
こんにちは、ガリッポです。
まだ試奏等募集しています。
次の記事からお願いします。数年はヴァイオリンは作らないのでこの機会を逃さないようにしてください。予定が決まっていなくてもとりあえず手だけ挙げておいてください。キャンセルは自由です。
さあ、小ネタが色々たまっています。
まずはチェロの話から
以前戦前のザクセン州のヴァイオリンについて、ニスがラッカーなのを除けば作りには全く問題が無く品質も良いものだと紹介しました。イタリアなど下手なハンドメイドの楽器よりよくできているということでした。
このようなチェロがあればとても魅力的だと考えていましたが、どうやらなかなかそうもいかないようです。戦前のザクセンのチェロがいくつか修理に来ました。見た感じヴァイオリンと同様に良くできていて雰囲気の良いものでした。
ところが持ってみるととても重いのです。
そこで板の厚さを測るといずれもとても厚いものでした。
残念なのは外観はよくできているのに板の厚さが厚すぎるのです。
この原因は板を薄くする作業に時間がかかるので手を抜いたためだと考えられます。戦前は手作業だったからでしょう。板を薄くするほうが労力がいるのです。
戦前のチェロなら修理代が100万円くらいかかるのが普通です。板が厚すぎるとなると修理する値打ちがあるか迷ってしまいます。板を薄くするように改造すれば良いですがさらにお金がかかってしまいます。
ヴァイオリンは文句の無いものが多すぎてどれを選んでいいかわからないのが難しさなのに対して、チェロは良質で安価なものはとても少ないのが難しさですね。ヴァイオリンよりずっと傷みやすく古いものは修理代が膨大になります。優秀な職人を雇っていない弦楽器店や技術に興味のない経営者の弦楽器店ならそのまま売ってしまうかもしれません。チェロ奏者から見ればヴァイオリン奏者はぜいたく極まりないです。
外観はよくできているのに中身は手を抜いてある楽器がよくあるので古い楽器には危険もあります。
今もドイツ・ミッテンバルトのマイスターの名前の付いた19世紀後半のヴァイオリンをフルレストアですが、開けてがっかりです。ニスは軟質なオイルニスで外観に騙されました。私でも騙されます。音響的にはそれほど問題ないかもしれませんが品質が悪すぎて接着がどこもかしこも不完全なのです。
「マイスターの作品」と言うには十分な品質ではありません。そうなると値段はずっと安くなりますが、修理を終えなくては音を出すことができませんから儲けにならない仕事をしなくてはいけません。幸い社長も職人なのできっちりした修理をさせてくれます。
メンテナンスと調整の話
ヴァイオリンもしばらく使っているとニスが剥げてきてしまいます。そこで剥げたところニスを塗って木材を保護するとともに美しい外観を取り戻すことができます。
私も丈夫なニスを作ろうと研究はしていますがあまり硬い素材にするとガラスのように割れてしまい歪みに対して耐えることができずぽろぽろはがれてしまいます。弾力を持たせると消しゴムのように擦れて減って行ってしまうのです。そのためラッカーやアクリルのような人工樹脂の塗料が開発され弦楽器以外の分野では天然原料のニスを駆逐してしまいました。安価が楽器ではそのようなものが使われています。高級品の場合は伝統に従って天然のものを使います。後の時代の人にも文句を言われないようにするためでもあります。ヨーロッパでは高級品ほど繊細で乱暴に扱うことができず手入れが必要なものだと考えられています。
社長の知り合いの話だと何千万円もする高級車のフェラーリを今年買ってもう何回も修理に出しているというのです。イタリア製品の品質は…となるわけですが、別にベントレーという高級車も持っているそうです。こちらはちゃんと走るそうです。イギリスの会社ですがドイツのフォルクスワーゲンの子会社で「ドイツの技術でできているから優秀だ」とその人は言っているそうです。
でも不思議です、日本の軽トラでもちゃんと走りますけどね。
高級品というのはそういうものみたいです。さらに貴重で高価なクラシックカーになると動くだけでも称賛されるということになります。弦楽器でもオールド楽器は健康な状態に修理するにはお金がかかり、やはり危うくてちょっとしたことで板が割れたりひびが入ったりしてしまいます。
結局マメに手入れするしかないというのが研究の結論です。
そのような仕事の依頼があってヴァイオリンのニスの補修をしました。
美しくなったと喜んで持って帰っていただいたんですが、その後「以前のような音が出なくなってもう弾く気にもなれない」と訴えひどく落胆されていました。
その方はニスの補修をした後で音が悪くなったので塗ったニスに問題があると考えたようです。悪いニスを塗ったので楽器が台無しになったと考えていたようです。
魂柱の調整などをしても「A線の音が前と違う」と納得せずその日は失意のまま楽器を置いていくことになりました。
その後調べてみるとA線が痛んでいて新品に交換し再び試してもらったらすっかりご機嫌になりました。
