アマティ型のビオラを作る【第12回】その他の膨大な作業(後編) | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

ビオラの組み立て作業が続きます。
全体の姿が出来上がってきます。
ビオラは不恰好なものも少なくありませんが、もっとも初期に作られたものが機能的にも美的にも洗練されているのです。アマティの美しさを再現してみましたので楽しんでください。






こんにちは、ガリッポです。

たまに弦楽器のオークションのカタログを眺めていたりします。
いろいろな時代や流派の楽器が出ています。過大評価されたり過小評価されていたりして面白いわけですが、パッと見て「おお!」という楽器もあります。

たいていはオールドヴァイオリンということになるのですが、写真を見て美しいと感じるものがあります。職人の造形美もありますが、私自身がアンティーク塗装をよくやるということもあって目が肥えてくるので、「美しい歳の取り方」もあることに気づきます。古い楽器がすべて美しいのではなくて残念なものやただ汚いものもあるのです。何が違うのかはよくわかりません。何となく感じるのです。

オールドヴァイオリンの美しさを見ると現代の新しい楽器は単調に見えます。現代のとても有名な作者のものを見ても、一般的な職人のものと全く違いが分かりません。職人の私が見てもそうなのですから、一般の人には全く分からないでしょう。現代の作者でやや個性的なものでもたくさんの楽器を見てきた者からするとどこかで見たようなものでしかありません。独創性などを発揮するチャンスはないのです。
オールドの名器と全く同じ形であってもニスが新品であるとやはり平凡な楽器に見えます。ストラディバリがタイムスリップして現代に現れてヴァイオリンを作っても埋没してしまうのです。ストラディバリの美しさには古さによる部分が大きいと認めざるを得ません。

オールドヴァイオリンも作られた当初はそのようなものでした。理屈上は新品のヴァイオリンが正しいはずです。理屈上は・・・・・。
私も現代的な意味できちっとした楽器を作ることができます。むしろ複製を作るときに油断するとすぐに現代的な楽器になってしまうので気を付けなくてはいけないくらいです。現代的なきちっとした楽器も美しいはずなのですが、出来上がった時には思っていたよりも平凡になってしまってガッカリします。

私の目が肥えすぎているのであって一般的なユーザーにはそれでも貴重なものなのかもしれません。



古くなって美しさを増すということは作者が意図した結果ではないかもしれません。
古くなったときの様子は楽器によってすべて違います。同じものは二つとありません。

それでも作者によって使うニスが違うと古くなるなりかたもある程度の傾向が現れます。ニスの色や厚み、透明度や剥がれ方などによっても作者ごとに雰囲気があります。
そのようなことを私は研究しているわけですがこれが大変に面白いもので尽きることが無いのです。複製を作ってアンティーク塗装にする場合毎回違うのです。飽きることがありません。この面白さを伝えるのは難しいですね?


古今東西のヴァイオリンを集めてそのなかで「これは美しい」というものの特徴を備えた楽器を作ろうとするとどうしてもアンティーク塗装にならざるを得ないというところがあります。これは大変に難しくべらぼうに手間がかかるものです。これをやっていると「職業ってなんなんだろう?」と不思議な気持ちになります。

オークションのカタログにも現実の楽器にも下手なアンティーク塗装、安上がりなアンティーク塗装をよく見ます。私にはとても醜く見えます。私はそのような中途半端なものを許すことができないのです。人が作ったものは良いのですが、自分がそれを作ったとなると酷く落ち込むことになります。

そういうわけで気の遠くなるような作業をすることになるのですが、「職業ってなんなんだろう?」となるのです。自分が美しいものを作りたいという願望が職業として成立するのでしょうか?

私がやっているようなことは一般的な職人はやっていません。私はアンティーク塗装で思ったようにいかないと問題を解決するために何種類もニスを試作して、配合や組み合わせを変えて何十種類もテストしてみます。それを何年もしてようやく問題の解決につながることがあります。そのようなことを全くやっていない職人も同じ職業なのです。

音や木工技術に比べても確実に成長するのがアンティーク塗装です。10年前と同じタイプのものを作るとその差は歴然です。音に関しては試行錯誤をしても10年間弾き込まれたものにはかないません。


私が業務時間に膨大な時間を使ってしている仕事は他の職人が全くしていないことなのです。資格試験で職人の優劣を測ることはできないと以前から申し上げているのはこのようなことがあります。同じ職業とは思えないほど人によってやっている仕事が違うからです。

もちろん塗装だけで見た目の印象が決まるわけではありません。作風の違いはもちろん楽器の作りの癖やスタイルが古くなったときに汚れのたまり方やニスの剥がれ方に影響するのです。
したがって「美しい楽器の特徴」を備えたものを作るには作りと塗装の両方とも重要なのでどちらが欠けても残念なものになります。

古くなった塗装と古い時代の楽器のスタイルが結びつくと1+1=2ではなくて3にも4にもなるのです。


オールドヴァイオリンは現代のものよりもずっと個性的なものがたくさんあります。セオリーが決まっていなかったからです。アマティの教えた作り方をもとになくなんとなくその人なりに作ったのがイタリアのオールドヴァイオリンです。厳格な決まりが無くてゆるくやっていました。世代を重ねていくとアマティの影響は薄くなりモダンヴァイオリンに取って代わられました。

今の時代にそういう楽器を作ってもいいのですが、私たちは厳格な教育を受けてしまったのでもうできないのです。もし作ったとしても新品の状態ではオールドの名器と並ぶようなものには見えません。

