アマティ派のデルジェズコピーを作ろう【第13回】演奏できる状態にします | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

デルジェズのコピーも後は部品を取り付けるだけとなりました。

試演奏の募集は次回お知らせします。




こんにちは、ガリッポです。

無事ヴァイオリンが完成しました。
部品を取り付けて演奏できる状態にします。

このような作業は修理でも必ず行う工程ですので日常的に修理をしていると年間に数えきれないほど行う作業です。またお客さんと直接接することで演奏上の不具合を聞くことができます。
不具合や音の不満を聞くことは私にとっても勉強になります。修理を施した結果、弾きやすくなったとか、好みの音になったという意見を聞くことは仕事が報われる瞬間です。

演奏できる状態にします

指板を取り付けます。

この時重要なのは位置がずれないようにすることです。厳密に言うと弦の長さが変わってしまいます。ネックと段差ができれば持ったときに違和感が生じます。接着面が正しく加工されていないと剥がれてくる原因になります。


指板をカンナで削って精密に仕上げます。指板を張り付けるときに少し変形するからです。


オイルニスは乾燥するとき縮んでいきます。表板を引っ張るのでアーチが引っ張られて少し平らになっているのではないかと思います。ニスを塗った後に指板の端と表板の間隔が少し広がります。
ネックを入れる加工をした時よりも少し高くなりました。

私のオイルニスではいつも起きる現象で半年~1年くらいすると元に戻るようです。
駒の高さが相対的に高くなり1mm程度低くする手直しが必要になります。
したがって現時点では駒がかなり高い状態にあります。しかしいつものようになるとすればこれで問題が無いと考えられます。慌てる必要はなさそうです。

完成して初めのうちは楽器がひどく変形します。
特にチェロやビオラでは変形が大きいです。


やや高めのアーチなのでネックの角度には気を使いましたが後で弦の駒を支点にした角度を測ると156度になっていましたから理論通りの数値です。この角度によって表板を押し付ける力が決まります。
このあと数年弾き込んで少しネックが下がって157度くらいなっても、そのころには楽器は鳴るようになってくるのでちょうどいい感じになりそうです。古い楽器なら158度くらいでもいいです。



ペグには今回もドイツ製のものです。ハラルド・ローレンツというメーカーのものです。
品質が最も良いのですが入手が困難なのが難点です。ドイツのメーカー名がついていても中国やインドなどで作っているものがあるので注意してください。またドイツ製だからといって品質が良いとは限りません。品質が良いと言えるのはローレンツというメーカーに限っての話です。

オールド楽器の雰囲気を出すためにツゲのものを使います。


とても大事なことは正しい角度に加工することです。そうでないとペグボックスの左右の壁の両方と接触しないことになってしまいます。滑らかに回転し穴としっかり接するために断面が円になっている必要もあります。

これらは本当に難しいもので木材の質も重要です。

ツゲの場合木自体の色はずっと明るい色をしています。それを硝酸を使って反応させて着色させることで色が得られます。上のような工具での加工面はざらざらしているので光沢がありません。そのため光が乱反射して明るい色に見えます。しっかりと色を付ける必要があります。
これを磨いて光沢を出してしまうとペグボックスとの摩擦が大きくなりすぎて新しいうちはペグが硬く動かしにくくなってしまうでしょう。ツゲの場合にはざらざらしているところに石鹸を塗り込むことができうまく機能すると思います。私はこちらの古くなった石鹸を使っています。日本のものと同じなのかは知りません。

この色を付けるのが面倒なので市販されているペグを加工せずにそのままつける人がいます。旋盤で加工されただけなのでこれではダメです。また加工した後に多少曲がったりしているものです。曲がったペグはスムーズに回転しません。

専用の道具でペグの穴を仕上げます。
きれいな穴を真っ直ぐにあけるのは今でも難しいものです。奥が深いものです。


ペグが入ったら余ったところを切断します。

長さを合わせて先端を仕上げます。そして色を付けます。弦の通す穴を開ければ完成です。


魂柱と駒を取り付けます。
どうも弦楽器というのはあらゆる箇所を適度な弾力(硬さと柔軟さ)にすることが重要であると考えています。この駒にしたから劇的に音が良くなるとかいうのではなく、楽器本体の柔軟性と駒の柔軟性がフィットしている必要があると考えています。駒はそのデザインによって柔軟性が変化します。それが胴体の特性とうまく合えばうまく音が出るということです。

ネックの角度、弦の張力の場合にも同じです。うまく楽器が機能する範囲に持っていくことが重要なのではないかと考えています。

一般的なもので十分だということが言えます。

駒は一般的なものを使います。
今回は小手先で何かをすることはしません。

完成です




ペグが取り付けられるとこのようになります。
一般的な新作の鮮やかな色のニスにツゲのペグなど付属品は色が合わないと思います。浮いて見えますし、売り手も背伸びして高価な楽器に見せかけようとしている感じがします。
ニスの色が落ち着いた色調の楽器に合うと個人的には思います。


表板は楽器の顔とも言えます。

デルジェズの顔になっています。デルジェズのコピーというとオーバーなものが多いですがこれでもちゃんとそれっぽく見えます。
それと印象として感じるのは小さいです。実測値で胴体が352mm位です。アーチの高さがありますから直線距離な350mmくらいです。このあたりもグァルネリ家がアマティの影響を強く受けていることを物語っています。

弦は何が正解かはわかりません。
使い手によって微妙な好みがあるからです。
一般的なものを張ってみましたがそれを基準にこれから何種類か試してみましょう。
楽器自体が味わい深い音色を持っているので理屈で考えればこのような銘柄になります。
エヴァピラッチです。私のいる地域ではあまり人気のない弦ですが私の新品の楽器では無難な結果が得られています。これをふまえてぴったり合うような良いものはないか探してみましょう。

ただこればかりは使う人の感覚しだいです。ご自由にどうぞです。

あご当ては演奏者のあごにフィットするものがベストということになります。

一応完成です。


音ですができてすぐの段階では弾くごとに音が変化して何が何だがよくわかりません。
私が心配するのは変な音になる大失敗ですが、どうやらいつもの様なレベルにはなっているようです。板が薄くアーチに高さがあり余計な響きが抑えられた味のある音の片鱗はすでに感じられます。

E線は相変わらず嫌な耳障りな音ではありません。強い張力のE線を張っていますが全く金属的な音はしません。楽器が鳴ってくると強くなってくるのかもしれません。出来たてですでに耳障りならその楽器は一生それをごまかしながら使うことになるでしょう。


新作としては真っ当な性能にはなっていると思います。その上で音色に味わいがありE線もしなやかということです。
新作ですから楽器が勝手に鳴ってくれるということは期待できません。したがって「おお!凄い!」とは感じないでしょう。今回も「あれ?これで大丈夫?」なんて感じでしばらく弾いていくと10分でも20分でもどんどん音が変化していくのです。
過去に作った楽器でも弾き込みによって改善することが分かっていますので私はこんな感じになるだろうと想像がついています。
オールド楽器と構造が似ていることにより、音の出しかたも似てくるでしょう。
オールドの名器と同様に遠鳴りもすると思います。


次回試演奏の募集の詳細を発表します。