画像を見て名器に思いをはせて楽しんでください。
このヴァイオリンを弾いてみたい人には日本で試演奏を行う機会を用意します。
年末から1月下旬にかけてを予定しています。
実際に音で理解を深めてください。
前回も思ったより多くの人に参加していただいきました。
こんにちは、ガリッポです。
前回はコレクションのような保存状態のビオラを再現してみましたが、今回のヴァイオリンでは一線で演奏に使われているような状態を目指してみました。
当然使用頻度が高ければ摩耗や損傷、傷なども多くなっていますし、オリジナルのニスも多くは失われています。300年も前の楽器なら150年くらい経って剥げ落ちたところに新しいニスが塗られた後、それも剥げているかもしれません。
汚れがこびりつきそれを取るためにこすってニスまで剥がれていることもあります。
私の場合には単に古っぽく見えればいいというのではなくて設定をちゃんとすることでリアリティを持たせることを重視しています。ただ単にニスの一部が剥げているとか真っ黒な色をしているとかひっかき傷をつけてあるとかそういうものでは不自然さを感じます。稲川順二さんのように「変だな、おかしいな、恐いな」となるわけです。恐いはちょっと違いましたね。
デルジェズの場合には特に状態の良いものが少ないです。アマティやストラディバリと違い貴族が発注してコレクションとして長期間使われずに保存されていたようなものがないからです。また大きすぎるビオラなどを作っていないのでそういう意味でも使われずに残っているものが無いのです。
演奏に酷使されてこそのデルジェズという見方もできます。
新品のような状態を保持しているよりも使い込まれた楽器のほうがより雰囲気があると思います。
目止めから
詳しくは前回説明しました。同じものをしばらく使用して様子を見ます。新しく開発した目止め材になりますがこの後チェロでも使ってみます。新しいものを作るとそれを「画期的に音を良くする方法を編み出した!」と思い込んでしまう職人は多くいます。「○○だから振動しやすくなる」と理屈を言うようになるととても危険です。弦楽器の音というのは複雑な要素が影響しあい、音色のバランスなどは微妙な事なので理屈で説明できるような単純なことではありません。冷静に評価する必要があります。私の予想では良くも悪くもない「普通」でしょう。
エッジのダメージを再現
ここまで前回と同じ流れですが、ダメージの大きさが違います。一線で演奏に使われてきた楽器では損傷が激しいものです。もちろんこれは新品ですからやたらめったら壊せばいいというものではありません。私はその一方で古い楽器の修理をしています。新しい楽器にダメージを与え、古い楽器を直すというのはおかしなものです。もちろん風合いという意味でダメージを与えますが本当に修理が必要なくらいには壊しません。
こちらがビフォーです。
そして・・・・
アフターです。
もう一つビフォー
そして
表板のコーナーやエッジの摩耗は激しいのでオリジナルはずっとひどい状態です。そこまでは壊していません。それでも程よくラウンドさせています。また初めからエッジの厚さを厚めにしてあります。古い楽器では表板のふちに下から板を張り付ける修理をすることがあり、それを施した状態で初めから作ってあります。新品の状態で表板のエッジが薄くなりすぎていると修理の時に大変です。将来修理の仕事をする職人と使う人の財布への配慮です。音は若干明るく張りのある音になるでしょう。
昔はアゴ当てがありませんでしたから摩耗しています。前回表板の年輪のラインがくぼんでいるということを紹介しましたが、これは逆です。柔らかいほうがくぼんでいます。エッジも本物ならパフリングよりも低くなっていますがそこまでは壊しません。壊しすぎないのは将来長く使えるようにするためです。それからあまりやるとあご当てがすべってツルッと取れてしまうこともあります。演奏中に取れるのは危険ですし、無理にねじを締め付けるとねじが壊れてしまいます。左側につけるものだと横板が壊れてしまいます。見た目は古い楽器でも理想的な状態なのです。クラシックカーの外観でエンジンなどメカは新品みたいなものです。
