アマティ派のデルジェズコピーを作ろう【第10回】フィリウスアンドレアのスクロール | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

さて今回はデルジェズのスクロールについて見ていきましょう。
と言っても作ったのは父親のジュゼッペ・グァルネリ・フィリウスアンドレアです。





こんにちは、ガリッポです。


デルジェズのスクロールについて職人であっても十分に理解されていません。それは多くの職人が古い楽器やスクロール自体に興味が無いからです。

スクロールについて職人同士の温度差は相当なものがあります。美しいものを作るために情熱を燃やしている人もいればただの面倒な作業でなんとなくできていればいい、できれば作りたくない人がいます。

「面倒で作りたくない」と思うような職人はダメな職人なのでしょうか?



そうです。グァルネリ・デル・ジェズのことです。
デルジェズが作風を確立してヴァイオリンを作っていた時期はおよそ1730~1745年のおよそ15年間ということできます。大半は父親のジュゼッペがスクロールを作っていました。父の死後最後の数年間は作風が急に変わります。

ということはデルジェズのスクロールについて知るということはジュゼッペ・グァルネリ・フィリウスアンドレアの仕事について知るということになります。


スクロールを別の職人が作るということは珍しいことではありません。家族や兄弟でやっていた工房ではよくあることでした。弟子が作ることもあります。例えば、ナポリのガリアーノ家ではスクロールの作風がバラバラだったりしますが、中にはフュッセンなど南ドイツ風のものもあります。ドイツ人を雇っていたからです。

19世紀に大量生産が始まるとスクロールだけを専門に作る職人が現れました。1980年ころまで実在し今ではコンピュータ制御の工作機械に取って代わられています。今でも昔渦巻職人が作ったものがたまに売りに出されていたりします。

渦巻職人のものはなかなかどうして悪いものではないのです。そればかりやっているのでものすごく上達しているわけです。並の職人ならそれを買ってつけても何ら変わらないかそれ以上なのです。

150~100年前のフランス、50~100年くらい前のドイツやチェコの楽器を見たときに渦巻職人のものがついていることも少なくないと思われます。それに比べるとイタリアの職人は自分で作っていたのでしょうか、とんでもなく幼稚なものが散見されます。

渦巻職人は渦巻きをうまく作ることには長けていてもヴァイオリンのことを何も知りません。古い名器の渦巻きを再現するスペシャリストではありません。古い名器に興味が無いのはヴァイオリン職人でも大半は同じです。


私の場合には自分でスクロールを作らないと気が済みませんが、どうでもいい人にとってはどうでもいいのです。「渦巻職人のものを買ってつけたほうが安くて出来も悪くないのになぜ労力を使って自分で作るのか?」と私のように渦巻きを作りたいということが全く理解してもらえません。

職人同士の考え方の違いはとても大きいのです。




デルジェズも自分で作っていないのでそういう人だったのでしょう。


現代のヴァイオリン製作

現代のヴァイオリン製作は1800年ごろフランスで確立したモダンヴァイオリンがもとになっています。このモダンヴァイオリンというのはストラディバリをもとにそれを改良して理想のヴァイオリンを作り出したものです。

モダンヴァイオリンの作り方は、言い換えればストラディバリのモノマネのやり方ということもできます。これがフランスから他の国に伝わって現代のヴァイオリンの基礎になっているのですが、モノマネのモノマネになっていくわけです。

私たち現代の職人がヴァイオリン製作を学ぶときは、それがモノマネだとは知らずに唯一の正しいセオリーとして学びます。「正しいヴァイオリンの作り方」ということです。

現代の職人が良いものを作ろうと真面目に努力して作ったものはストラディバリのモノマネのものモノマネの…モノマネになっています。彼は真似をしたつもりは一切ないかもしれません。自分オリジナルの楽器だと主張するでしょう。しかし知らないうちにストラディバリのモノマネになっているのです。

このようなストラディバリのモノマネは実際のストラディバリとは違っている部分が多くあります。それを私は研究しているのですが、デルジェズになると現代のセオリーがさらに当てはまらなくなります。

