気楽にストラディバリを味わう【第15回】表板と裏板の厚さについて | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

板の厚さはチキンレースに似ています。

板を薄くするのは恐ろしいので職人は「厚くしたい」という誘惑に負けてしまいがちです。楽器を購入する人も薄い板の楽器はなんとなく怖いですね。

そうして「薄い板のヴァイオリンは良くない」という考え方が広まってしまうわけですが、調べてみると数千万円以上する名器は楽器のほとんどが薄く作られています。今回研究しているストラディバリの1709年製のヴァイオリンもびっくりするほど薄いです。


私は厚い板と薄い板の楽器を両方作ってコンサートホールで試したことがあります。



▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽

ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。
「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?



こんにちは、ヨーロッパの弦楽器店で働いているガリッポです。


よく「鳴る」とか「鳴らない」とか言いますが、多少の作りの違いなんていうのはその後経過する数百年という月日に比べると微々たるものでしかないのです。板の厚さでも極端に厚いか薄いかでない限り、割と何でも良いのです。多少なりにも知識のある人ほどこういう些細なことを気にしてしまいます。

極端に厚すぎたり薄すぎたりしなければ、板の厚さが影響するのは「音色のキャラクター」です。

弦を緩めれば低い音が出るように、板が柔軟であれば低い音が出やすくなります。
それと同じで表板や裏板が柔軟であれば低い音が出やすくなります。板が薄くなると柔軟性が増すので低い音が出やすくなります。これは数多く試作を繰り返し多くの楽器を調べて確かと言えます。

音量と板の厚さに関してははっきりした規則性が見いだせません。

はっきり言えるのは板が薄ければ低音が出やすくなるというだけです。

鳴る、鳴らないとか 音量があるとかないとかで楽器を評価するなら 板の厚さなんて考える必要はありません。実際に弾く以外にありません。

鳴る鳴らないという基準で楽器を評価しているのに板の厚さの話をしていたら時間の無駄です。とにかくたくさんの楽器を試演奏してみてください、その場合、無名な作者や東ドイツやチェコやハンガリーなどの安い楽器も決してバカにしてはいけません。

鳴る鳴らないの話をしているのに有名な作者の名前を口にしているような人はとんでもない無知をさらしていることになります。
そんなに有名な作者の楽器が優れているのならなぜ日本の店頭にたくさん並んでいるのでしょうか?一人の職人が作れる楽器の数は決まっていますから、はるかに弦楽器人口の多いヨーロッパだけで完売してしまうでしょう。


「弾いて音が良く出る」これを最優先して楽器を評価するのならはるかに安価な無名な作者の何も考えずにいい加減に作られた楽器が圧倒的に勝つ場合がゴロゴロあります。弦楽器を作る作業自体はクレモナの有名な職人もチェコの無名な職人も同じことをやっているだけですから。

弦楽器というのはそういうものです。クラシック音楽の歴史のある国の人は知っています。

「有名な作者の楽器でも鳴るものと鳴らないものがある」なんて言う人がいますが、当たり前です、有名かどうかと鳴るかどうかは関係がないからです。




「この楽器は鳴る」とか「鳴らない」とかはゆるぎない絶対の評価なのだと思うのかもしれませんが、弦楽器店で働いているとプロの演奏家でも音大教授でも人によって評価はいろいろだという現実を目の当たりにします。いくつかの楽器を並べて試演奏しても、ある人が絶賛した楽器がほかの人は箸にも棒にもかからないという感じで「はい、次の楽器」と気にも留まらないということがよくあります。

奇跡的に鳴る新しい楽器を血眼になって探すのなら平凡な職人の作った50~150年前の楽器を買ったほうが楽です。なんでそんな大変なことをするのですか?


耳に自信があるのなら無名な作者の音の良い楽器を探せば、予算の中でより音の良いものが買えます。耳に自信がないのなら作りがちゃんとしていて腕の良い職人の楽器であれば標準的な能力は備えているのでそれで練習して音の出し方と耳を鍛えてください。


私は楽器を選ぶときに耳元で強く聞こえる「鳴る、鳴らない」それだけですべてのユーザーが楽器を選ぶ必要はないと思います。

プロのオーケストラなどで指揮者の要求に答えるために音色はどうでもよくてとにかく強い音が出せるそういう楽器が求められるのかもしれませんが、この場合こそ平凡な古い楽器を探すほうが楽です。

