減点法では良くならない、という事を最近痛感してます。
減点法は「完璧」が前提としてあり
それ以外は「(完璧の前では)不要」と言う考え方です。
母「何でテストの点数、100点取れなかったの?」
子「だって、90点が今回最高だったんだよ。
その90点を取れたんだよ。」
母「でも満点は100点なんでしょ。
何で取れなかったか聞いてるの。」
子「・・・」
これに近い事、1度や2度は味わいます。
この減点法の思考は繰り返されることによって、刷り込まれます。
そしてこの思考法を日常生活にまで活用するように
なってしまいます。
僕はカラダの歪みを直すことを手技としてできますが
「真っ直ぐがすべて良い」とは言いません。
それは真っ直ぐではなくても
その人は元気になり、体重が減る場合も大いにありえるからです。
しかし、完璧を求める事がクセとなってしまうと
物事の事象を減点法でしか捉えられなくなってしまう
場合があります。
ある30代の女性の方なのですが
膝が痛くてしょうがない、と来院してきました。
お医者さんに行っても何も変わらない。
レントゲンを取っても、薬を飲んでも、まったく変わらない。
とにかく歩き始めると、5分もすると立っていられない。
ひどいときには歩き始める前に、すでに痛い。
歩きながら泣きたくなる。泣いたこともある毎日でした。
先生「どこを見ても何ともないんだよねぇ」
女性「でも痛いんですよ。何とかしたいんですよ。」
先生「そうは言ってもねぇ。これだけ綿密に検査をしても
何もないんだからさ。腫れているわけでもないしねぇ。」
女性「でも歩けないんですよ。痛くってとても歩いていられないんですよ。」
先生「ここまでどうやって来たの?歩いてきたんでしょう。
気の持ち方が弱いんじゃないの?」
女性「・・・」
こうやって自分を落としてくのが癖になると
本当は良くなるのに、その可能性をつぶす事になってします。
この方に必要だと思ったことは
まずは痛みは少しでも引くということを知ってもらうことが
必要だと感じました。
ここまで慢性化したから、もうダメだと思うこと。
何をやっても良くならない自分を好きになってしまわない事。
(これは結構おちいりやすい)
数メートルから数分でも痛みの出ない距離が伸びる事を
施術を通して自分自身認めてもらうことから始めました。
1ヵ月半後の今日、30分以上はかかる距離を歩いて、
今日は院まで来ました。
もう少しで走る事も、出来るようになるでしょう。
(2009年03月の記事)