致命的な欠点 【第5回】裏板の厚さの欠点 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

前回の表板に続き今回は裏板です。

ここでも製作者にしかわからない知見を紹介します。



こんにちは、ヨーロッパの弦楽器店で働いている職人のガリッポです。

欠点についてばかり話していると、自分なりの主義主張が無い人間に思われるかもしれませんが、今はそういうテーマでやっているのでもうしばらくおつきあい願います。

技術系の人間特有の味わいとか趣とか色気というかそういうのに鈍感な人を想像するかもしれませんが、私自身はむしろ濃い味の楽器を作っています。
技術の裏付けがなければ、味わい深い音のものも作り出せないのです。

また、他の人の楽器についても良さを認めないのはいけないと思うので、ここでは自分の趣味趣向は押さえているだけです。



さて、今回裏板ですが、実はその働きはあまりよくわかりません。

しかしさまざまな厚さの裏板で製作したり、音に不満があって修理の依頼を受けたとき、裏板に問題点が見つかることもあります。

原理は良くわからなくても、そのような経験に基づいたお話をしていきましょう。

裏板の働き

わからないとは言いましたが、働きについて私の知りうる範囲で考えてみます。

①魂柱を通じて表板を支える「ばね」としての役割
②胴体やネックを支える役割
③それ自体が振動体


①魂柱を通じて表板を支える「ばね」としての役割
表板は弦の圧力で押しつぶされるわけですが、駒の近くに魂柱という棒を表板と裏板の間につっかえ棒として挟むことによってこの力に耐えています。

ばねとしたのは、適度な柔軟性があることによって、ちょうど良い反発力が得られると楽器がうまく機能することになります。

柔らかすぎる裏板では手応えがなくなり、硬すぎる裏板では窮屈な感じがします。


魂柱は表板と裏板にきっちり接地するのが理想とされています。
腕の良い職人とはきっちり魂柱を立てることができる人のことで、都会の量販店や下手な職人ではゆるゆるの魂柱しか建てることができません。


しかし、裏板が硬すぎる場合、魂柱をきっちり合わせてしまうと裏板の素性の悪さがはっきり出てしまい、窮屈な音になってしまうので、むしろブカブカでゆるゆるの魂柱のほうがましな音になるという現実があります。
下手な職人のほうが音が良いということがあり得るのです。

ただし、面が合っていない魂柱や短すぎる魂柱は表板や裏板に傷をつけたり、表板を変形させる原因になりひどいダメージを与えると修理にはかなりお金がかかってしまいます。
またゆるい魂柱は、最悪の場合演奏中に倒れてしまいます。

つまり硬すぎる裏板はダメということです。


逆に柔らかすぎる裏板は手応えがなくなってしまい、今度は長めの魂柱を無理やり入れてきつくすると手応えがしっかりしてきます。

これで一時的に音は改善してもまたしばらくすると裏板が変形して腰がなくなってしまいます。

そうです柔らかすぎる裏板もダメです。


②胴体やネックを支える役割
魂柱だけでなく楽器全体を支える役割もあります。
ここでも硬ければ硬いほど良いというのではなく適度な柔軟性を持っている必要があります。

伝統に従って「普通」に作ってあれば、特別強度を高めるために変わったことをしなくても300年以上は使えるでしょう。

不自然な壊れ方があるとすれば、木材の色を古びたように見せるために硝酸を使って着色する方法があります。
何回かこのブログでも触れていると思いますが、これは木材をボロボロにしてしまうのでネックに引っ張られて通常ではありえない横方向に裂けるような割れ方をすることがあります。


③それ自体が振動体
裏板は表板や楽器全体を支えるだけでなく、それ自体も振動しています。

この動作はとても複雑で理論立てて説明するのは難しく理論を検証する手段も私は持っていません。
そういう意味では想像というか妄想に近いのかもしれませんが、イメージしていることを述べてきます。

表板からの振動が裏板に伝わり裏板の振動がまた表板に伝わりと楽器全体が振動していると考えています。
したがって、表板の振動が裏板で止まってしまうなら、その楽器は全体が振動しているとは言えません。

