前回(4-3)の続き
「ああ・・・・・・川奈さんだろ」
「そうそう、川奈亮子。あの子、まだ、担当なんでしょう?」
白いビニルクロス貼りだから、余計にタバコのヤニが目立つ仕事部屋に美紀のハスキーな声が振りまかれる。七瀬は小振りのガラステーブルを挟んで、美紀の前のソファーに腰を下ろす。
「彼女、とてもよくやってくれるよ。文字校正だって細かいところまで見てくれるし、仕事の段取りだって上手い。なるべくこっちに負担がかからないようにしてくれてるみたいなんだ。上司だって、今では、すっかり彼女に任せっきりだよ」
美紀は外国製の薄荷タバコに火を点け、その軽さと細さを確かめるように挟んだ指先を揺らしながら煙を吐きだした。メンソール
の冷ややかな匂いが湿った空気の中に溶け込んでいく。小雨のために開けられずにいるサッシ戸の方から、水しぶきを引くタイヤの音や通行人のくぐもった話し 声などがまばらに折聞こえてくる。
「あの子、JAに入って何年目になの? 生まれはどこなのよ?」
自分からふいに視線をはずして、コーヒーを手にした七瀬を見て、美紀は「フフッ」と鼻に抜けたように笑う。
「こんなに長く二人で仕事してきてるのに、まだ、そんなことも聞いてないの、七瀬さんらしいわね」
灰皿にタバコをもみ消した美紀はしばらく視線を宙に止めていが、急に何かに思い当たったように小さく頷いてソファから跳ね起きた。手首の赤いバングルが揺れて、スチールラックから覗く小型の置き時計にチラッと目をやる。
「じゃあ、戻るわ。課長が忘れていたそのオリエンに、私も、同行しなくちゃならないから。まったく、課長ったら、朝、突然に言い出すんだもの」
「それって、何のオリエン?」
「分譲マンションの会社っていってた。古い客から、久しぶりにお声がかかったみたい。七瀬さん、そっちのコピーも頼むわ。私の方から、課長に押しとくから」
美紀はそういい終えて玄関のドアノブを回した。一瞬、明るんだ玄関口が空気が抜けていくような開閉音とともに、また薄暗くなった。
遠いデザインとは、DNAの設計図のこと。
10年ほど前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。