スクロールも当然摩耗しているようにします。設計する段階で摩耗することを計算してあります。
以前にもましてヨレヨレ感が出てきました。デルジェズらしいです。
ここからニスを塗っていきますがその前の姿を見ておきましょう。
汚れ
ビオラでは長年放置されていて汚れがうっすらと積もっているような状態を再現しましたが今回は汚れが松脂とともにこびりついたような状態を再現します。汚れが付く範囲は決まっています。全体についているのではありません。この程度の色合いや濃さでちょうどよかったです。この後研磨すると年輪のラインだけに汚れが残って他のところは削り取ることができます。うまくいきました。全体に真っ黒な汚れを付けてしまうと量産品のようになります。
研磨するとこのようになります。
裏板はこのような感じ。
ひどいですね。こんなんで大丈夫なんでしょうか?スペインで素人のおばあちゃんが勝手にキリストの絵を修復してしまったレベルです。
これを研磨すると・・・・
これが成功すれば今回は半分勝ったようなものです。一回目は失敗に終わり削り取ってもう一度やり直して成功です。このやり直しで1週間余計にかかりました。
ビオラではニスがペリペリと剥がれた様子を再現するのに実験を重ねましたが、ヴァイオリンでは全く違うことで実験を繰り返しトリックを編み出すことができました。また技の数が増えていきます。一つの楽器に全部取り入れるとわざとらしくなるでしょう。
ちょっとニスを塗り重ねてけばこんなものです。ずいぶんと雰囲気が出ました。
裏板でオリジナルのニスが残っていると思われるところは上下コーナーの間、ミドルバウツの溝のところだけです。おそらくそれ以外のところはすべて後の時代に塗られたニスでしょう。残っているところも汚れがついていてオリジナルのニスの色は分かりません。派手な赤色ではなかったのではないかと思います。赤いニスも色が褪せてなくなってしまうこともありますのでないこともないです。
このようなニスの残り方をするのはオールドヴァイオリンでもアーチの高いものに多いです。お手本にしたデルジェズのオリジナルももまあまあの高さがあります。現代の楽器が古くなってもこのようになるとは限りません。
したがってここからは大部分の面積を占める後の時代に塗られた修理のニスを再現するということになります。実際の修理のニスと違うのは木の色が違うことです。古い木では変色して黒ずんでいます。新しい楽器で古い木に修理のニスを塗ったような色合いを出すというのは至難の業です。地肌の着色と絶妙な色のニスを作れるかが重要です。私は10年くらい研究しているのでなんてことはないのですが、最初のころは大変でした。いわゆる『黄金色』というやつです。地肌の着色は難しくて一度染めてしまうと脱色することはできないので失敗すると台無しです。ずいぶんともったいないことをして悔やんだものでした。
前回赤いニスを作るのに赤い着色料そのままではダメだと言いましたが、黄色いニスを作ろうとして黄色の着色料をそのまま使ってもレモンイエローになります。お客さんに「黄色のニスがいい」と頼まれても本当に黄色のニスを塗ってはダメなのです。古い木なら黄色のニスを塗るだけで黄金色になります。
ニスの色を鑑定書なんかに書くときに普通は黄色とかオレンジだとか赤茶色とか書けばいいのです。ところが古いクレモナの名器になると「beautiful golden yellow」とか「beautiful golden orange」とか書いてあります。「ビューティフルは見た人が感じることであって客観的ではないだろう?」と思いますし、ゴールデンっていかにも立派なもののよう言いますが、そんなもの修理のニスの色だったり、ただの汚れたオレンジ色ですよ。
ただ木が古いだけなのですが、あたかも秘密のニスのような言い方ですね。
自然が作り上げた色合いを作り出すのがとても難しいのです。
自然界にはこのようなきつね色のような茶色みたいなものは結構あるものです。楽器以外で西洋の塗装についてしらべていくと尿を使ったり馬糞を塗ったりしたようです。
エジプトのミイラも盗掘されてミイラから塗料を作ったりもしていました。塗料の材料が描かれた絵にはミイラの頭が描かれています。人の亡骸が材料です。
