お客様の中で、どなたかクリエーターの方はいらっしゃいませんか? | 不況になると口紅が売れる

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静岡県内のみでチェーン店運営をしている「炭焼きレストランさわやか」には、県民のソウルフードとして定着している「げんこつハンバーグ」がある。

静岡県出身者が上京した時、「東京には「さわやか」がない!」とパニックになるほど、地元で愛されているメニューだという。

横浜勤務時代、さわやか切れの衝動に襲われて高速バスで食べに行き、ビジネスホテルに宿泊して「朝帰り」したという漫画家の山本さほさんが「完全攻略漫画・『さわやか』への愛と肉汁を詰め込んでみた」(「ジモコロ」掲載)を執筆、同店への強い愛情表現が話題になっている。

 

 

埼玉県のバイパス沿いで地味に営業展開していたはずの山田うどんが一躍注目を浴びたのは、ライターの北尾トロ、えのきどいちろう両氏による一連の応援行動である。

彼らは2012年を「山田元年」と呼び、「愛の山田うどん」(河出書房新社)、続編の「みんなの山田うどん」という山田関連本の刊行や、えのきどがMCを務めるTBSラジオ番組での繰り返し絶賛行為、ファンイベント「山田うどん祭」など、ほぼ自力のメディアミックスによって山田愛を発信し続けた。

またこの過程で、チェーン店全店舗(200店)を制覇したコアな山田ファン(マス岡田)の発掘や、作家の角田光代、ももいろクローバーZら、さまざまな世界の「山田者」を巻き込み、山田うどんを人前で堂々と「好き」と言える存在に変えていったのである。

 

 

いまや日本酒の中で、世界に誇るトップブランドといえば「獺祭」(旭酒造・山口県岩国市)であろう。

経営不振で杜氏に見限られ、蔵元の経営者である桜井博志氏が自ら酒造を手掛けた結果、非常に雑味の少ない味を志向し、再三の努力の末にモロミを無加圧の状態で遠心分離(業界初)することに成功する。

獺祭がまだマイナーであったころに、山口県出身者が東京で指名飲みし、首都圏市場でそれなりの売れ行きを示したところから、販売の核が出来上がったといわれる。

しかしブームに火をつけたきっかけは、「新世紀ヱヴァンゲリヲン」で葛城ミサトの愛飲する銘柄の一つとして獺祭が登場するシーンであった。

これはエヴァの作者である庵野秀明監督が、山口県宇部市出身であることに起因していると言われている。

 

 

岩手県花巻市のマルカンデパートは2016年、耐震不適合と建物老朽化のため閉店を余儀なくされた。

しかしリノベーションの専門家が経営権を引き継ぐ形で、2017年2月、あの巨大ソフトクリームで有名な「大食堂」が復興を果たす。

そしてこの復興劇の裏側には、地元住民の強い支援活動があった。

花巻北高校の生徒たちによる署名活動、地元のワインバーの経営者は「マルカン応援ワイン」、蔵元の五代目は「マルカン応援焼酎」を自主的に発売、またUターンしてきたグラフィクデザイナーは「マルカン思い出写真集」、趣味でライブ活動を続ける新聞店社長は「マルカン・ブギ」のCD、地元イラストレーターは「大食堂のポストカード」を制作するなど、「出来ることでの応援」が相次いだ。

特に、マルカン百貨店への思いをつづった歌手・日食なつこさんの曲『あのデパート』は、泣けるPVとして話題を集めた。

 

 

…こうした事例に共通するのは、顧客の中のクリエーターがファンを代表して「応援する気持ち」を表現し、関係者以外の多数の人たちから注目を集めるような応援のプラットフォームを作り上げた、ということだ。

 

これらを見て「ああよかったね」で済ますのではなく、少し立ち止まって考えてみたい。

 

顧客は単に「消費者」や「利用者」、あるいは「潜在顧客」ではない。

ましてや、「攻略」し、「管理」する「市場」などではないのである。

何かを語り、構想し、表現し、行動し、協力し、創造する生活者であり、その総合的な人格・能力とおつきあいをすべきなのではないだろうか。

言い換えると、顧客の持つ企画力、創造力、行動力、表現力、影響力、利用経験などによって、ブランドが支えられることもある、ということだ。

これを私は「顧客コンピテンシー」と呼びたい。

優れた業績を上げる社員の能力を「コンピテンシー」という言葉で言い表すことがあるが、このコンピテンシーは、社員だけではなく顧客側にも存在するということだ。

顧客の中には、高いクリエイティブ能力やセンスを持った人がいる。

そうした方に、ブランドの世界観を表現してもらう機会を引き出すことが、今日のマーケティングのひとつのポイントである。

 

さあ、「お客様の中で、どなたかクリエーターの方はいらっしゃいませんか?」…と呼び掛けてみよう。

もちろん「士業の方」「エンジニアの方」「プロ選手の方」…でもよいだろう。

 

きっと、素晴らしいリアクションが返ってくるかもしれない。