「なに? 七瀬さん、今日は何の打ち合わせ?」
パーティション越しににやけた顔が見えた。共済部から席を移したブランド推進室の主任だった。彼はためらう様子もなく、ブース内へ入ってくると、隣席から引きずってきた椅子を二人のテーブルに付けた。主任を前にすると、七瀬は話題に困った。
「やっと、ここまできましたよ、主任さん、販促用の印刷物の色校が上がったんです。それを今、川奈さんに確認してもらっていて・・・」
主任の目はいつしか観察者の色を帯びて二人のあいだを行き来していた。亮子は主任から顔を背けて身を固くしたまま口を開こうともしない。二人だけの空気が一変してしまっていた。
「そう、よかったじゃない。でも、けっこう大変だったんじゃないの? ここまでくるのに」
主任の言葉がふいに途切れた。窺うとその顔には緊張の色が出ていた。
この男は、一体何に怯えているんだろう?
七瀬は戸惑いながらも亮子を見た。彼女はテーブルの下に視線を落としたままでいる。両膝を合わせ斜めに揃えた足が自分の何かを確かめているみたいに動かない。
行き場を失ったような、落ち着かない主任の態度から、七瀬は、それまで二人だけの席を支配していたものの正体がわかった。それは二人の均衡がつくっていた完璧な雰囲気だった。
主任の目は救いを求めるように店内をさまよい始めていた。いかに不自然でなく、この席を離れられる口実。それをいるとも知れぬなじみ客にすがろうとしているのが、はっきりとわかった。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
17年前の2001年が舞台の古いお話です。