7月からまた再開します。
今回はプチ更新ということで、トラブルの事例を紹介します。

ヨーロッパの弦楽器工房で働いているガリッポです、梅雨がないので近頃はこういう感じです。
さっそくトラブルです、こちらをご覧ください。

表板の合わせ目がパックリと開いています。
このチェロは7/8のサイズでおそらく中国製だと思われます。
事故などではなく自然と開いてきてしまったものだと思われます。
原因として考えらえるのは
①合わせ目の加工が正確ではなかった
②伐採して間もない木材を使用していた
チェロなど弦楽器の表板は2枚の板を真ん中で張り合わせていることが大半です。
問題は厚さが4~5mm位しかないので本当にしっかり接着されていないと弦の圧力が加わって表板にストレスがかかった時に外れてしまうということです。正面から見て右側には魂柱というつっかえ棒が入っているのに対し、左側は中空になっています。弦の力が加わると表板の右半分は固定されているのに対し、左半分は押し付けれられる力が働きます。これによって写真のように継ぎ目が段差のように開いてしまうのです。右側が高くなっているのがわかるでしょうか?

弦をおろしても隙間が埋まることはありません。これは完全に隙間ができていて密着しません。
初めから正確に加工されていなかったのと、新しい木を使っていたために変形してきたことが考えられます。
このような大量生産品の場合、自動カンナという機械を使って木材を加工し、木工用の接着剤を使って接着するようです。
私は手動のカンナを使い、天然のにかわという昔ながらの接着剤を使います。にかわは木工用接着剤と違い隙間が少しでもあると隙間が埋まりません。正確な加工が要求されます。

私はこのようなカンナを使います。日本人のイメージするカンナとは様子が違うかもしれません。
これは、アメリカのスタンレーというメーカーのカンナで台が鋳鉄でできています。19世紀後半に発明されたカンナで台の長さが55cmもあります。伝統的には木製の60cmくらいの長い西洋カンナを使ったわけですが、鉄製のこれはとても正確に加工することができます。金属を台にしたカンナは最近の発明ではなく古代ローマの時代にもすでに使われていました。実際に残っています。
ただし、調整がうまくいけばの話です。
これらのカンナは弦楽器製作用の製品ではありませんから買ってすぐに使えるわけではなく、多かれ少なかれ調整を自分でする必要があります。写真のこのカンナは1950年ころにイギリスで作られたもので、調整に2か月くらいかかりました。
鉄を削ってカンナの台を適切にする必要があります。
木製のカンナのほうが調整が簡単な代わりに、誤差や狂いが出やすいというマイナスがあります。正確性を求めるのなら根気のいる作業を必要とします。
一度うまく調整されたカンナなら30分もあれば完璧な接着面を出すことができます。調整に問題があれば何時間削っても完璧な接着面はできません。
大量生産品の場合伐採して数年の木材を使用しています。
私は最低10年、音への影響も考えて20年以上前の木材を使っています。
もっと古いものもありますが、ボロボロになってしまって割れやすくなってしまうなど質にむらが出てしまいます。20~30年くらいのものが安定しています。
リスク覚悟で50~100年前の木を使うこともありますが・・・
音については、新しい木でも単純に悪いということはありません。古い木材のほうが枯れた渋い音にはなります。新しい木ならば明るく元気な音になる傾向があると思います。
100年前の木材を使ったからといって100年前に作られた楽器と同じ音になるかというとそうでもありません。
100年もたった楽器は非常に強い音がする場合が多い(耳障りな場合も多い)ですが、古い木材を使ってもそこまでの音の違いはないと思います。
修理の方法
気になる修理の方法ですが、完全に修理するのは不可能です。
作る段階で私なら30分で完璧な接着面にすることができます。
修理に何日もかかってそれでも不完全なのですから、「初めからちゃんと作っておけ」という話です。
無理やり貼り付けて補強するというのが現実的な修理法です。
このチェロの場合問題になるのは安いチェロのため修理代に多くかけられないことです。
表板を開けて専用のクランプで締め付けて接着し補強のために木片を取り付けます。
その後表板を付け直し、たいていの場合駒と魂柱がわずかに合わなくなるので新しくします。
5万円はかかるでしょうね。
安いチェロですから5万円というのは結構な痛手です。さらに言うと表板を開けるときに木工用接着剤を使用していると木材よりも強度が高いので表板がボロボロになってしまいます。
これも直すとお金がかかりますから、パテで埋めてくっつけるという汚い修理になりますよ。
一方で高価なチェロだった場合、「無理やり貼り付ける」ということが気持ちよくありませんね。
これは別のチェロですが、表板を開けるのは面倒などので割れてしまった表板の隙間に薄い木材を入れてしまうという修理です。

これは最悪です。ひびの部分というのはウィークポイントになりここを中心に表板がぐにゃりと曲がってきてしまいます。修理をやり直そうにも大変ですよ。

よりによって駒の下、魂柱の真上の割れも同様の修理がなされています。この場合は表板を開けるだけでなく石膏で型を取って魂柱パッチという修理をします。いずれ紹介しますがこうなるとかなりお金がかかります。
中古品などを購入する場合このようなものは避けたほうが賢明です。
もしくは修理代分を値引きして購入するべきです。
まとめ
安い中国製の楽器には安いなりのことがあります。
しかしこのトラブルがいつも起きるわけではありません、運が良ければ何も起きません。
逆にハンドメイドの高級な楽器だからといってこういうことが絶対に起きないとは言えません。
カンナを正確に調整し、正確な加工ができる職人の作る楽器にはこのようなリスクが少なくなります。
音についていうとむしろ正確にすべてが接着されているよりも、接着が不完全でゆるいほうが楽器が柔軟で自由に振動して音が良いと感じることがあるかもしれません。
しかし、思わぬ出費や常にどこかが剥がれてくっつけなさなくてはいけなかったり、みすぼらしい傷に悩まされるリスクがあるということも知っておいていただきたいと思います。
私の師匠の師匠やそのまた師匠の楽器では50~80年前の楽器でも新品のようにヴァイオリンなら消耗品を交換するだけでそのまま使えるものがほとんどで、チェロでも簡単な修理で済むことがほとんどです。一方同じ年代の大量生産品では、ヴァイオリンで10万円~30万円、チェロで50万円以上の修理が必要なものがほとんどです、楽器の値段よりも修理代のほうが高くなってしまうことも少なくありません。
修理代を払ってもまだ安いわけですが、それだけ加工に問題がある楽器が多いということです。
冒頭でもお知らせしたとおり、しばらくお休みさせていただきます。
7月から再開しますのでよろしくお願いします。