現代の職人がその美しさにおいてオールドの名器と肩を並べるにはアンティーク塗装を施すほかないのです。

アンティーク塗装の個人差はとても大きいです。作者独自のもののほうがどれも同じで複製のほうが個性があるという皮肉な結果になるのです。



膨大な作業が必要な弦楽器の製作ですが、古今東西あらゆる楽器の中で美しいものとして上の方に来るためにはさらに多くの作業が必要になります。神経を集中させほんのわずかなミスも許されないこともあります。

自称天才の自信過剰な職人は多いので気を付けてください。
過去の膨大な楽器について知っているなら自分のことを間違っても他の職人よりも抜きん出ているなどと言う思い込みはできないはずです。

作業が続きます

表板を横板に取り付けます。修理をやっているとこのような作業はしょっちゅうありますが意外と難しいものです。裏板は中をくりぬいて厚みを出すと裏板は変形します。横板を取り付けると横板も歪むのです。表板の輪郭の形と横板が合わなくなってしまうのです。修理では本当に苦労することがあります。ヴァイオリン族の楽器の場合表板は横板よりも一回り大きくはみ出している部分があってオーバーハングと言います。これの幅を一定にするのが難しいのです。

古い楽器の場合には表板のエッジが摩耗しているのでどっちにしてもオーバーハングが一定にはなっていません。それ以前に何度も修理をしていると過去の修理でずれてしまったこともあります。バスの場合にはオーバーハングが無く表板と横板が一緒のものがよくあります。この表板を閉めるのは本当に難しい作業になります。


下側になっているのが表板です。


胴体とネックができましたのでネックを取り付けます。表板がつくとグンとアマティらしさが出てきます。作業が進むごとに完成の姿が見えてくるのが楽しいところです。


ネックを取り付ける作業になります。
ネックの取り付けは楽器が本来の性能を発揮するのにとても重要な部分です。いくら慎重にやってもやりすぎはないくらいに思います。金儲けを考えるとそんなことを言っていられないので私のような職人とは全く違う考えの人もいるでしょう。

修理の仕事で多いのはネックの角度の問題です。一見壊れていないように見えるのに音がスムーズに上手く出ないのはネックの修理で改善することがよくあります。使っているごとに角度が狂ってくるのです。中古楽器を購入される場合、長年手入れしていない場合にはここに注意が必要です。

胴体に溝を彫ってネックを埋め込むのです。アマティの時代は全く違っていて釘で止めました。
現代のものとは指板が違います。バロック仕様では指板を三角形にして胴体寄りのほうを高くすることで駒の高さに合わせます。そのためネックを握った時胴体に近い方は分厚く感じます。

モダンヴァイオリンは駒の高さが適切になるようにネックを取り付けます。この時駒の高さだけでなくネックの角度にも気を付ける必要があります。現代の楽器製作のセオリーは低いアーチのものが前提となっているので、オールドヴァイオリンの修理やオールドのスタイルの高いアーチの楽器を作るときは製作学校で教わるものとは違います。ネックの角度に気を付ける必要があります。

この面を加工することによってネックの角度が決まります。同時に指板の左右の傾きもまっすぐになるようにします。そうしないとバスバーの位置に駒が正しく来なくなります。その上ネックの長さも決まってきます。ネックの長さが適切でないとイントネーションに問題が出ます。
左右の壁になっているところの傾きによっては指板のA線、C線のどちらかが高くなります。意図的にC線を低くする方法もありますが私は同じにします。
裏板のセンターに来るようにする必要もありますし、取り付ける高さによってネックの角度にも影響します。

その上でネックとの接着面がぴったりと一致しグラつきが無いようにしなくてはいけません。とてもじゃないですが簡単にできるものではないのです。


接着面が決まったらネックを仕上げます。

ここは親指が当たるところなので高いポジションを演奏するときにとても重要です。

最終的には胴体に取り付けてから構えてみて手になじむように微調整します。

エッジが四角いままなので丸くします。



断面はここで見ることができます。

きれいに丸くします。エッジの加工の仕方は作風に大きく影響します。



こんな感じになります。


エッジの加工をするとアーチの印象も変わってくるのです。



コーナーのスタイルもエッジの加工や溝の彫り方で作者の特徴が出るところです。


ネックをにかわで接着した後、裏板のボタンを仕上げます。

ボタンの仕上げ方も作者によって特徴が出ます。古いものでは摩耗していることが多いのですが。これだけで何時間もかかるのですよ。

ホワイトビオラの完成です

本体が組み上がりました白木の状態を見て楽しみましょう。

丸みを帯びた独特の形ですね。カーブのラインが独特です。
ストラディバリモデルの作り方を叩き込まれた現代の職人にこのようなものは作れないですね。
独学のような人には個性は出せてもこのクオリティが出ません。


板目板では杢の出方が不規則になります。ふわふわとした独特の模様になります。


立体感を写真で写すのは難しいですが…お楽しみください。





次は裏板です。


やはり現代のペタッとしたアーチとは違って優雅でふわっとしたような印象がします。板目板の木目もふんわりしています。音響上はこのようになっていなくてもいいのですが、アマティには独特の優雅さがあると思います。それを十分に再現できていると思います。このようなビオラを作る人は現代ではほとんどいないでしょう。音も「チェロのような」深々とした音になります。

これからはニスの仕事

冒頭でもニスのお話をしましたが、これからはニスです。大変に難しいものですが、しっかり作り込んだ楽器なら手間暇をかけるに値するでしょうね。


次回はその前にデルジェズのヴァイオリンの続きです。
フィリウスアンドレアの作ったスクロールの複製です。お楽しみに。