リバティとフリーダム 〜自由の違い〜 | 【東京立川・全国招致】整体師いっしー@石川元紀のブログ 身体も心も楽になる整体

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 大きな権力とか後ろ盾を好む人が多いですが、その分、活動範囲が狭くなり、
 むちゃくちゃ忠義を尽くさないといけないじゃないですか。

 お仲間でも、顔色伺うとかコンセンサスが取れてないとかさ。

 そーいうのが生理的に無理なんですよね、ワタクシ。

 この範囲だけOK。それ以外のことに手を出してはNG。というのは嫌です。
 すべてOK。でも、自分の中ではこの部分は一切やらない。が私の理想です。

 そうじゃない、自由にやってるよ、という人もいるかもしれません。
 でもそのほとんどは悲しい自由のはきちがえなんです。
 リバティとフリーダムの違いなんです。


  ■liberty(リバティ)
 権利としての自由で,監禁・奴隷状態から開放されていること
 《過去の抑圧を暗示する:格式ばった語》
   Lincoln ranted liberty to the slaves. リンカーンは奴隷に自由を与えた.

  ■freedom(フリーダム)
 妨害・制限・抑圧などのないこと
 《最も意味の広い語》
   freedom of speech 言論の自由.


 リバティの場合は束縛が前提にあることで発揮される自由。
 フリーダムは、基本何もない状態であること、が前提です。 
 
 で、大きな権力で守られた世界というのは、
 それだけ活動範囲も狭いということです。

 何かに守られているということは、その分だけ
 忠義を尽くさなければならないということです。 

 弁護士さえ余っている昨今、国に守られた国家資格を取得しても、
 まったくもって、トイレのふたにもなりません。