大きな権力とか後ろ盾を好む人が多いですが、その分、活動範囲が狭くなり、
むちゃくちゃ忠義を尽くさないといけないじゃないですか。
お仲間でも、顔色伺うとかコンセンサスが取れてないとかさ。
そーいうのが生理的に無理なんですよね、ワタクシ。
この範囲だけOK。それ以外のことに手を出してはNG。というのは嫌です。
すべてOK。でも、自分の中ではこの部分は一切やらない。が私の理想です。
そうじゃない、自由にやってるよ、という人もいるかもしれません。
でもそのほとんどは悲しい自由のはきちがえなんです。
リバティとフリーダムの違いなんです。
■liberty(リバティ)
権利としての自由で,監禁・奴隷状態から開放されていること
《過去の抑圧を暗示する:格式ばった語》
Lincoln ranted liberty to the slaves. リンカーンは奴隷に自由を与えた.
■freedom(フリーダム)
妨害・制限・抑圧などのないこと
《最も意味の広い語》
freedom of speech 言論の自由.
リバティの場合は束縛が前提にあることで発揮される自由。
フリーダムは、基本何もない状態であること、が前提です。
で、大きな権力で守られた世界というのは、
それだけ活動範囲も狭いということです。
何かに守られているということは、その分だけ
忠義を尽くさなければならないということです。
弁護士さえ余っている昨今、国に守られた国家資格を取得しても、
まったくもって、トイレのふたにもなりません。