遠いデザイン 8-3 | 産廃診断書専門の中小企業診断士

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ふじのくにコンサルティング® 杉本剛敏 中小企業診断士事務所の杉本です。私はコピーライターとしてネーミングやコピーを作る一方で、中小企業診断士として企業のマーケティングを支援。2021年、2016年に静岡新聞広告賞受賞。これまでに提案した企画書は500を超えます。

遠いデザイン 8-2の続き

 

 それは彼女がはじめて口にしたプライベートな質問だった。その響きの新鮮さに気持ちがそよいだが、七瀬は冷静さを装った。

「ええ、そうなんです。以前は会社勤めだったんですが、十五年ほど前に独立したんです。今は市内のマンションを事務所代わりに使っていて。そう、普段は、こういった印刷物だけでなく、いろんなコピーを書いていますよ。新聞、雑誌、それにラジオのCMとか。何でも屋みたいに」

 亮子が少し微笑んだ。軽い興奮も手伝って七瀬の返事も饒舌になった。彼は椅子に座りなおした。亮子は指で色校の端を揃えながらも、七瀬から目を離さない。

「昔から、文章を書くことが好きだったんですか?」

「そんなことないですよ。もともと本など読むタイプではなかったし、文学部出ってわけでもないし。ただ、学校を出た時、そう、まだ、コピーライターという職業が珍しかった時代にたまたま知ったんです、その養成講座があることを。そこに通ったことがライターになるきっかけになって・・・」

 乾いた綿が水を吸収していくみたいに、亮子は七瀬の言葉に何度も頷く。

「でも、こういうお仕事ができるのは、やっぱり特別なんだと思います。だって、私には文章を書くことなんか・・・」

亮子の瞳の中に小さな輝きがいくつも生まれているように七瀬には感じられた。彼はこのまま話し続けていたかった。しかしそんな願いを挫くように、横から男の声が飛んできた。

「なに? 七瀬ちゃん、今日はなんの打ち合わせ?」

 パーティションの上にやけた顔が載っかっていた。共済部から席を移したブランド推進室の主任だった。彼はためらう様子もなく、ブース内へ入ってくると、隣席から引きずってきた椅子を七瀬たちのテーブルに付けた。主任を前にすると、七瀬は急に何かしゃべらなくてはと、焦りだした。

「やっと、ここまできましたよ、主任さん、販促用の印刷物の色校が上がったんです。それを今、川奈さんに確認してもらっていて…」

 主任の目はいつしか観察者の色を帯びて二人のあいだを行き来していた。亮子は主任から顔を背けて口を開こうともしない。二人だけの空気が一変してしまっていた。

「そう、よかったじゃない。でも、あれじゃないの、けっこう大変だったんじゃないの、ここまでくるの…」

 主任の言葉がふいに途切れた。窺うと、顔が明らかに緊張している。

この男は、いったい何に怯えているんだろう?

七瀬は戸惑いながら亮子を見た。彼女はテーブルの下に視線を落としたままでいる。両膝を合わせ斜めに揃えた足が自分の中の何かを確かめているみたいに動かなかった。

行き場を失ったような、落ち着かない主任の態度から、七瀬は、それまで二人だけの席を支配していたものの姿を感じとった。それは完璧な雰囲気だった。二人の均衡が作った完璧な雰囲気というものを。

主任の目は救いを求めるように店内をさまよい始めていた。彼が求めていたのは、いかに不自然でなく、この席を離れられる口実だけだった。それをいるとも知れぬなじみ客にすがろうとしていたのだ。

 


遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。

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年ほど前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。