「じゃあ、この直し、七瀬ちゃんの方から、萌ちゃんに渡しといてね」
最後に室長からそう言われて、七瀬はこのディ
ラーの仕事で初めて組んだ木田萌子というデザイナーのことを思い出した。三週間前、このサテライトルームで室長から紹介された三十代後半くらいの、短く刈
り揃えた髪を赤く染めていた女の子。名刺を渡しても、ニコリともせず、話しかけてもあまり口を開かなかった性格不詳の女に、いったいどんな切り出しで、こ
の全面変更の発生を告げたらいいんだろう?
二本だけ立てて左右に振っている室長の指は、修正のアップは二日後という合図なのだろう。七瀬は、徹夜でコンピューターに向かっている萌子の姿がチラついてきて、ますます憂鬱になる。
室長は、そんな七瀬の心境などまったくカヤの
外、といった風に、すでにひと仕事終えた者の爽やかな顔つきになって、旨そうにタバコを吸いはじめた。それにならうかのように、営業マンも慌てて背広のポ
ケットから一本取りだして火を点ける。二つの煙が交わりながら昇っていくその先を、ぼんやりと追う七瀬の目に、またさっきのTVモニターが映った。
真ん中の一台が子供番組を放映していた。床に
座った幼児たちが、足元に転がっているブロックを手に取って積み上げている映像だった。どうやら、どの子が一番高く積めるのか競っている趣向のようだ。音
こそ聞こえないが、時々カメラが引かれて、子供たちの傍らで、手を叩いたり、大きく口を開けている若いママたちの姿が大写しになり、その熱狂ぶりが窺え
る。でも、ふっくらと小さい桃色の手たちは、不器用な動きしかできなくて、なかなかブロックの山は高くならない。崩れたブロックが床に転がるたびに、怒っ
たり、笑ったり、泣き出したりと、幼児たちの反応も様々だが、隣の母親の熱狂ぶりに幼いながらも異常さを感じるのか、また最初の一個を手につかむ。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
10年ほど前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。