とはいえ人間ですから、なんとなく見栄というか競争意識というか、そういうのも団体に所属していると芽生えてくるのでしょう。しかしわたしは、マイナーな音の良い楽器を見分ける能力、楽器を使いこなす能力こそ自慢するに値すると思います。東京やニューヨークで有名な作者だといってもヨーロッパに持っていけば誰も知らないのですから…


何が何でも強い音という制約が無ければ、総合的に楽器を判断してもっと弦楽器の魅力が見えてくると思います。オーケストラに所属していても一人くらいサボって味のある音色の楽器を愛でても人生が楽しくていいじゃないかと思うのですが…。

結局オーケストラ全体が美しくない音の楽器を使っていたらそのオーケストラはどうでしょうね?


私は集団生活が得意でない快楽主義者なのですいませんね。

薄い板と厚い板の楽器を比べると

私が厚い板の楽器と薄い板の楽器を作って試した結果を言いましょう。

①薄い板の楽器のほうが低音が出やすくなる
②薄い板のほうが遠くまで音が届く


①薄い板の楽器のほうが低音が出やすくなる
これは間違いないでしょう。問題はこのことをどう評価するかということになります。

低音が勝ったバランスの楽器であれば暗い音と感じて、高音が勝ったバランスなら明るい音となります。明るい音が良いのか暗い音が良いのかはその人の好みでしかありません。

個人個人違いますが、弦メーカーが言うには平均するとヨーロッパ人は暗い音を好みアジア人は明るい音を好むそうです。

新しい楽器は明るい音のものが多く、古い楽器は暗い音のものが多いです。
これには技術的な裏付けがあって、古い楽器には板の薄いものが多く新しい楽器には板の厚いものが多いです。さらに、古くなると表板に張りがなくなってきて柔軟性は増します。

明るい音が好きというのであれば比較的新しい100年くらい前の楽器が理想の楽器かもしれませんし、暗い音が好きなら200年以上前の楽器がたまらないということになります。

現代の職人のほうが優れているとか昔の職人のほうが優れているとか言うことはできません。

②薄い板のほうが遠くまで音が届く
私が作った場合としか今のところ言えませんが、傾向としては薄いほうが遠鳴りするのではないかと思っています。厚めでも古くなることで柔軟性を持てば遠鳴りするのではないかとも考えられます。

例えば全体的に厚く表板の中央が3.8mmのものと全体に薄く中央が2.5mmのものをコンサートホールの後方で聞いてみたところ、3.8mmのほうは子供用のヴァイオリンかと思うくらい蚊の鳴くような音でした。

演奏者本人に聞こえる音では大差がないかむしろ強く聞こえるのかもしれません。

実際ソリストがコンサートに使用している名器は薄い板のものが多いので、「薄いと遠鳴りしない」とは考えにくいです。


私が作った結果、薄いほうが遠鳴りには有利でしたが「薄い楽器を買うべき」とは言いません、好きなものを選んでください。


厚すぎるものはダメ

多少の厚い薄いは作者や作品の個性と、演奏者の好みの問題の範囲ですから何でも良いです。

ただ厚すぎるものはダメです。

安価な大量生産品でしたが、お客さんが試演奏していつも即座に除外されるヴァイオリンがありました。調べてみると表板が異常に厚かったです。

このほかにも先祖から伝わる古い楽器を使っていた音大生が、教授に「音が悪いからどうにかしろ」と言われて調べてみるとやはり厚すぎました。


ビオラの場合厚ければ低音が出にくいですから、ビオラの音が好きという人にはあまり好まれません。


先ほどのコンサートホールで自作の楽器を試した例でも厚いほうが難しいですね。例外的に厚くても遠鳴りするものもあるのかもしれないので調査中です。でも普通に考えれば厚すぎるものはダメです。

どこまで薄くできるの?

