小説の続き書きました。新版・遠いデザイン5-1
2001年 冬
何ら収穫のない会議が終わり、七瀬がJAを出る頃、美紀は年代物の革張りソファに座って、不動産会社のオリエンを受けていた。課長の三谷が一切メモを取らないタチなので、同行した部下がメモ役に回る。「四社のプレゼン」、美紀は青い水性ペンでそう書き込んで、その下に競合する広告代理店名を記していった。手を動かすと、半透明の筒の中のインクが揺れるのを気に入っていた。
地元の私鉄系不動産会社が目を付けたのは、駅前から伸びる名店街の終わりにポツンと残る映画街だった。今では古色の趣を極めるその一画に開発のメスを入れ、低層階は映画館を束ねたフロアに、中・上層階は住居群とする地上二十階建てマンションを建設する。映画館主や地権者との調整もすでに済んでいて後は着工を待つばかりだった。
「シネマ・コンプレックス・マンション」と題された分厚い計画書を前に、街の活性化にもつながると口を切った販売部長からバトンを受け取るように、一級建築士の肩書きを持つ工事担当課長、営業部の若手社員と、その場に居合わせた面々は、それぞれに全く異なった注文を突きつけて美紀たちを当惑させた。
でも、「まだ、意見がまとまっていないようですが…」と切り出そうものなら、「それを考えるのが、おたくたちの仕事でしょうが!」と突き返されるのが、代理店と付き合いなれた客たちの定石だったので、二人はうかつに彼らの話しの腰を折れない。
計画書にある建物の設備や仕様を見ても、これといった特長は見当たらない。映画館が同居していることがマンションの入居者にとってどんなメリットになるのか?と美紀は考える。ホールいっぱいに響く音への対策はできているのか? 入場者を装った不審者が居住階に侵入してくることはないのか? 彼女の考えは否定的な方へと傾いていく。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
15年前の2001年が舞台の古いお話です。