを通すと自動的にその幅の平面が出来上がっているとはるかに効率が良いです。刃の幅が広いほど一回に平らにできる面積が大きくなります。そのようなカンナを使いこなすには難易度が劇的に上がります。

初めのころはこんなカンナを持っていませでしたから弦楽器を作るのは今よりもずっと難しかったです。初心者でも私のカンナを借りるのと自分でカンナを仕立てるのでは板を平らにするという難易度がまったく違います。

逆に言えばチェロを作らないなら大きなカンナが無くても一生職人は続けられるということになります。職人としての覚悟が問われると言えるのではないでしょうか?


今回のビオラに使うのは柾目板の一枚のものです。とても古いもので40~50年は経っています。注文生産なのでとっておきの木を使います。

大変に質がよく美しいものです。古いので色も少しついています。
ビオラの場合には大きいので一枚板でもアマティなどのオールド楽器で端っこをちょっと足してあったりします。この板は一枚でビオラが作れますから大きさも十分です。

新シリーズ

こんな感じでかなり本格的に木工技能を解説しクオリティについて説明していきます。これまでも随所には出てきましたが、本格的にやります。音楽家の皆さんはあまり興味が無いだろうということで避けてきた分野です。

ほかの話題も入れていきますのでお付き合いください。