ここからがいよいよチキンレースです。

薄くするデメリットはないのでしょうか?それがわかればどこまで薄くできるかも分かってきます。


チキンレースというのは、映画などで壁や崖に向かって自動車をフル加速で走らせてギリギリで運転席から飛び降り、早く降りたほうが負けというゲームで死んでも負けというものだそうです。

板の厚さも削っていくのでだんだん薄くなっていきます。
誰かと競う合うわけではありませんが、削りすぎて薄すぎれば壊れて負けで、恐れて厚すぎると音が良くありません。

ただ弦楽器の場合必ずしもギリギリが最高というわけではなく、ちょっと厚くてもギリギリの薄さでも音色の個性でどちらもセーフです。
ストラディバリやグァルネリ・デル・ジェズは厚さにバラつきがかなりあって、現代より薄いものも多いですが厚かったり薄かったりします。じゃあどちらかはダメな楽器かというとそんなことはなくどちらも名器としてコンサートで使われています。

ストラディバリやデル・ジェズの板の厚さにバラつきがあることは、いろいろな解釈を生む原因になります。

単に厳密に品質を管理して作っていなかっただけだと思いますが、天才信仰に陥っている人は「木の材質の違いを見抜いて計算して作ったに違いない」とか音感に自信のある人は「タッピングで木をたたいて音を聴いて厚さを決めたに違いない」とか決めつけも甚だしいです。


完成時の厚さを初めからきっちり決めて作ると作業は大変な慎重さを必要とします。チキンレースに例えればスピードを時速1キロくらいにしていけばギリギリまでいけるでしょう。

削るスピードを緩めずにザクザク削って行くと最終的に仕上がる厚さにはばらつきが出ます。早めに仕上げに移ってしまえば厚くなりますし、削りすぎると薄くなります。ストラディバリも0.1mmまで正確にプラン通りに加工していたのではなく、勢いよくザクザク削っていって大体これくらいだろうという感じでやっていたのでしょう。そうなると厚めだったり薄めだったりします。

厚めでも薄めでも300年も経てば良い音になりますからどうだっていいわけです。


ストラディバリはそれより古い楽器と比べられることも少なかったのでそれでいいのですが、現代では古い楽器と比べれられてしまうので難しいです。

「ストラディバリと同じやり方だから正しい」というのではなく、現代に楽器を作るのなら、いろいろ試して分かった結果を踏まえて音を予想して設計した厚さにきっちりに持っていくことで新しいうちも少しでも魅力的に感じられるようにできる可能性が高まります。


デメリットを考えていきます。

①割れや変形が生じる
板が薄すぎると強度が足りずに割れたり変形したりします。
特に深刻なのはチェロやコントラバスで、弦の張力がMAXの5弦のバスは大変です。

普通はバスバーで低音側を支えているのですが、それでも支えきれなくて表板がバスバーに沿って割れてしまいます。今週も割れを接着して新しいバスバーを付けて補強する修理をしていました、もう一台同じ修理が必要なバスが待っています。皆さんも聞いたことがあるかもしれません国立のオーケストラのバスですよ。修理代が新作のヴァイオリンが買えるくらいします。

通常のバスバーだけでなくギターのように横方向にも梁を付ける必要があるんじゃないかと考えています。

ヴァイオリンの場合には比較的問題は少ないのですが、安い楽器で部分的に1mm位しかない楽器があって、割れてしまってくっつけても全然強度がありませんでした。安い楽器だったのでペタッと薄いスプルースの板を張り付けるといういい加減な修理で厚さを増しましたよ。

表板の魂柱のところが割れてしまう魂柱傷については、厚くても薄くても強い衝撃がかかれば割れてしまうようです。厚いと今度は弾力がないので竹のようにパカッと割れてしまいます。薄いと弾力があって衝撃を吸収して助かることもあるのではないかを思います。表板が2mm以下のテストーレが200年以上経っているのに全くの無傷だったりします。

魂柱傷はきっちり修理すれば音は悪くなりません。


変形は必ずしも音が悪くなるというものではないと思います。あまりひどいと演奏が困難になってしまうこともあるでしょうし、正しく魂柱をセットできないということもあるでしょう、チェロでは表板の中央駒の足元を薄くすると持ちません。しかし、私は変形を気にしすぎて板を厚くしすぎてしまうことも問題にしています。

天才信仰に陥っている人ならば、天才が作った完璧なアーチが変形するので音が悪くなると考えてしまうでしょう。デル・ジェズはどういうわけか変形が大きく、ストラディバリよりさらに変形していますが音の良さに定評があります。


②低音が勝りすぎる
音のバランスの問題で低音に偏りすぎるという問題です。薄くすれば遠鳴りするから壊れない程度で薄ければ薄いほど良いということではなく、音色のキャラクターに違いが出ます。

さっきちょっと触れた表板が2mm以下のテストーレはビオラのような音でヴァイオリンで珍しくウルフトーンが出ることもありました(修理によってなくなりました)。こっちの音大教授が愛用しています。