結論を言えば原因はA線が痛んでいたことになります。
ニスの手入れをするために弦を下し再び張り直すときに古くなっていた弦にとどめを刺してしまったということです。高級弦ほど繊細でただ弦を張り直しただけで壊れてしまうことがあります。もちろん私は丁寧に扱い無理な調弦はしていません。ほつれたりするような見た目の違いも判りません。チェロのスチール弦でも不良品が紛れています。高級品ほど品質が怪しいというのがヨーロッパの常識なのです。
このような事例で難しいのは原因を即座に特定することです。
「A線の音が以前と違う」というヒントで我々はその原因を探さなくてはいけません。例えば異音がするとか具体的な症状があればまだヒントになりますが、「以前と違う」という表現では難しいです。その人の頭の中の記憶との比較になるからです。
ご本人は塗ったニスのせいで楽器が台無しになったと考えていたようですが、全くの見当違いでした。今回の補修でもニスが剥げて所にニスを足しただけで、全面的に塗り直したり塗り重ねたわけではありません。最小限の補修に留めています。ニスの厚みが薄すぎるとまたすぐに剥がれてしまいますからそれなりには塗り重ねていますが、何十回も塗るようなことはできていません。
このような「思い込み」というのは演奏者も職人にも販売員にもよく起きやすいものです。
一般的にも楽器の音の違いについて自分が気にしているポイントを原因として真っ先に考えてしまうのです。値段に興味がある人は音の違いは値段の差だと考えてしまいますし、名前に興味がある人は作者の違いが音の違いだと考えてしまいます。職人なら加工のうまさの違いが音の差の原因と考えてしまうのです。
弦マニアやニスマニアみたいになってしまう人もいます。音の不満をすべて弦のせいだと考えるようになってしまったり、ニスの違いのせいだと考えてしまうこともあります。魂柱の調整ばかりしていれば魂柱だけですべての問題を解決しようとしてしまいます。
今回のようなトラブルでも演奏会の客席で聞いていてお客さんが「今日は音が悪いな」とわかるレベルではありません。毎日同じ楽器を弾き込んでいる本人にしかわからないような微妙な違いです。
弦を下してまた張るというそれだけでも音は変わってしまうのです。同じ状態を維持することができないのが弦楽器です。その上で調整機構が備わっていません。アマティ家がそんなことを考えていませんでしたから、つまみを回して音を自由に調整するような仕組みが無いのです。
したがって自分の楽器がどれくらいのものなのかとあらかじめ知っておく必要があります。そして調整するときはその中で「平均的なレベル」になれば満足することです。もし奇跡のセッティングを求めて満足することを知らなければ不満が募ってしまいます。
調整して「まずまず」の音になった時、そこで止めずに「もっともっと」と求めるとさっきの音に戻すことすらできないのです。我々職人は健康な状態にするということはできても、全く同じようしても微妙に音が違うように原因不明の音の違いがあるのです。その評価も人によって違うのでどちらの音を所有者が好むかは所有者の演奏の癖や好みやセンス次第です。
ニスをクリーニング・補修するにはアゴ当ても外す必要があります。
私はアゴ当てやアジャスターののネジは外れてしまわないようにややきつめに締めます。それでも微妙に音は変わります。アゴ当てが外れて楽器が転落したら大きな損傷を受けるかもしれないからです。アゴ当てのネジがきつすぎると楽器、アジャスターならテールピースを痛めるのできつすぎてはいけません。
駒も外しますから微妙に位置が変わりますし、駒が弦に引っ張られて傾くのでも音は変わります。
そのような規則性が無く原因のわからない音の違いは運に頼るもので3回くらい違うのを試せば少し良くなるでしょう。それ以上を求めても悪くなるだけです。3回に一回なんて言ったらただの偶然です。職人はさもわかったような態度で「あっそっちか?これではどうですか?」なんて言って3回くらいいじれば何となく良くなったと感じるものです。
根本的に問題があるのならそれを解決する必要があり大きな費用が発生することになるかもしれません。気軽にできることには限界があります。
人は音の違いにのみ注目しているのですごく音が変わった気がします。しかし第三者からすればその楽器のその演奏者の出す音に違いなく全く違う音にはなっていません。感覚をニュートラルにして数時間後もう一度弾けば、調整した時の感動は得られないでしょう。
私も飛躍的に音が良くなる調整法があるなら知りたいですが職人として楽器を健康な状態にするということを一番大事なことだと考えています。
アンティーク塗装
古い楽器では、濃い色の部分と明るい色の部分がまばらに存在しています。それが新品と違うところです。アンティーク塗装でもそれを再現する必要があって真っ黒にベタ塗するとリアルさとは程遠くなるのです。
この楽器をご覧ください。

