昨日テレビで、誰かが元暴走族だった、みたいなことを紹介していて思ったことがある。

暴走族みたいに、反社会的で迷惑以外の何物でもないものになるって、頭がどうかしているとしか言えないが、そんなゴミでもゴミなりの言い分みたいなのがあって、暴走族になっているんだろうと察する。

暴走族に限らず、いわゆる「グレる」的な行為は、多分既存の枠にはまりたくないとか、大人の押し付けみたいなルール(家庭とか学校とか)何か知ったことか、みたいな反発心が発端になっていると思う。それはそれで大変結構なことだし、そういう既存のルールをぶち壊す力がなければイノベーションは生まれないし、社会の発展も期待できない。

話を戻すが、グレる的な行為は人の言われたことをそのまま守って実行するとか、既存のルールに従うとか、そういうことが嫌ではみ出すって事が多いと思う。

ところが暴走族とか、もう一歩進めて暴力団とかどうだろう?
ガチガチに厳しい上下関係とか、厳しい戒律とかに従わされていないんだろうか。結局既存の枠組みから抜け出して、また別の枠にはまっているだけだ。自由を求めてもっと不自由な世界に身を置く不条理を、彼ら/彼女らはどう思うんだろうか。それとも、やはりそれすら分からないバカなのか。


結局のところバカなんだろう。

なぜか。本当の意味での「自由」を生きるためには、自分自身を律することができる能力、自分の力で生きていけるだけの能力が必要だからだ。バカでは自由を謳歌できない。当然だ。バカが自由気ままに生きてたら、それこそこの世はおしまいだ。

そしてもう一つは、結局誰かが作ったルールとか枠組みに、彼ら自身がはまりたいのだ。自分で自分の生きる道を決められないから、誰かに決めて欲しい。情けない奴らだな。


誰かが暴走族だったというのを聞いたところから、ここまで飛躍したが、まぁ結局自由を謳歌するためには、やっぱバカじゃいけないなぁ、というお話です。