遠いデザイン 9-1の続き
美紀がA4の紙に水性ペンでスケッチをはじめる。大きな窓を背にして、男と女がワイングラスを持って見つめ合うイラストがざっくりとした線で描かれている。窓に映るのはきらめくビル街の夜景だ。
「こんな感じかな。マンションの最上階の部屋、そこで上質な都会の夜を楽しんでいるカップルをビジュアルにするの。ちょっとセクシーにふってね」
とにかくこの場でメインビジュアルは決めてしまいたいところだ。それを元にこの五日で、新聞広告とチラシのカンプ、さらにテレビCMの絵コンテを完成させなければならなかった。実際に手を動かすのは数名いる外部のデザイナーたちだが、総指揮のタクトを振るのはディレクターである美紀の役目だ。
独身で、まだ三十を過ぎたばかりだったが、美紀にはすでにディレクターの肩書きが付いていた。十五歳も年上だが、外注の一人に過ぎない七瀬とは違いプレゼンに対する責任は重い。じっと考え込んだり、憑かれたようにしゃべりだしたり、彼女なりの真剣さを見せる美紀と、こうして意見をぶつけあうたびに七瀬は共感というものを考えずにはいられない。
人と人とはぴったりと重なり合わずどこかにズレが生じるものだ。年齢のズレ、知識のズレ、性格のズレ、価値観のズレ……、ズレにもいろいろあるのだが、その隔たりが大きすぎて、いくら意見を戦わせても、そこに感じ合えるものが何もなければ、美紀は仕事のパートナーとして自分を選んでくれないと、七瀬はいつも思っていた。
それはまた、広告の仕事が個人的な範疇で発注されていることを意味してもいた。企業間の理性的、合理的な商取引ではなく、一人の発注者の好き嫌いといういたってあやふやな動機、つまりお友達感覚の延長だ。そんな風に考えると、七瀬はこれから五年後、十年後、若返りしたメディア通信社の社員の中に、自分と共感しあえる人間を見つけられるかどうか不安になった。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
10年ほど前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。