工場製チェロのチューンナップ 前篇 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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チェロのお話もたまに入れて行きましょう。
数回にわたって工場製のチェロを改造するチューンナップについて紹介します。

その中で、将来のチェロの製造についても考えていきます。




こんにちは、ガリッポです。

10年以上ヨーロッパに住んでいるといろいろわかってくることもあります。
例えば果物の旬の季節などもその一つです。

果物が重要なのはどうしても肉や乳製品など動物性の脂肪分が多くなってしまうからです。
日本と比べると遥に値段が安いのでデザートとしてではなくて野菜のような感覚で食べることができます。

したがってお菓子のように甘い必要はありません。

とはいえ、やたら酸っぱいものは食べられません。
日本からやってきてビックリするのは果物が信じられないくらい酸っぱいことです。

旬を知らないということもあるでしょうし、EU内の離れた生産地から輸入しているということもあって熟していないものが売られています。

見た目も小ぶりで形もそろっておらず日本なら売り物にならないとして加工に回すようなものしか売っていません。


安いということで喜んで買っても食べられなくて困るわけです。


私の実家には子供のころビワの木があってよく実を食べたものです。
ビワが売っていたので懐かしいなと思って買ってみると見た目は同じです。
ただ、酸っぱくてどうしようもないのです。

うちの実家は畑でも何でもなく駐車場の横の土のところに食べたビワの種を植えただけです。
ほったらかしだったのにとてもおいしかったのを憶えています。

プロの農家がやっているのに信じられないくらい酸っぱくて食べられませんでした。

そんなものが店に山積みになっているわけですから、買って捨てるために売っているものではないのでしょう。食べるためなんでしょう。

ヨーロッパの人たちは酸っぱい果物に慣れているのでしょうか?
日本人にとっては梅干を食べるように果物を食べているのかもしれません。


私もちょっとずつ慣れてきているせいか日本に帰って来てミカンが売っていると一番安いものを買います。糖度か何かで値段が決まっているのでしょう。高いものだと酸味が足りなくて味が単調に思えてしまいます。


今この季節は桃が出てきます。
桃は日本では高価な果物ですが、こっちでは安いものです。
ところがこれも食べてみると酸っぱくてしょうがないです。
「本当に桃なの?梅じゃないのかな?」と思うくらいです。

買っても硬くて熟していないのでしばらく置いておくと今度はカビが生えてしまいます。運搬に気を使っていないので傷がついてそこから痛んでカビが生えてしまいます。一部は痛んでグチャグチャになっているのに他のところは熟していなくて酸っぱいというものです。毎年何回も桃にチャレンジするんですが食べれる桃にあたる回数は限られています。



ヨーロッパに住んでいる人にはおなじみかもしれませんが、近年は平たい桃が出てきました。最初は「なんだこれは?」と思いましたが食べてみると酸味が少なく甘いものでした。

急速にこの生産量が増えました。
「桃栗三年柿八年」ですから大増産して今年あたりは値段も普通の桃より安くなっています。

桃栗三年柿八年なんて言葉久しぶりに思い出しました。
日本語なのでこっちに住んでいたら絶対に話さない言葉ですから。


柿も大流行してもう少し前にスペインで生産されるようになりました。渋柿の渋を抜いたものです。ごくまれに渋が抜けていないものが混ざっていて食べるととんでもないことになります。

こうなると農家が全然儲からないので気の毒ですね。南ヨーロッパの人たちは買い叩かれるんじゃないかなと思います。
私がこっちに来たのは通貨統合して間もなくでしたから着実にヨーロッパは変わってきたと思います。人々の生活や美意識なども一国のものから「ヨーロッパ」というものになってきました。

皆さんがイメージするヨーロッパは過去のものかもしれません。

チェロのお話



チェロというのは作るのに大変な手間がかかります。
値段は手間に比べると安いものですから、なかなか作る優先順位は下になってしまいます。

よほど暇がないと作れないのです。

腕が良い職人が暇でしょうがないということはあまりないと思います。

そんなわけで良質なチェロというのは非常に少ないです。


我々がチェロを作っても400万円くらいもらえないとやってられないのですが、そのような値段でチェロを買いたいという人は多くありません。200万円を超えるとガクッと少なくなります。

