気楽にストラディバリを味わう【第12回】エッジとコーナーの加工 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

表板や裏板の周辺部分をエッジと言いますが、これには時代や流派、個性など作風の違いが出ます。
特にコーナーの部分はきれいに作るのが大変難しくまともに修行していない職人のものはすぐに見分けがつきます。

また、エッジの加工は表板や裏板の強度に大きな影響があり音にも影響すると考えています。
私はちょっと異常なまで注目しています。



▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽

ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。
「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?




こんにちは、ガリッポです。


まずは、ちょっと最近の業界の動向から。
弦楽器や弓には象牙、べっ甲、クジラのひげなど取引が制限されているものもたくさんあります。
フェルナンブーコや黒檀といった貴重な木材も例外でもありません。

弓の材料が多いのですが、黒檀も取引の制限によって値段が上がってきました。

黒檀は弦楽器の指板やペグ、テールピースやあご当てに使う真っ黒の木材です。アフリカやアジアの暖かい地域の産出です。19世紀以前はヨーロッパでは入手が困難だったのでしょう、白い木を黒く染めて使っていることも多くありました。

植民地支配のためでしょうかヨーロッパでも手に入りやすくなり戦前の楽器に使われている指板などは現在のものより質が良いものがよくあります、1960年代でもそうですね。

黒檀は最も硬い木材であり指板には他の木材を使うことができません、昔の裸のガット弦ならばそれほど問題はなかったのですが、現在の弦は金属が巻いてあるために演奏しているうちに指板がすり減っていきます。柔らかい木材ではどうしようもありません。コントラバスともなると指板だけでも相当な値段になります。

ペグやテールピース、あご当ても密度が高く丈夫な黒檀は最も機能面で優れたものです。優れているために多くの楽器に使用されましたが、古い高価な名器には茶色の木材を使うことが多いため、真っ黒なペグは「安っぽい」と思われています。

茶色の木材はツゲという白い木材を酸で反応させて着色したものです。
19世紀には高価な楽器に彫刻を施したペグやテールピースをつけるのが流行したようです。黒檀はボロボロと割れてしまうので彫刻に適さない木材ですし、黒い色では彫刻もよく見えません。

現在では彫刻が刻み込まれたペグなどはほとんど使われませんが、いまだにツゲが高級品とみなされています。材料の値段は黒檀と変わりませんが、黒檀や象牙、代用品として骨のリングや先端に球が飾りとして取り付けられていることによって値段が高くなっています。

先日黒檀のリングと玉のついたツゲのヴァイオリン用のペグを注文しましたが、1セットで14000円もしました。仕入れ価格ですからね、お客様の楽器ならこれに利益とさらに取り付け加工代が必要になります。
中国製なら5000円ほどですがこれはローレンツというドイツのメーカーのもので品質が最高なのですが生産数が少なく日本では手に入らないでしょう。
以前は注文してから1年半くらい待ったこともありました。

会社を大きくして人を多く雇うと品質が悪くなります。
もう一つのドイツのメーカーはオットーテンペルといい、生産数が多くいつでも入手が可能ですが、職人の目から見ればクオリティの差は雲泥のものです。
クオリティの低いこちらは日本でも手に入ります。
日本人は生産国にこだわりがちで、ドイツ製というだけで品質のたいして良くないものでも高級品としてもてはやしてしまい、高級店で取り付けを頼めば10万円くらいになるでしょう。
仕事が甘いので見た目はグズグズで、高性能な機械で作られた中国製のコピー商品よりも劣るように見えます。ただ材質は良いものを使っているので中国製のものよりは安心かなと思います。

職人以外にはクオリティの違いは分からないのでしょうか?


