2001年 冬
振り返ると、デニムジーンズを穿いた足の長い女が立っていた。七瀬はそれがすぐにモデルの女だとわからなかった。化粧を落とし、長い髪を無造作におろしたその顔は、撮影の時とは別人のように幼かく見えた。
「七瀬さん、こんなところで何しているの?」
モデルの女は、そう言いながらフレームの架かった壁際をゆっくりと往復した。
「ふ〜ん、結婚式の写真なんだ。そうか、これを見て、昔を思い出していたわけか。奥さんが若い頃のこととか・・・」
女は細長い腕を組んで七瀬の目を覗き込む。茶色がかった瞳に思わず吸い寄せられ、七瀬は慌てて目を逸らす。
「もしかしたら、撮影中も、ずっとそんなこと考えてたんじゃないの。真面目に立ち会っているようなふりしてさ」
嘘だろう。そうはねつけながらも七瀬は思わず身構える。
ウエディングドレスに載っていたこの女の顔、それを、何度、亮子の顔とすり替えていたことだろう……。
「私を見る目、おかしかったもの。そう、どこか虚ろだった。フフッ……いったい、誰を想像していたわけ?」
「それは、キミの自意識過剰というやつさ。確かに何か考えごとをしていたかもしれないけど、たとえば写真につけるキャプションなんかを・・・」
七瀬は冷静さを装ってそういった。
「そうかなぁ、まあ、他の男たちほどは、いやらしい目つきじゃなかったけど」
薄く形のよい唇から流れるモデルの言葉は、どれも七瀬の想像のらち外にあった。
「七瀬さんて、いつも、こんな仕事しているの?」
「こんな仕事? ああ、こんなオヤジが、キミみたいな若い子が読むような結婚情報誌のコピーを書いてるのが、おかしいんだね」
「七瀬さんの自意識だって、なかなかのもんじゃない? 私は、そんな意味でいったんじゃないの。ただ、もっとカタいコピーを書くイメージがあったからよ」
「地方で広告の仕事をしていくつもりなら、仕事のえり好みなんかしていやれないよ。キミだって同じことさ」
膳台を抱えた調理場の男の姿がモデルの女の肩越しに見えた。撮影用の料理ができ上がったと思い、会食個室に戻りかけた七瀬にまたモデルが声をかけた。
「じゃあ、これから七瀬さんに教えてもらおうかな。その地方の広告業界の仕事の仕方について……お昼の時には、じゅうぶんにお話し、できなかったし」
女は七瀬の胸元に手を差し出して「め・い・し」といった。
ジャケットの内ポケットを探ったが、入っているはずの名刺入れが見当たらない。
七瀬は一つ前のカットで、花屋のオーナーと名刺交換して、そのまま名刺入れをテーブルに置き忘れていることに気づいた。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
15年前の2001年が舞台の古いお話です。