150万円程度でチェロを欲しいという人は結構います。
チェロを作るには隅々まで完璧に作れば半年くらいかかるかもしれません。そうなると半年分の家賃がまず値段に含まれます。東京でチェロを作れるような工房を持つのに月に10万円では無理でしょう。20万円払うとしたらそれだけで120万円です。それに材料代で30万円かかると利益はゼロですね。さらに自分が住む家賃と生活費が要ります。年収はチェロの値段から費用を引いて2倍にすれば計算できます。東京で150万円だと年収はゼロ円です。

というわけでそれくらいの値段では当然工場で大量生産されたものになるわけです。


例えばドイツのマイスターが経営する工場で機械を使って生産したものが考えられます。ドイツのマイスターの名前がついていますから聞こえはいいですね。でもマイスターの手作りだったら作者から買っても300万円以下にはならないでしょう。店頭に卸したらその倍以上でなければ売らないでしょうからドイツのマイスターのハンドメイドのチェロなんて流通しないわけです。


私の勤め先ではその価格帯は古い量産品の人気があります。
量産品でも新しいものではなく古いものです。

戦前などの古いものは発音がよく音量があるように感じられるでしょう。しかし特別優れたものではなく単なる量産品です。量産品としては比較的上等なものです。

そうなると当然新品の量産品より演奏者に求められますので待っている人がたくさんいます。


問題は、状態が悪いものしかありませんから、修理が必要になることです。また、当時は機械が未発達なので板が厚すぎる楽器が多くあります。これを削りなおせばちゃんと音が出るようになります。修理は機械ではできないため時間がかかるのでいつでも入手できるというものではありません。


修理したところでこのような古い量産品は耳が痛くなるような音のものも少なくありません。ヴァイオリンでも同様ですが、100年くらい経った楽器は音が強くなってきているので音の質が荒い楽器であればより荒い音になっています。いくら古いものでもひどい音のものは売れません。


一方新作でチェロをきちんと作っても新しいので並の演奏者であれば鳴り方は大人しいと感じるでしょう。


私は古い楽器を研究している職人なので、歴史的に見て「良い楽器」というのがどういうものなのか分かっています。しかしその通りに新品を作ってもパッとしないのです。

それは当然のことで、それが古くなって鳴るようになったときに優れたチェロになるのです。良質で古いチェロはとても少ないです。演奏者も手放しません。
そのような質の良いもので古いチェロとなると大変貴重でなかなか数も少なければ値段も安くないでしょう。

限られた予算の中で楽器を求めると新品の良質なチェロか、古い質の悪いチェロかになります。


どちらを選ぶかは皆さん次第です。



新品のチェロには将来性があり、優れた演奏者であるほど弾き込みによって良く鳴るようにもなります。店頭で試せば古い質の悪いチェロのほうが「良く鳴る」と感じるかもしれません。私は良質な楽器の鳴り方というのを知っていますので今は鳴ってなくても将来性がありそうだなと考えますが、演奏者はそんなことは分かりませんからその時点で鳴るほうを選びます。

良質なチェロを作った時に「これは上手くいったな」と我々職人の間で思っても全くお客さんに評価されないこともあります。これは理にかなった出来事です。

商取引なのでいいものを見極めようとお客さんは品定めをするからです。


そんなこともあってチェロを作るのは後回しになりやすいのです。


150万円くらいとなると需要はあるのに古いチェロも少ないわけですから量として新品のチェロも求められます。普通の量産品ではありふれていますからそれ以上のものが買えればラッキーということになります。



というわけで今回は150万円以下でちょっと良いチェロができないかという試みです。

量産品を改造する

そのために私がやっていることは量産品を改造することです。

ちょうど自動車レースのようなものです。レース専用の車両を一から作るには大変なお金がかかります。そのため普通の乗用車を改造して性能を上げることで早い車が作れるわけです。