一般論として、働いている人の人数が多くなるとまず品質は悪くなります。
会社が大きくなってダメになった企業の例はいくらでも思いつきますよね。

私が思うに、「良い製品を作りたい」と他の何よりも大事に真剣に考えている人は少なくて人が増えると、こういう人の意見がどんどん少数派になっていくのでしょう。初めそういう「変人」が超人的な情熱と異常なこだわりと頑固さによって優れた製品を作り出しメーカーとしてスタートし急成長することができたのですが、これを理解できない人が多数派になってダメになっていくのです。

情熱に燃えた新入社員が「私は、優れた製品を作りたいんです!!」と言いだしたとしても「君は世間というものを知らないね、良いものを作っていれば売れるというものでもないんだよ・・」と99%の先輩は説教を始めるでしょう。
こうなったらすでに終わっています。


そういうわけで最高品質のペグを今回私が作っているストラディバリの複製に取り付けるために注文しましたが、はたして完成までに入手できるのでしょうか?



黒檀の値上がりが続けば、安価な楽器には黒檀以外のローズウッドや飾りのついていないツゲのペグが使われるようになるかもしれません。

そうなると今度は真っ黒なペグが高級品とみなされる時代が来るかもしれません。



今回は、このように「変人」の私がディティールの部分に注目していきます。
音にしか興味のない人にとってはどうでもいいことかもしれませんが、異常なまでにこだわってきたところ音への関係も分かるようになってきました。

エッジの加工


エッジというのは表板や裏板の外周部分でこの図のように、いくつかの寸法をパラメーターとすることができます。これに加えてカーブのラウンドなど数値化できない違いもあります。
また、ミドルバウツなど幅の狭くなっているところと図のような幅の広いところでは変わってくることがあります。数百年前の職人は厳密に測って作っていたわけではないので場所によって大きくバラつきがあることがあります。



ストラディバリのエッジの加工の仕方はこのようなものだと考えられています。


はじめに一番端まで弧を描くように加工します。
次に角を丸くします。
ストラディバリ黄金期の1710年代の a は1.3mm程度で、若いころの1600年代のものは1.5mm以上ありそうです。
この時 b の高さは少し低くなります。

しかしこの角の部分は使用していくと摩耗してしまいます。オリジナルの状態を残している楽器はわずかしかありません。ストラディバリ自体が貴重なので目にしたことがあったとしてもたいていは摩耗しています。

そういう楽器を真似したり弟子などの教えたり、さらにそれを真似をしたりして20世紀以降ではオリジナルのストラディバリのようなものは少なくなっています。

上の図ではストラディバリが摩耗した様子を示しています。赤線がオリジナルで太い実践が現在の様子です。
こうなるとオリジナルのストラディバリとは印象が全く違ってきます。

下の図は現代一般的なものです。
a の幅が2mm程度あり、オリジナルのストラディバリとはずいぶん違います。

オリジナルのような尖った角のエッジワークは19世紀フランスの楽器にも見られる特徴です。また、オールドイミテーションではストラディバリが摩耗した姿にせるわけですから上の図のようにします。
このような角がズルズルになっているものは、19世紀後半のミラノの流派や20世紀のチェコの楽器によく見られます。

下の図は、a の幅を広くとることでオールドイミテーションではないのに古い名器のような趣を与えようとしているのでしょう。上の図のようにすると加工が甘く見えて安価なものと見分けがつきません。

そこで、角を強調することで技術の正確さをアピールできます。
断面図で見たときオリジナルのストラディバリとは違いアーチの上からのカーブが先端に向かっていません。上に向かっています、カーブの種類が違います。

これには問題があって、このカーブの違いがアーチングにも影響してくるということです。そして現代の楽器にありがちな音の原因にもなっていると考えています、そのことについては次回詳しく説明します。

下のタイプでも加工が甘くてグズグズになっているものもあります。
大量生産品などにも多く見られます。


コーナー

表板や裏板にはコーナーと呼ばれる突起があります。


これは機能上は必要ありません、それどころか演奏の邪魔で時々弓をぶつけて壊してしまいます。そのためコーナーのないギターのようなものも考案されました。しかしこれが広まることはありませんでした。