あちゃ~ですね。これはひどいです。

アンティーク塗装で重要なのは明るいところの色や分布をどうするかがカギになります。黒と茶色を混ぜた人工染料の真っ黒い部分がベタ塗になっています。傷もわざとらしいです。本当の汚れの場合にはもう少し赤みが弱くて灰色っぽいのです。方向としては赤の反対色の緑の方向です。

本当にひどいものです。よくこんなものを作って満足しているなと不思議に思います。おそらく工場の塗装担当の作業員は次から次へと山ほどニスを塗る楽器を抱えていていちいち気にしていなかったのでしょう。上司もこれを見て「よしこれで良い」とOKを出しているのですから。何がOKなのでしょう。作業員はおそらくオールド楽器など見たことが無く興味もないのでしょうし、指導者も同じですね。「古い楽器=黒い」と理屈で考えていたのでしょう。私は口を酸っぱくして理屈で正しくてもしょうがない、美しさとは感じるものだと言ってきています。

次はこのヴァイオリン。よく見るとテールピース、あご当て、駒の足のところだけ色が赤くなっています。つまりもともとこの楽器はすべてがこの色で光にあたって退色してしまったということです。こういうことはよくあって高価なイタリアのモダン楽器でもアゴ当てを外したら真っ赤だったということはあります。モダン楽器には琥珀色に見えるものがよくあります。一つの原因は鮮やかな赤や黄色が抜けてしまうことです。もう一つは木が古くなって黒ずんでくることと汚れが付着することです。もともとそういう色にしていた人もいるでしょうが、オレンジの明るい色のニスを塗ったものなら100年もすれば黄金色になってきます。
赤や黄色い色は耐光性の低い材料が多く、天然のものでも人工のものでもこのようなことが起きます。特にひどいのは戦後に使われた人工染料で緑っぽくなっている楽器もあります。表と裏で全く色が違うということもあります。
ハンドメイドとは?

ハンドメイドの高級品か工場製の量産品化の見分けが難しいものがあります。たとえばこのようにある程度加工された材料が売っています。かつてはスクロールだけを作る職人がいて今は機械がそれをやっています。こういうものを丁寧に仕上げても全くハンドメイドの楽器と見分けはつきません。
私のヴァイオリン製作のスタイルからするとこんなものを使うことはあり得ません。自分の思ったように作れないからです。しかし現代風の作風なら表面の仕上げさえ丁寧にやれば違いが無いのです。
こういうものが売られている理由は、買う職人がいるからです。
木材の塊から自分の手で削りだすのと、機械で加工済みのものを使う事と違いが無いと考えている職人がいるということです。私は全く違うと考えていますが、必ずしも多数派ではないようです。
私にはこんなものを使うのは何のために職人になったのか人生のすべてが無駄のように思えます。ヴァイオリン作りが苦手でできるだけ作業をやりたくないヴァイオリン職人のほうが多いのです。
ひどいヴァイオリン


接着面のこのひどさ。古い量産品ですがとても品質が悪いです。修理の依頼ですが、どこもかしこもいつ接着が剥がれてもおかしくない状況です。

削り残しも多いです。下の端の方は全然削っていないです。

このあたりを測ってみると7㎜以上あります。普通は3mm以下でチェロでも5mm以下ですよ。

真ん中は3mmちょっとしかないです。3.5mmは欲しいです。ただ周りがすごく厚いので裏板に強度があり強度が足りないということはないでしょう。

表板のここも5mmもあります。普通は3mm以下です。バスバーは取り付けたものではなく削り残したものです。
こんなにひどい楽器を使うのはもちろんプロではありませんが、アマチュアならなおさら趣味の楽しみのためにやるわけでこんなひどい楽器を何十年も使うのはもったいないです。演奏する時間で割れば一時間当たりの値段なんて微々たるものでもっとましな楽器を使うべきだと思います。
今日はここまで
ひどい楽器についての情報はあまり得られないと思いますからおもしろいと思いますがどうでしょうね。安いものは品質が悪くて新品でもすでに壊れているようなものですが、高価な楽器でも古いものはやはり壊れやすく危ういものです。
弦楽器は天才がそのひらめきによって奇跡の音の楽器を作るのではなく、どうしようもない手抜き楽器が大量に作られていて真面目に作られているものが相対的に少ないだけなのです。
職人は皆腕によりをかけてそれぞれ研究し理想の楽器を目指しているのではなく、面倒な作業を嫌がってやっつけ仕事で終わらせてしまう人のほうが多いのです。それならなんでヴァイオリン職人になろうと思ったんだ?と思うかもしれませんが、いざ楽器作りの作業をすると面倒な事ばかりなのです。
私にとっては楽しい事でも普通の人にとっては苦行でしかないのです。見た目で人を判断する気はないのですが、チャラチャラした感じの人が入門するとすぐに辞めてしまいます。職人を「カッコいいな」と思ってもそういうレベルでは嫌になってしまいます。
もしくは、私にはやっつけ仕事に見える仕上がりでも「良くできた」と自画自賛して満足する自信家のどちらかでしょう。
私がいつも言っているように弦楽器の良し悪しというのは「ひどくなければ何でも良い、あとは気に入るかどうかだけ」だと。
さてピエトロⅠ・グァルネリのコピーもいよいよ完成が近くなってきました。ニスの硬さも良さそうでほっとしています。ニスがグニャグニャなら冷や汗ものです。逆に硬すぎてもボロボロ割れてしまいます。そんなこともないようです。音が楽しみです。
去年作って今年改造を施したデルジェズのコピーも貸してあったのが戻ってきましたので比較するのも楽しみです。要望によってはこちらも日本に持って帰るかもしれません。現代にはほとんど無いタイプで個性の強いピエトロと誰にも弾きやすいデルジェズのコピーの両方を試せるかもしれません。