現代の楽器製作のセオリーが正しいと信じている真面目で優秀な職人なら本物のストラディバリを見ても自分たちの作っているものと同じだとしてそこから学ぼうとしないでしょう。

デルジェズについては仕事のクオリティが甘いために「ヘタクソ」と考えます。したがってデルジェズをもとにしてもそれを手直してあげようと考えます。
また一方でデルジェズはヘタクソなのでヘタクソに作ればいいと考えます。フランスのシルベストゥル家のガルネリモデルのヴァイオリンでは基本的にはストラディバリモデルと同じなのに渦巻きの途中から形がきれいな丸ではなくいびつなカーブにしてあります。ヘタクソにすればデルジェズになると思っていたのでしょうか?
また実際に作られた楽器の多くは粗悪であったりスクロールに無頓着であったり単にヘタクソだったりします。渦巻職人のものを買ってきてつけるだけということも少なくありません。

このため近代、現代のデルジェズモデルのヴァイオリンについているスクロールはオリジナルとはかけ離れたものになっていることがほとんどです。


フィリウスアンドレアのスクロール

デルジェズの本物らしいスクロールを作るにはそれを作ったフィリウスアンドレアの研究をする必要があります。

ストラディバリやデルジェズモデルの楽器を作るのに比べるとフィリウスアンドレアをもとに楽器を作る人は極端に少なくなります。現代の楽器製作のセオリーはさらに合わなくなります。フィリウスアンドレアと同じような楽器を作るには現代の楽器製作はすべて捨て去る必要があります。

私はフィリウスアンドレアのコピーを作ったことがあります。その時たまたまフランチェスコ・ルジエリがありました。比べてみるとよく似ていました。どちらも現代の楽器とは全く違うものです。

つまりアマティの影響が強いのです。アマティも現代の楽器製作のセオリーからは逸脱したものです。したがって現代のセオリーを正しいと信じている正統派の職人には同じようなものは作れません。


フィリウスアンドレアのスクロールは一言で言うとアマティの影響が強いということができます。はるかに優秀だった兄のピエトロの影響も強いでしょう。父のアンドレアの楽器の場合それを二人の息子が作っていた場合があるのでアンドレアの作風というのはよくわからないです。

特にペグボックスの部分の形がアマティとよく似ています。ストラディバリとも似ています。これらのペグボックスはペグの位置がうまく配置されていて弦がほかのペグに引っかかったりしない機能的なものです。

渦巻きのほうは作る人の感覚で多少の形の違いはあります。特に流派の特徴として見るのはペグボックスの形です。


フィリウスアンドレアのわかりやすい特徴は、表面をノミで彫って仕上げずにそのままにしてあることです。チェロでも刃の跡がそのまま残っています。兄のピエトロはちゃんと仕上げてあります。息子のピエトロ〈デルジェズの兄)にもノミの刃の後がそのまま残っているものがあります。

おもしろいのはアンドレアのビオラで胴体とスクロールで作風が違うものがあります。胴体がピエトロⅠのスタイルでスクロールがフィリウスアンドレアのスタイルになっているのです。おそらく兄弟で合作して父親の名前で売ったということでしょう。

おもしろいのはなぜ同じ工房で仕上げの仕方に違いがるのかですね。家長は怒れよと思うわけですが、教育は緩かったんでしょうね。誰が作ったかわかりませんがアンドレアがそもそも刃の後を残すスタイルを教えたのかもしれません。

きれいに仕上げていないというのがフィリウスアンドレアの特徴でもありますが、すごくヘタクソということではありません。仕上げでごまかしていないので若いころのものはむしろうまい方だと思います。アマティのスタイルをしっかり守ってあります。


歳を取って半分引退し息子のためにスクロールを作っていた時代になるとさすがに質は落ちています。しかしアマティのスクロールとの共通点を見出すことができます。



作業です

今回は特別に材料を用意しました。なにが特別かというとオリジナルのスクロールには大変安い木材を使用してたからです。私のストックにはそのようなものはありませんでした。これをきっかけに入手しました。