それほどまでに弦楽器という世界は保守的なもので変わったものはすぐに敬遠されてしまいます。


コーナーには作者の特徴が出るわけですが、どういうバリエーションがあるのか考えていきます。

これらが複雑に関係しあって独特の形になります。特徴がはっきりしているものもあればはっきりしないものもあります。

作者の特徴を描いてみました、これはイラストなので正確なものではありません。

アマティは細長いコーナーが特徴でルジェッリやロジェリ、グランチーノなどアマティの影響が強い作者では細長いコーナーがよく見られます。ストラディバリも若いころの作品にはこのような傾向があります。

右上に示したストラディバリの1715年頃のものは19世紀にフランスでお手本とされたもので今でも楽器作りを勉強した時『正しい』とされるものです、今回私が作っているのは1709年の楽器ですのでまだアマティ的な細長い名残があります。

グァルネリ家は2世代目のピエトロ、ジュゼッペ兄弟ではコーナーの下側の彫り込みが浅いので外側に向かっているように見えます。

ジュゼッペの息子のデル・ジェズになると下の図で示したように同じ時代のものでもバラつきがあります。アマティでは上からコーナーに向かって大きくうねったS字のカーブをしているのに対してデル・ジェズではほとんど真っ直ぐに降りてきて急に曲がる感じです。下側のカーブは適当ですね、その時の気分次第でしょう。全体的には長くはないけれど細めですね。

モンタニアーナはヴァイオリンの場合はそれほど特徴がありませんが、チェロになるともっとわかりやすいキャラクターになります。モンタニアーナモデルのチェロはよく作られますが、現在の楽器製作ではストラディバリのスタイルで教わるので、モンタニアーナモデルにストラディバリのスタイルのコーナーがついていると私は気になってしまいます。

ストラディバリは先端の辺の角度が傾いているのが特徴です。フランスの楽器では多少オーバーになっていることが多いです。実際のストラディバリはバラつきがあってそれぞれのコーナーで角度が違います。モンタニアーナやグァルネリのモデルでこのようになっていると違和感があります。

一方でフランス風の楽器作りが伝わった証拠ともなります。19世紀のトリノの流派などでもこの特徴がみられます、上の写真はエンリコ・ロッカのもので父親のジュゼッペ・アントニオ・ロッカがフランス風の楽器を作ったので角度に特徴がありますね。ロッカはグァルネリモデルにもストラディバリのようなコーナーを付けいてるのが特徴です。

パフリングとの関係



今回作っている1709年のストラディバリの複製のヴァイオリンですが、このようになりした。
パフリングの合わせ目の先端は少し長くなっていてやや下側に向かっています。
どういうわけか1500年代のアンドレア・アマティの時代からこのようになっています。

左がアマティのもので右がストラディバリの特徴を表した図です。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、アマティは先端が上側からと下側からの流れの延長戦の真ん中に向かって伸びています。それに対してストラディバリは先端がやや下に向かって曲がっているように見えます。目の錯覚で実際には曲がっていません。

フランスの19世紀の楽器ではストラディバリの特徴をさらにオーバーに表現しました。私のフランスの楽器のコピーを作った時は下に向かってグニャッと曲げたものです。

コーナーの先端の流れをどこに持っていくかはとても難しい作業です。重要なのはパフリングの外側からの距離と、コーナー自体の形によって決まってしまいます。パフリングを入れる作業でごまかそうとしてもうまくいきません。

左の図ではパフリングが外側に近い場合でこのような印象になります。またコーナーが太い場合も同様です。真ん中の図はパフリングが外側から離れている場合です、コーナーが細い場合でも同じようになります。

右の図では、コーナーの先端がほんのわずかでも向いている方向が違うと印象が変わってくるということです。

このようにパフリングの先端は溝を掘ってパフリングを入れる作業だけで決まるのではなく、コーナーのわずかな違いやパフリングの距離とコーナーの太さとの関係によって決まります。

