遠いデザイン 8-2
受付嬢から七瀬は店内にある打ち合わせブースに案内された。壁際の一画を背の低いパネルで囲み、数組の椅子とテーブルが置かれたそこは、いつも二人の打ち合わせ場所だった。無人のブース内を見回した七瀬は奥の四人席を選んで亮子を待つ。
昭和五十年に、市内六農協が合併して誕生したJA西南の本所ということもあって、パーティション越しに垣間見える店内には四つの窓口が並び、営農、経済、共済、金融、観光と、ここで働く職員の数はゆうに二百名を超える。ただ、合併を機に隣に新館が増設されてからは、農協当時そのままのこの旧館は急に古さが目につくようになり、いくら壁や天井を塗り替えたといっても、老女の化粧みたいに朽ちた質感は隠せない。
七瀬の前に現れたのはいつもの亮子だった。席に着くと七瀬にとても自然に微笑みかけてくれた。そしてノートとボールペンをテーブルの脇に置いて、彼の言葉を待つ。何も変わったところはない。いつものように彼の心の底にさざ波が立つ。香水こそ付けていないが彼女の匂いというものが、ただ透明にそこにあるような気がした。
七瀬は安堵して色校を軽やかな手つきでテーブルの上に広げた。DM、商品パンフレット、チラシ、注文票と、一連の色校がいちどきに上がったので目を通すアイテムは多かったが、それでも亮子は週明けに校正を戻すことを約束してくれた。
全てがいつもどおりに進んでいた。それは不純なものを一切含まない二人だけの打ち合わせのかたちだった。しかし、その日は違っていた。一通り話がすんで七瀬が立ち上がりかけた時、亮子が再び口を開いたのだ。
「七瀬さんて、一人でお仕事されているんですか?」
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
10年ほど前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。