同じ予算ならどちらが早い車が作れるでしょうか?
低い予算なら当然乗用車を改造したほうが有利になり、予算が潤沢なら専用車両を作ったほうが有利です。

同じように安い値段のチェロでも量産品の欠点を改良すれば価格で見たときに良質なチェロにすることができます。



このようなチェロをの改造を行うことは私にとっても大きなメリットがあります。それは「練習になる」ということです。

楽器を演奏する場合には練習をしますね。
ところが楽器の製作ではいきなり本番なのです。本番が何百時間も続いて楽器ができるのです。

当然出来上がってみないとどんな音になるかわからないわけです。
またニスも出来上がってみないとどのような感じになるのかわかりません。

出来上がったところで、「間違えたな」と思ってもどうしようもないです。言ったようにチェロを作るにはとても長い期間がかかりますから、間違っていたらその期間がタダ働きになります。


練習としてチェロを10台試作して、その中の気に入ったもの一台だけ売るというようなことをすると数千万円は頂かないとやってられません。


チェロに限らず板の厚みやニスの質などをテストするには大変に有効なのです。このテストにより作りたいと思う音をある程度予測することができるのです。高価なハンドメイドのチェロは注文生産になることもあります。お客さんの好みに近づけるようになるわけですからいかにこの練習が重要かわかっていただけると思います。

実験台とはいえ技術的にはしっかりしたチェロですから、音の好みによっては気に入る人もいるでしょう。


実際の作業です



ルーマニアは弦楽器製作が盛んで木材の産地でもあります。もともと木工が発達していた地域で民族的にも「ローマ人の末裔の国」ということですからイタリアとも縁があります。彼らの中にはイタリアで修業して個人的に腕の良い職人もいてさらに工場を経営している場合もあります。

彼らの作る量産楽器の中には良いものもあって選べばなかなかのものが安く手に入ります。ドイツ製なんかよりもセンスが良いなと思うようなものも多くあります。ドイツの場合には伝統があるだけに手法が「いかにも量産品」という感じがします。ドイツのメーカーでも安いものは中国で製造しているかもしれません。

そんなこともあって私の勤め先でもルーマニアのものを勧めていますが、もう一つ上級のものが求められるのは先ほど述べた通りです。

現代の量産品では機械が発達しているので比較的品質の良いものができます。特にサイズの大きな楽器では欠点も少なくなります。古い時代の量産品の場合には手作業で雑に作ることで安くしていましたから仕事も粗く、板も厚すぎることが多くありました。


今後も機械の性能が上がってきたときに、「ハンドメイドの楽器に優位性があるのか?」と疑問を持ちます。私の場合には古い時代の楽器製作を研究していますので、機械でそのようなものは作られていませんから今のところは別物ということでしょうね。

名器をスキャンして3Dのデータとして機械で加工したら同じものができると考えるかもしれません。ただ、古い楽器は傷んでいるのでそのまま同じものを作るわけにいかないので「解釈」を加える必要があります。そこで、古い楽器についての深い知見が重要になってくるのです。


そうなると現代的な楽器であれば機械でも作れるんじゃないかということにもなります。仕上げの欠点のなさばかりを気にする職人の作る楽器なら機械で荒削りをしたものと変わりません。

というわけで仕上げを工場製よりも入念にすれば並みの職人のハンドメイドの楽器くらいにはできます。「ワンランク上」が目標ですからそれを目指しましょう。


アーチには不自然なところがあるので削りなおします。それでもそんなに削れません板が薄くなってしまうからです。

表面の仕上げをやり直します。もともと木材の質は良いですし、パフリングもきれいに入っています。もちろん機械でパフリングを入れるための溝も彫られています。材木屋で木材を買うよりも出来上がった白木のチェロを買うほうが安いというおかしな現実があります。