この辺のことは遠くまで音が届く「遠鳴り」に影響があるのではないかと考えています。
はっきりしたことはまだわかりません。

やはり厚すぎるものは無理

本題の致命的な欠点について見ていきます。

前回表板でも同じ結論になっていましたが、やはり厚すぎるものは厳しいと思います。


なぜ厚いものができるかについて、職人ならではの答えを紹介します。



弦楽器の裏板には通常、ヨーロッパならどこにでも生えているようなカエデを使います。
紅葉で有名な日本のカエデやメイプルシロップで有名なカナダのものとは違いますが、ユーラシア大陸には広く分布していて特別なものではありません。

ただ楽器用に使うのは、標高が高いところで育ったもので成長速度が遅いために目が詰まっている上質なものです。
有名なのはボスニア産で、旧ユーゴスラビア諸国のものですが、ポーランド、ルーマニア、スロバキアなどのものでもなんら変わらないようです。


このカエデの木は目が細かく硬いのでこれを削るにはとても力がいります。
慣れないうちは手に豆ができて痛いものです。

なぜ厚いものができるかわかりますか?

そうです手が痛くなって嫌になってしまうからです。


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そんなくだらない理由ですが、チェロともなると本当に大変な作業で、手作業で作っていた時代の大量生産品では裏板が厚すぎるものが多いです。
チェロは作業量の割に値段が高くできないのでどうしても手抜きが行われてしまいます。
もちろんヴァイオリンでも同じで薄く作るには力だけでなく削りすぎたり穴を開けてしまわないように細心の注意が必要です。


筋肉隆々の人なら平気かというと意外とそうでもなくてコツがあって、私よりもはるかに体格のいいジムでトレーニングしているような人がチョロチョロとしか削れないのに対して、私のほうがざっくりと削っていくことができたりします。

もちろん筋力が全くついていない初心者がうまくいかないのは当然のことです。

裏板は中央を厚くします

表板では必ずしも中央を厚くする必要はないと前回説明しましたが、裏板では必須です。
これをゴチャゴチャにしてはいけません。

両方とも代表的な裏板の厚みの出し方で、a から d にしたがって薄くします。

最も厚い a の部分はヴァイオリンで3.5mmでも5.0mmでも問題はないですね。
真ん中の厚さは割と何でもいいのでしょうが、それ以上だと厚すぎで、それ以下だと薄すぎると思います。

薄い d 部分は古い名器には部分的に1.5mm位のところはあったりしますが2~3mm位でしょうかね。


多くの場合に問題なるのはその中間の部分で 左のタイプでc が4~5mmあるようなのは厚すぎると思います。


左のタイプが厚くなりがちなのはチェロの場合も同様で a が1cm近くあったり c のところが6~8㎜もあると厚すぎると思います。

一方チェロの場合薄すぎも問題です。
薄くなりすぎると強度が不足して裏板がひどく変形したり音に張りがなくなったりします。
板が薄ければ低音が強く高音が弱いバランスになっていきますが、行き過ぎるということもあります。


ビオラは前回表板で紹介したのと同じで厚すぎると低音が出ないビオラになってしまいます。

まとめ

要するに厚すぎてもダメ、薄すぎてもダメということです。

そうでなければ、薄めのほうが低音が出やすくなるということははっきり言えます。

それ以外のことは複雑で他のアーチなどの影響もありはっきりしません。

表板との相性も重要な問題です。
薄めの表板と裏板、厚めの表板と裏板というコンビネーションも考えられますし、両方とも厚めまたは薄めということも考えられます。

両方が同じタイプならキャラクターがはっきり出るでしょう。
違うタイプなら相反する要素が混在するような音になるかもしれません。

いずれにしても「致命的な欠陥」と断定するには不十分です。


楽器を分解せずに表板や裏板の厚さを測るには専用の器具があります。
磁石を使って測るもので、多少の誤差が出ますが厚さを知ることができます。

日本国内で売っているかどうかはわかりませんが、興味のある人は購入してみるのもいいかもしれません。
欧州でもかなり高価ですので、日本に輸入する業者がいたとしたらとんでもない値段になっているかもしれません。
http://www.mehr-als-werkzeug.de/product/707126/Hacklinger-Calliper-Version-C-1-Magnet.htm