一般に染料や顔料というのは鮮やかな色調が尊ばれ改良されてきたのでわざわざその逆を作らなければいけないのです。売られている染料や染料について書かれた書物も大半のものは役に立ちません。特に人工のものは不純物が少なく鮮やかさが強くなっています。
フルバーニッシュの新作、とくにヴァイオリン製作コンクールに出すようなものでは鮮やかな色を出すのを競い合っているわけですから、全く逆ですね。たくさんの楽器の中で目立つにはくすんだ色では弱いのです。勝負に勝つ楽器を作らなければいけません。
楽器の音色も同じですね。
もちろんニスの色によって音が変化するわけではありません。そのことではなく音色の話です。落ち着いた深みのある味わいのある音はたくさんの楽器の中では地味に聞こえて埋没してしまうでしょう。
音楽も人間も同じですね。勝ち負けを忘れたとき豊かな世界があることに気付くことができるかもしれません。
完成しました
白木の時はアマティやストラディバリと比べると特別美しいわけではなかったのですが、このように仕上がると風合いが出るものです。職人としては加工の腕前で優劣が決まってほしいのではありますが、実際のところ古さが醸し出す美しさについて認めざるを得ません。並の出来であっても古さが醸し出す雰囲気がプラスに作用するのです。デルジェズは演奏に酷使され、しっかりと修理メンテナンスを施してあることによってそこらへんの楽器にはない独特の雰囲気があるように感じます。それをどれだけ再現できるかがとても面白いです。アマティやストラディバリの加工の美しさを称賛すると同時にデルジェズについても捨てがたい魅力があるのです。
スクロールはフィリウス・アンドレア晩年の独特の雰囲気があります。ただ単に雑に作ったのではなく若いころはアマティのようなものを作っていてそれが歳とともに微妙に崩れてきて独特の風合いになりました。刃の跡にニスや汚れがたまることによっても他の楽器とは違う姿になります。
現代の優秀なヴァイオリン職人にとってはデルジェズというのはいい加減で雑な仕事をするだらしない職人として軽く見てしまいがちです。現代のヴァイオリン製作のセオリーから外れているためにコピーを作るときにでも修正して手直しします。そのようにして作られた完全なデルジェズコピーも貴重で美しいものです。そのような楽器を見ると真面目で腕の良い職人の楽器として我々もテンションが上がります。
一方でデルジェズは仕事が雑だからと大げさにいかにもわざとらしく荒々しく作られたコピーには憎しみを感じます。「仕事をなめるんじゃない」と。大げさなf字孔にただ雑なだけのスクロール、雑なだけの現代風のアーチにわざとらしいニス・・・・。
どちらもデルジェズの魅力に迫るものとは言えません。
今回テーマとしたのはアマティ派やグァルネリ家のバックグランドの中で生まれたデルジェズの真の姿です。わざとらしくなくさりげなくデルジェズらしさを表現するという困難な課題でした。
私は富や名誉のためでないのはもちろん腕の良さを見せつけるために仕事をしているわけではないのです。作業をしていて美しさが生まれる瞬間が忘れられない喜びなのです。他の人は誰もきづかなくても失敗や間違いにはひどく落ち込んでしまうのです。
いろいろな角度で
写真の写り方によっていろいろな見え方になってしまうので適当にいろいろな角度で撮った写真を見て楽しんでください。ニスはカラッとしたもので乾きも良いのですぐに演奏できるように部品を取り付けることができるでしょう。今回のニスはとても丈夫ですが天然樹脂なので一定以上の力が加わるとバリっと割れてしまうでしょう。ニトロセルロース(通称ラッカー)やアクリルのようにはいきません。職人に求められるものは終わりが無いのです。
光を強く当てると下地が明るく反射します。汚れがよく見えるようになります。f字孔の周辺やエッジの周辺に汚れがたまります。弓が弦とこすれる真下は松脂がついて掃除もしにくいために真っ黒になります。ところがこれを掃除してこするために他のところよりも明るくなることがあります。ベタの塗りのように全体が黒くなっているのではなくて所々に細かく下地の明るいところが顔を出しています。強いコントラストにしてもわざとらしくなく塗り分けるのが難しいのです。恐れてコントラストが小さすぎると古さの迫力が出ません。黒さの色調も程よいもので黒~赤茶色だと量産品のようになります。灰色がかっていますが本当に灰色だと光を反射しすぎます。
