前回(3-4の続き)
また、七瀬はこの歳の男なら当然身につけているべき生活や仕事における装飾品を、何一つ手にしてこなかった。それが若くあり続けることだと思っていたし、今でも若く見られる容姿はその成果だと自負してもいた。ところがここにきてそんなツケが一気に回ってきた。彼が社会的なテリトリーを築ける場所など、もうどこにも残っていなかったのだ。
ただ、その種の焦燥感は七瀬だけでなく、同年代の同業者たちの共通項なのかもしれない。たまにそんな連中と飲みに行っても、隣で卓を囲んでいる中年のサラリーマンたちのように快活な笑いがこっちにおこらないのは、根っこにあるものの違いなのかもしれないとも考えた。中年臭さと引き換えにした安定感。そんなものに羨望の目が向きはじめる。本気で酔えないことが七瀬から歯茎が見える笑いを奪い去っていた。
マンションの一室をタバコの煙で満たし、明け方まで煌々と光を発している薄汚れた窓。東京帰りといっても、彼が勤めていたのは東京にはアリの数ほどもある広告プロダクションの細片にすぎなかった。うちもやっとライターを雇うまでになったか。社長からそう告げられた初出勤の日から、大学卒業後、ライターの養成講座に通いはしたものの実務経験ゼロの彼の机に、それまで外注に出していたコピーの仕事が全部回ってきた。
仕事が重なると、集中力にすがろうと、カッターナイフやスプレー糊やコピー機の音の絶えないデザイナーのいる仕事部屋から抜け出して、使われていないウオークインクローゼットの中で身を縮めながら、棚板を机代わりにコピーを書いたこともあった。
社員は家族みたいなもの、みんなが個性あるプレイヤーになって欲しいから「アドセッション」という社名を付けたんだと、定食屋で昼からビールを飲んでいた社長の赤ら顔が突然よみがえってきて、七瀬はため息をつく。
(続く)
遠いデザインとは……今から10年前が舞台、
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを以前みたいに書かねくなったので、その手慰みのために。