エッジは甘くなっているのでビシッとなるようにやり直します。

コーナーも形を整えて目指すスタイルにします。

板も厚すぎる部分があれば削ることができます。ただし厚くすることはできません。それでもいろいろな厚さを試すことができます。規則性などが分かればいいですね。

このようなチェロの改造は何度もやっています。「厚すぎたな」とか「薄すぎたな」とかいろいろ経験します。ただ音は好き嫌いがあるので私のイメージと音が違っても気に入っていただける人がいます。

表板も同様です。f字孔も少し整えてきれいにします。やりすぎると穴が大きくなってしまいます。バスバーもつけ直します。これによってきめ細やかな上質な鳴り方になります。

特に表板は木の材質によって音が大きく違います。見た目ではわかりませんが持って曲げてみたり、刃物を入れたりすると柔らかい木と硬い木の違いが分かります。

柔らかい木は音は暗く柔らかい音で繊細な音になります。板を薄くしすぎると駒や魂柱のところが変形するリスクが高くなります。音も暗く柔らかくなりすぎると手ごたえがないもやっとした音になります。

硬い木は低音が出にくく明るい音になります。低音は締まってボリューム感がありません。板を薄くする必要があるでしょう。

こういう経験は多くしておいたほうが良いです。


表板を付け直して…

指板の加工に問題があることが多いのが量産品です。そのため今回は指板を交換しました。私が加工した指板を付けたのです。これは演奏上大変重要な部分なので工場で加工された指板では十分ではないと判断したからです。

メーカーの方にも改善を要求しましたが、聞いてくれるのでしょうか?
大量生産品では安い材質を使うため加工が余計に大変でサンディングマシーンのようなもので表面を削っているでしょう。私はいつもカンナを使っていますが、カンナが一番きちっとした面を加工することができます。サンディングマシーンでは一見仕上がっているように見えますがぐにゃぐにゃです。結局削りなおさなくてはいけません。総合楽器店などはそのまま売ってしまうのでしょう。指板を完全に加工せずに厚めにしてくれればいいのにと思いますが、うちの要求だけを聞いてくれるかはわかりません。

指板交換を買った後で頼んだら高くつきます。その時駒も交換しなくてはいけません。

パッと見は並みのハンドメイドのチェロくらいにはなりました。並の腕前の職人のものと変わりありません。もちろん売るときには、工場製を改造したということを伝えます。ラベルにもハンドメイドのものとは異なるものを貼ります。

中を見ればあえて工場製であることが分かるようにしています。これを300万円とかで売るようなことをするわけではありません。

重要な経験

職人の仕事というのは微妙な加減が大切です。失敗をすることで学ぶわけですから失敗を多くしたほうが腕が上がります。

職人を志せば初めのうちは失敗ばかりです。しかしこのときこれでやる気を失ってはいけません。もちろん落ち込むかもしれませんが、それを「上手く作りたい」という意欲に変えるのです。落ち込まないようではそこで満足していますから上達はしません。

我々の間で器用貧乏と言われる人がいます。
始めてやってもなんとなくうまくできてしまうのです。しかしそれ以上成長しません。失敗することによって学んでいくのですが執着が無いのです。うまく作りたいという意欲が強いことが力みになって余計に失敗するのです。それでいいと思います。のびしろが大きくなります。

チェロでも板が厚すぎる、薄すぎるという失敗を一通りすることでどれくらいが適切かということを知ることができます。ただ板の材質も違うので難しいところです。今回のような経験はとても役に立ちます。

本当のハンドメイドのチェロを作るとき、板の厚さや材質の見分け方についてもうわかりきっているならアーチなどほかの部分に意識を集中させることができます。広い面積を仕上げる技術があるなら当然役に立ちます。

多くの職人が「正解を教わったら終わり」というのは失敗をしたくないからです。自分は正しくありたいのです。自分は最高の作り方を知っていると思いあがっているのです。失敗しませんから後輩には偉そうにできます。しかし失敗を好む後輩にはいずれ抜かれてしまうでしょう。


続きは次回です。
ニスと音についてです。
さらに将来どうやって品質が良く安いチェロを作ることができるのか考えていきます。