年輪のくぼみに汚れがたまっていますがf字孔の周辺に集中しています。表板全域がこうなっているのは不自然です。
弦の下は後の時代の人が塗ったニスにひび割れが生じたのでしょう。よく見るとここだけひび割れがあります。
f字孔とコーナーです。作者の特徴が出る部分です。
反対側です。
ニスが剥げ落ちてしまったところでここにはあまり汚れがありません。ここの部分の色を作るのは最も難しいと言っても過言ではありません。10年の研究の成果で今は問題ありませんが本当に難しかったです。ヘタクソなイミテーションでは黄色やオレンジ色をしていたり灰色だったりします。
あご当てで見えなくなるところですが抜け目なく仕事をしておきましょう。
オリジナルのニスと地肌の色が似ていると、どこにオリジナルのニスが残っているかわかりにくくなります。汚れしかわかりません。真っ赤なニスであれば境界がはっきりします。
アーチは中央だけかなりの高さがあるのでf字孔は斜面に空いていることになります。
演奏者が弾いている写真などで見る角度です。高めのアーチのものはこんな感じになっています。
裏板のディティールを見ていきましょう。
くぼんでいるところにだけニスが残るのです。
コーナーの様子です。ストラディバリではもっと太いコーナーになります。デルジェズはアマティのように細いもので長さが短いのです。この違いを分からずに作られているコピーは多くあります。
オールドヴァイオリン特有のアーチで深くくぼんでいるところだけニスが残るのです。現代の楽器ではこのようにならないでしょう。別の光で・・・
真ん中は結構な高さがあるのにアッパーバウツとロワーバウツのところは結構平らになります。
アマティのようにぐるっと溝がある感じではなく、ストラディバリのように注意深くデリケートなカーブを作っているのではありません。ダラッとした独特の感じです。
真ん中はエッジの深い溝から急に高くなっていて裏板の上下に向かって急に平らになっていくのです。強いメリハリがあります。ヴィヨームも含めて現代の楽器にはまずないです、なだらかにすることが良しとされているからです。
裏板の表面は古い楽器ともなると杢がうねってきます。オリジナルのデルジェズもこの木もそれほど強い杢ではありませんがうっすらとうねっているようにしました。エッジの溝はノミで彫った後を仕上げていませんから凸凹しています。
スクロールは刃の跡を仕上げていないので汚れやニスがたまります。
フィリウスアンドレアのスクロールは刃の跡がそのままなのでクレモナ派の刃物の使い方の参考になります。作ってみてニスを塗ってみて同じようになれば正解ということです。知識として知っているのと実際に作ってみるのとでは違います。複製を作ることは勉強になるのです。どんな分野でも若い時に基礎をしっかり学んでおくことは大事です。
横板です。
ミドルバウツだけ木の材質が違います。オリジナルに忠実に再現するためでした。
自然に古さを表現するのが難しいです。
エッジまわりです。
エッジの色はやや明るめにしてあります。濃さによって全体のコントラストのバランスが違ってきます。古くなるともう少し落ち着くでしょう。
エッジ、裏板、横板、表板それぞれの色合いのバランスもとらなくてはいけません。表板や横板のカーブが深いところは汚れで黒ずんでいます。
オールドイミテーションでもただ汚いだけのものがよくあります。
私はそのようなものが大嫌いです。
オールドイミテーションは見る人の感覚を刺激する不快なものとなぜかわからないのに暖かみや味わいを感じるものがあります。
色合いやコントラストにはっきりとしたメリハリをつけ名器の持つ迫力を感じさせたうえで、自然で違和感を感じさせないもの、なぜかわからないけど心が安らぐような美しさを醸し出す。私が言う「センスのいいオールドイミテーション」とはそんなものです。
単に金を稼ぐために高価な楽器に見せかけただけのものではこうはいきません。
森林資源の無駄です。