その人はその音が好きなのでそれで良いわけです。私は怖くて2mm以下にはしたことがありません。


薄い板の楽器でG線は力強くて良くてもA線とD線が気に入らないという人もいます。
その人は薄い板の楽器はやめたほうが良いです。

そのあとで何千万円の名器を弾かせるとコロッと態度を変える人もいます・・・「値段に左右されてんじゃねえよ!(漫才のツッコミ風)」とは言いませんけど。

1709年製のストラディバリ






これは現代の常識からすればかなりの薄さです。
だからといってこれがストラディバリの秘密とまでも言えないのです、もう少し厚い楽器もあるからです。

厚いのが良いとか薄いのが良いとかそういうチマチマしたことを気にしないでざっくりと適当に作っていたのが秘密といえば秘密でしょうか?

木材が古くなると縮むということもありますし、後の時代の修理によって改造された可能性もあります。そのため新品の時の厚さがどれだけだったのかはよくわかりません。

他にも薄板の楽器はたくさん見られてそれらの楽器が300年経った今も使われていて良い音をしているので薄いことが間違っているとは言えません。

表板にはグラデーションと呼ばれる中心から周辺に向かって薄くするという手法は取られていません。ほとんどの部分が2.5mm以下ですからかなり薄いほうです。現代では珍しいです。19世紀のフランスの楽器にも全体が2.5mm程度のものはよく見られます。現代のイタリアの作者でもフランスの影響を受けたフィオーリーニやサッコーニ、ポッジや彼らの教え子たちにも薄い楽器はあります。

サッコーニの場合にはエッジ付近が厚くなっています、エッジ周辺は枠のような効果を発揮するのでエッジ付近が厚いと強度が飛躍的に増します。そうなると厚い板の楽器のような音に近づくでしょう。


裏板はそうとう薄いです。特に薄いのは一番薄いところと厚いところの中間です。3mmを超える部分がごくわずか中央だけで30%くらいしかないように見えます。現代の楽器では60%~70%くらいの部分が3ミリより厚いでしょう。

裏板が薄いチェロで特に顕著なのですが、裏板が薄いと音は柔らかく低音の量が多い偏ったバランスになります。

エッジ付近も薄いためこの通りに作ればビオラみたいな低音の強いヴァイオリンになるでしょう。ビオラみたいというのは例えで、実はビオラで低音が出ないものがたくさんあります。下手なビオラよりも暗い音のヴァイオリンになるでしょう。


また注目する点は左右が0.1mmまで対称に作られているわけではありませんし、かといって低音側と高音側の厚さを意図的に変えるなど特別なことはされていません。

所々に厚いところが残っていたり、薄いところがあったりします。

他の楽器ではもっと顕著に削り残しとか周囲より薄くなりすぎているところがあったりします。そんなに厳密に厚さを管理していなかったのでしょう。


数学的に規則正しく正確な厚さにしたら音が良くなるか?という疑問もあります。

現代の楽器作りでは教育するのに、一定の規則みたいなものを作ってここはこういう厚さにするというシステムを作ると教えやすいです。初心者に教えるときにその決められた寸法に正確に加工できるように指導します。

基礎的な技能を身に付ける段階ですから設計を決めて正確に加工することが求められます。

ところが、先生に教わったシステムに忠実に0.1mmの誤差もなく加工できたからといって音が良いということにはなりません。

音色のキャラクターに差は出ますが厚すぎず、薄すぎなければ何でも良いです。


私が個人的には、あまりにも均一に規則的になりすぎているよりも適当に削り残し、削りすぎなどのバラつきが散在しているほうが良い面もあるのではないかと考えています。

アーチも不規則で均一ではなくちょっといびつで、深い溝にぷっくりとしたふくらみなど起伏があって板の厚さも不規則であると弦楽器に求められる、柔らかさと力強さ、高音と低音、様々な音楽の表現など、相反する要素を両立できるのかもしれないと考えています。

すべてが均一に作られると、音の出方が一本調子で強い硬い音、音色も単調で、強い低音に耳障りな高音とかそうなってしまうのではないかという可能性も考えられます。


何が本当かわかりませんが、すくなくとも「私は、0.1mmまでこだわって完璧に作っています。」とか「数学的に強度を計算して作っています。」とかそういう主張については「無駄な努力ご苦労様です。」と労をねぎらってあげたいです。