ある量産メーカーの担当者がいかにきれいにできているか自信満々で製品を見せてくれたことがありますが、パフリングのラインは理想的でもコーナーと合っていませんでした。機械でパフリングの溝を掘っているのでしょうからそういうことが起きるのですね。私には美しく見えませんでした。

量産メーカーとして品質管理を徹底しているつもりなのでしょうが、大企業には限界があります。

コーナーのエッジ

先ほどエッジの加工をやりましたが、コーナーでも同様のことがあります。

左上がストラディバリのオリジナルのもので19世紀フランスの楽器も同様です。
断面図を示しましたが、エッジと同様に滑らかな弧を描いています。矢印のところが角となります。
上段中央の図はそれが、長年の仕様で摩耗した様子です、赤い線がオリジナルです。
斜線で塗られているところはオリジナルのニスが残っているところです。

右上の図では現在一般的な作風です。オールドイミテーションではないフルバーニッシュの新品らしい新品の楽器に見られます。それでも古びた楽器のように角が丸くなっています。断面図のように滑らかな弧を描くのではなく溝が強調されています。

また左下のように角を丸くしないケースも見られます。これは私には意味が分からずにやっているように思えます。

右下の場合はストラディバリやフランスの楽器のようですが、やはりなめらかな弧ではなく角が強調されています。19世紀のフランスの作風が世代を重ねて薄まってきた流派などで見られます。
グァルネリ家もこれに近いところがあります。

どれが良いとか悪いとかと言うのはなくて、作者の好みの問題です。
実際には単に無知で師匠に教わってそれしか知らないというのがほとんどでしょう。

古い楽器を模して作る場合はとても重要になります。
右上のようなものでアンティーク塗装されていても、すぐに新しい楽器だとわかります。

音にかかわる部分は次回

なかなかのボリュームになってしまったので続きは次回にします。

現代の楽器と200年以上前のオールド楽器の違いはここにも表れてきます。
単に見た目の問題だけでなく音にも影響があります、そのことについて次回説明します。

詳しく言うともっともっとあるのですが、混乱するといけないので今回はこれくらいにしておきますよ。


私はこのようにして作者ごとの楽器の違いなどを知ることで楽しんでいます。
古い楽器の場合、摩耗してしまっていて細長いコーナーも短くなっている場合もよくあります。パッと見た印象と複製を実際作る過程でよく見ていくと全然見え方が変わってくることもあります。

また現代化する前のドイツの楽器も独特な特徴があって面白いものです。
もう一度ケーススタディの記事を読み直すと今回の内容がよくわかるかもしれません。


私でも、作る前は「このコーナーは細長いな」と思っていも作り終えたとき、何度も自分の楽器を見ているうちにそれが普通に見えてきます。目の感覚というのは絶対的なものではなくて見慣れているかどうかによって印象が変わってきてしまいます。

部屋にこもって他の楽器を見ることなく何十年も楽器を作っている職人なら目の感覚が独特なものになっていて、普通のものを作っているつもりでも個性がにじみ出てしまうものです。

修理やメンテナンスなどで多く楽器を目にしていても、地域によって出回っている楽器に偏りがあれば見え方が違ってきます。私は古い楽器を多く見ているのでどうしてもそれが普通に見えてしまいます。日本では新しい楽器が多いのでしょうから感覚が違ってくるでしょう。

私のような職人でも楽器の作風を客観的に見ることができないというそんなものです。
同じ楽器でも年月を経てまた見たときに全然違う印象に見えたりします。
自分の楽器でさえ「こんなの作ったっけ?」と思うこともあります。
その辺が鑑定なんて完全にできるのか疑問に思うところです。

そういう意味でいかに優れた職人であったとしてもすべて計算しつくして楽器を作っているのではなく「天然」みたいなところがあって、音も偶然みたいなところがあります。

知るほど弦楽器というのはおもしろいものです。