2001年 冬
結婚情報誌の入稿を終えた七瀬を待っていたのは、JA西南が立ち上げたブランド化事業の追い込みだった。県西部三市五町にまたがる集荷エリアの中から、品質や食味、出荷量などを基準に有望な農産物を選定し、地域ブランド品に仕上げるというプロジェクトだった。商品の付加価値を上げることは、首都圏マーケット開拓の前提でもあった。
プロジェクト自体はメディア通信社という広告代理店が音頭をとって、すでに一年以上も前から進められていた。七瀬も外注のコピーライターとして当初からこのプロジェクトに参加していたが、難航していたブランドのロゴマークがようやくJA役員会から承認され、いよいよ印刷物の制作という段階にくると、メディア通信社の営業課長である三谷から、一切の仕切り役を押しつけられてしまった。
複数の印刷物を同時に制作するということもあって、JAの方も営業の三谷より、制作に明るい七瀬と直接仕事を進めた方がいいと判断したのだろう。
パンフレットの制作から始まって、当初、老眼が進んだ初老の男性職員が担当していたが、すぐに若い女性職員へと替わった。それが川奈亮子だった。
亮子は、七瀬が素直にきれいと思えるような女性だった。もちろん、彼のように長く広告の仕事に携わってきた者なら、きれいな子は見慣れているし、今までに収集してきた美人のサンプルも普通の男たちより多いはずだ。しかし、亮子を一目見た瞬間、七瀬の心に飛び込んできたのは変化球ではなく、まさに直球に他ならない。彼女はメディアに群がる業界の女の子たちとは明らかに違う匂いをもっていた。
どちらかといえば古風な顔立ちで、言葉の端々にイントネーションの違いが見られたが、それがかえって、どこかに温存されていた土地だとか、時間だとか、そんなものの奇跡のさじ加減を思わせた。
しかし、七瀬は亮子に傾きかけた気持ちを無理やり引き戻そうとした。彼女の美しさが、また仕事の障害にもなりえると思ったからだ。以前、仕事が薄い時期があって、仕事場にしていた賃貸しのワンルームマンションを引き払い、自宅に帰った苦い記憶がよみがえる。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
15年前の2001年が舞台の古いお話です。