後よくわからないのがどこどこをたたいて音が何ヘルツになっているとか、どの高さの音になっているとか言うあれです。私は完全に楽器の板のどの部分がどのように振動してどのような音になるのかシミュレーションができるのなら納得しますが、こういう意見は根拠がよくわからないです。

こんなのも聞いたことがあり余す。「中心を叩いて440Hzになっていると良い」というものです。なんでここで440という数字が出てくるのでしょうね?450だったらどういう音になって430だったらどういう音になるのでしょう。全くその説明がありません。


実際に作っていきます



真ん中から彫り始めます。

スプーンのようにカーブしたノミで彫ると高いアーチのヴァイオリンでもうまくいきます。高いアーチだと深く掘らなければいけないのです。

最終的な厚みよりも+0.5mmまでこのようにザクザク削ります。
慣れてくると手に感じる感触でどれだけの厚さで削れたのかわかります。ノミの先が手先の感覚のようになってくるのです。そのためいちいちあらゆるところを測らなくてもポイントだけを測れば今どれくらいの厚さになっているかわかります。
さらにもう少しフラットなノミで凸凹を平らにしつつエッジ付近の厚さを出します。

ノミで厚さをだいたい出してあるのでカンナでは表面をならすだけです。


「これで完成」という風にできればストラディバリの時代のような削り残しや削りすぎなところが適度に残ります。

カンナではなくノミで厚さを出していますからそんなに正確にはできません。この方法だと最後のほうは相当気を使わないといけません。それでも慣れてくればかなり正確にできます。


今回はもう少し厳密にやるので一通りカンナをかけても厚すぎるところはないかもう一度確認してそこを特別にカンナで薄くします。

スクレーパーで仕上げます。

表板も作業自体は同様ですが、f字孔が来るのでアンティークに見せるトリックなどもあってもう少し複雑です。

こんな風になりました


オリジナルよりも少しだけ厚めになっています。それでも現代の常識からすると薄いほうです。
そうなると現代よく売られているような楽器とは音が違うということになります。

つまり低音が勝っているバランスの暗い音になるということです。

木が縮んでどれくらい薄くなるのでしょうか?
10%も薄くなるとは考えられませんね。10㎝の木材が9cmになるというのは縮むというレベルではないですね。2.5mmの10%なら0.25mmですからそんなにものすごく小さくなるということはないでしょう。


まとめ

私は強度を得るのに必要なポイントは厚くしてそれ以外はごっそり薄くしてしまいます。その必要なポイントを見極めるのが課題で取り組んでいます。

すべて薄くしてしまうと強度が落ちすぎて音に張りがなくなり手ごたえを感じなくなってしまいます、ピンポイントで厚くするべきところだけ厚くします。ストラディバリはそんなことを考えなくても300年も経っているので良い音になっています。

そのピンポイントで厚くするところはどこか?
それは企業秘密です。


私は今回の記事でも安くて音が良い楽器を耳に自信のある人には薦めています。

楽器屋の営業マンにとっては簡単に仕入れられる楽器を高く売りたいわけです。
高い楽器より安い楽器の音が良いと困りますよね。安い楽器の音が良くてもなにかとケチをつけます。そんな時に便利なのは「板の薄いヴァイオリンは良くない」とか「暗い音の楽器は良くない」そういう文句です。

オールドの銘器は板が薄く音は暗く、入手が簡単な新作の楽器は板が厚く明るい音のものが多いです。イタリアの作者にインターネットでメールを送るだけです。
売りたい新作の楽器は、「鳴る」ということだけで言えばはるかに安価な東ドイツやチェコ、ハンガリーの50年以上前の楽器に負けるのは普通のことですし、私の楽器でもそうです。


別の日に数千万円の予算で楽器を探している人が来たときにはそんなことは言わなければいいです。

弦楽器の知識なんていうものは商取引を有利にするために利用する、その程度のものです。
そうやって数百年商人たちは努力してきました。

我々職人はこのようにして広まってしまったようないい加減な知識に惑わされてはいけません。
実際に自分で様々な厚さの楽器を作って、様々な楽器を測って調べてちゃんとした知識を身に付けるべきだと思います。

明るい音の楽器も要望があれば作ることはもちろんできますが、作れる本数が限られているので新作では作れる人が少ない暗い音の楽器を作っています。ヨーロッパではこちらのほうが好まれることが多いですので。明るい音が好みの方は、明るい音の新作楽器は簡単に入手できますので私が作るまでもないです。



次回はこれも興味深いf字孔について楽しんでいきます。