普通スクロールには裏板と同じカエデ材を使います。深い杢が入っているものが高級とされます。カエデ材でも杢が入っていないものは一般的な家具や建築などで使われます。むしろ加工しやすいのでこけしのように木工旋盤(ろくろ)で加工することができます。専門外で明言できませんが木管楽器に使われていると思います。

しかしデルジェズのオリジナルでは杢の入っていないものが使われていました。理想を言えば裏板とスクロールは同じ木からとった木材を使うとそろっていいですね。しかしグァルネリ家ではそんなことはお構いなしだったようです。おそらくフィリウスアンドレアは特定の胴体のためにスクロールを作ったのではなくスクロールだけを作っていたのだろうと思います。他のデルジェズでも裏板と木目がそろっていません。


これはストラディバリにもしばし見られることです。杢の入っていないスクロールがよくあります。特にチェロに見られます。これも家族で分業していたのかもしれません。ストラディバリ家は父のアントニオと二人の息子フランチェスコとオモボノが知られていますが他の子供たちも手伝っていたのかもしれません。

3つの面をすべて直角にします。その上で厚みを同じします。アマティもフィリウスアンドレアもストラディバリより左右の渦巻きの一番出っ張っているところの幅が狭いです。この時もストラディバリよりも2~3mm薄くなります。


製材ができました。


型紙を使います。透明なプラスチックで作ると木目が見えるので位置を決めるのに便利ですが今回はその必要がありません。どこでもいっしょだからです。その代わり片方を反転させるのではなく左右それぞれ別のものを作ります。なぜかというと左右の形がかなり違うからです。

どうですか?ずいぶん違うでしょ?

ペグの位置も決めてあります。ペグの位置は演奏や調弦のしやすさを考えてオリジナルの位置からは多少変更しました。それでもペグが良い位置に来るようにペグボックスがデザインされていることに感心します。それぞれの弦がほかのペグに引っかからない位置にしたときにちゃんとペッグボックスの中央にペグの位置が来るのです。

材のほうに転写したのでノコギリで切ります。

今回は手動で切ります。


時間はかかりますがきれいに切れるもんです。


まずは横方向を仕上げます。

縦に切っていきます。


先まで来たら切り込みを入れます。

繊維の向きが真っ直ぐであれば割っていくことができます。


作っていくのはおもしろいですよ。これを自分でやらないというのは単に家業だからやっていたという感じですかね?

徐々に上がっていきます。

左右ができたらペグボックスの中を彫ります。

ペグボックスにはアマティの特徴が強く出ています。スクロールの根元の方の幅はかなり細いです。一方で指板側は太くなっています。デルジェズは後の修理で継ぎネックをしたときに不自然な形になっていることがよくあります。


前と後ろも彫ります。彫り方は浅めで刃の跡を残すのがポイントです。


2週目以降刃の跡が残っています。オリジナルと同じようにしましたから、フィリウスアンドレアは私と同じく右利きだったとわかります。

フィリウスアンドレアのスクロールをいろいろ見ているとノミの使い方は端から端まで一続きで削るのではなくチョコチョコとけずっていくようです。若い時のものならもっときれいに作っていますから、アマティ派の刃物の使い方を知ることができます。

出来上がりです



基本的にはアマティのものに似ています。スクロールのところを頭とすると喉元のところがノコギリで切ってそのままという感じがします。

右側はスクロールがきれいな丸ではなくて喉元のところから2週目がかなりいびつになっています。

正面から見ると左右が対称ではなく右側のほうが出っ張っているところが低いですね。ストラディバリに比べるとヨレヨレとした印象があります。

後ろです。






刃の跡のくぼみには汚れがたまります。ニスを塗るときにその様子を再現します。くぼんでいるところが濃い色になっているのです。逆に出っ張っているところは擦れて汚れが取れます。


さらに摩耗した様子を再現するために角を丸くします。塗装するとより一層雰囲気が出てくるでしょう。たのしみです。

今回のスクロールの再現度はかなり高いと思います。特徴があるものの方がやりやすいです。